『全軍包囲! 開拓地最大の危機(?)』
「はぁ〜……。甘くて香ばしくて、とっても美味しいねぇ」
ぽかぽかと春の陽気が差し込む『アルト農園村』。
アルトは縁側の『土製コタツ』に入りながら、焼き立てのモチに黄金色のとろりとした蜜をたっぷりかけて、幸せそうに頬張っていた。
春の訪れとともに、村の中央にそびえる『世界樹』の幹からポタリポタリと垂れ落ちていた黄金の樹液。
それをアルトが【土いじり】特製の土鍋で丁寧に煮詰めて作った『特製メープルシロップ』であった。
「ふにゃぁ……! なにこれ、ものすごくやさしくて深い甘みだわ……!」
隣でモチをかじったアリサが、うっとりと頬を緩める。
「アルト様! このシロップ、パンや果物にかけても至高の味わいですわ!」
ルナリアが笑顔でおかわりを注ぎ、ミニポチと膝ミニシロも、口の周りを甘い蜜だらけにしていた。
「しろも、この蜜が大好きなのです♪ あうぅ♪」
「おいらももっと食べたいんだぞ〜!」
更生したノエルとセシリアも、作務衣の袖をまくって美味しそうに笑っている。
「アルト様の作られるシロップは、身体の隅々まで元気が満ちていきますね!」
だが、アルトたちがほのぼのとおやつを味わっている裏で、大変な事態が進行していた。
アルトが煮詰めたメープルシロップから漂う濃厚な聖気が、『土の通信板』や地脈を通じて全世界へ爆発的に漏れ出してしまっていたのだ。
◇
その頃——外界では、天地を揺るがす大パニックが発生していた。
「報告! 死の魔境より、伝説の不老不死の神薬【世界樹の聖液】が発現いたしました!」
王国の玉座の間で、大臣が青ざめた顔で叫んだ。
「なに!? 一口飲めばあらゆる病が全快し、永遠の若さを得るという幻の神薬か!?」
「ただちに全軍を編制せよ! 魔王軍や他国に奪われる前に、力ずくで押収するのだ!」
一方、魔王城でも。
「特使からの緊急報告! 地底の聖域にて、神々の秘薬が溢れ出しているとのこと!」
「ぬぬぬ……! 我が魔王軍の総力を結集し、その神薬を手中におさめるのだ!」
さらに、遠方の大森林に住まうエルフの王国までもが。
「我が種族の聖木より生まれし聖液……! 邪悪な人間に渡すわけにはいかぬ! 全大艦隊、出撃せよ!」
アルトが単に「美味しいシロップができたなぁ」と煮詰めていただけのメープルシロップ。
それが外界の権力者たちの間で、「世界の覇権を握るための絶対の神薬」として超巨大な勘違いとなって拡散してしまったのだ。
歴史上、一度も起きたことのない規模の『世界大戦の引き金』が、今まさに引かれようとしていた。
◇
数日後。
『アルト農園村』の平穏は、地響きのような恐ろしい轟音によって破られた。
ズズズズズズズズズッ!!
(((((ゴォォォォォォォッ!!!!)))))
「な、なに事!? 地震……ううん、空と地上の両方から何か来るわ!?」
コタツから跳ね起きたアリサが、急いで庭へ飛び出した。
村を囲む見渡す限りの地平線と大空が、信じられない光景で埋め尽くされていたのだ。
東からは、漆黒の甲冑を纏った王国軍の重騎士団数万が、地鳴りを立てて進軍してくる。
西からは、暗雲のような魔力をまとった魔王軍の精鋭魔導部隊が、無数の魔獣を引き連れて迫り寄る。
さらに大空からは、天を覆い尽くすほどの大規模なエルフの空中魔導戦艦隊が、眩い魔法陣を展開しながら飛来していた。
世界の三大勢力が、隙間なく『アルト農園村』を完全包囲したのだ!
「アルト農園村の者どもよ、聞けぇぇぇぇっ!!」
大空中戦艦の甲板から、魔法で拡声されたエルフ総司令官の威厳ある声が轟いた。
「貴様らが隠し持っている【世界樹の聖液】をただちに引き渡せ!」
「さもなくば、我がエルフ艦隊と諸国連合軍の全火力をもって、この地を焦土と化す!」
地上からも、王国親衛隊と魔王軍の軍団長が剣を掲げて叫ぶ。
「渡さねば力ずくで奪い取るのみ!」
「全軍——攻撃体制、構えぇぇぇぇっ!!」
ジャキンッ!!
空と地上で、無数の剣、槍、そして破壊魔法の光が一斉に輝き始めた!
黒銀の絶対要塞や案内所の前で、アリサ、ルナリア、更生したノエルやセシリアたちが、顔を真っ青にして見上げている。
「ちょっと……! 王国軍に魔王軍にエルフ艦隊まで!? 世界中の軍隊が勢揃いしてるじゃないのぉぉっ!?」
「な、なんて数ですの……! 空が魔法陣で埋め尽くされていますわ!」
「僕の魔導計算でも、あの全火力が注ぎ込まれたら……!!」
一触即発!
世界の命運を賭けた、最大最後の世界大戦が今にも爆発しようとしていた!
……しかし。
そんな世界滅亡寸前の超緊張状態の中。
当のアルトは、庭の特製土窯の前で、楽しそうに黒土を捏ねていた。
「う〜ん、外がすごく賑やかだなぁ」
「みんな遠くから来てお腹がすいているのかな?」
「採れたての甘いイチゴと、つきたてのおモチもあるし……あつあつのシロップを包んで、甘くて美味しい『あのおやつ』をみんなに差し入れしよう〜!」
アルトはニコニコと笑顔を浮かべながら、特製の『土製蒸し器』に火をくべ始めた。
外界の全軍が今まさに引き金を引こうとしているその真下で、アルトの無自覚な『至高の差し入れ準備』が、着々と整えられていたのだが——。
「全軍——放てぇぇぇぇぇっ!!」
空と地上の全火力が、一斉に解き放たれるまさにその瞬間——!?




