『神聖ほし柿と、自滅する伝説の密偵』
「ふぅ〜、これでぜんぶ干し終わったかな」
秋風が心地よく吹き抜ける『アルト農園村』。
アルトは【土いじり】で作った特製の『土製乾燥架』に、収穫したばかりの柿を一つひとつ丁寧に吊るしていた。
「アルト様、そんな渋そうな柿を干して、本当に甘くなりますの?」
お茶を運んできたルナリアが、不思議そうに首をかしげる。
「うん! 風と太陽の光にあてることで、渋みがぬけてとろけるような甘さになるんだよ」
「おひさまの魔法ですね♪ あうぅ♪」
「おいらもたのしみなんだぞ〜!」
膝の上のミニシロがしっぽをフリフリと振り、肩の上のミニポチも嬉しそうに翼をはためかせた。
「ほう……! 水分を抜いて糖度を極限まで凝縮させるわけですね! 勉強になります!」
「アルト様のなさることに間違いはありませんわ!」
すっかり更生したノエルとセシリアも、目を輝かせて作業を手伝っていた。
「あ、屋根の上に誰かいるね?」
汗をサッと拭ったアルトが、とびきりの笑顔でシャドウを見上げた。
「高いところの作業、手伝ってくれる人? 助かるなぁ〜!」
「軒下に柿を吊るす紐を結びたかったんだけど、高くて手が届かなくて困ってたんだよね!」
「ひっ……!? え、ええ……!?」
不審者として警戒されるどころか、当然のように「高所作業の手伝い」として歓迎されるシャドウ!
クロウとヴァルザックからの「アルト様の頼みを断るのか?」という無言の圧力が突き刺さり、シャドウは逃げることもできず、ガタガタと震えながら屋根の軒先へと降り立った。
「は、はいル……! 紐結びくらい、お安い御用でござるル……!」
(くそっ! なぜ伝説の暗殺者である俺様が、縄で柿を縛って吊るしているんだ……!?)
シャドウは内心で毒づきながらも、命惜しさに必死で柿を藁縄で縛り、軒先へと吊るし始めた。
がしかし——。
アルトの手から受け取った柿と藁縄に触れた瞬間。
(((((スーッ……!!)))))
「な……なんだこれは……!?」
シャドウの目が見開かれた。
【土いじり】で育てられた神聖な柿と藁から溢れ出る温かな聖気が、シャドウの手を通じて全身へと染み込んでいく!
長年、殺人と暗殺の裏社会で濁り切っていたシャドウの殺気と闇の気が、柿を一つ吊るすごとに、サラサラと清らかな聖水のように浄化されていったのだ。
「あ、すごく手際が良いね! ありがとうお兄さん!」
「これで風にあたって、美味しいほし柿ができるよ!」
作業を終えると、アルトが屈託のない純粋な笑顔で、深々と頭を下げて感謝してきた。
(((((じ〜〜〜〜〜んっ!!!!)))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!??!?」
その圧力ゼロの温かい善意と純粋な言葉に、シャドウの心が激しく震えた!
裏社会で裏切りと殺意にしか晒されてこなかったシャドウにとって、誰かから真っ直ぐに感謝されることなど、生まれて初めての経験であった。
(俺のような日陰者が……ただ柿を吊るしただけで、こんなに温かく感謝されるなんて……!)
(俺が磨いてきた忍術は、人を殺すためではなく……この温かな笑顔を守るためのものだったのではないのか……!?)
「うぐっ……うぁぁぁぁぁぁっ!!」
シャドウは屋根の上で膝をつき、ボロボロと涙を流して大号泣を始めた!
「アルト殿! 俺の薄汚れた暗殺術を、今日限りで捨て去るル!」
「これからはこの影潜みの術を使い、柿の陽当たりと風通しを1秒単位で微調整する『神聖ほし柿の熟成見張り役』として働かせてくだされぇっ!!」
「え? 柿の風通しを見てくれるの? 助かるなぁ〜!」
アルトが笑顔で頷くと、シャドウは「ありがたき幸せぇぇっ!」と感動の涙を拭うのだった。
◇
その日の夕方。
縁側でお茶をすするアリサが、干し柿の棚の影で熱心に風向きをチェックしているシャドウを見上げる。
「……また恐ろしい裏社会のお頭目さんが、柿の風通しチェック役に大改心しちゃったわね」
「フフ、アルト様の純粋なお心と神聖な土の力が、お人の濁った殺気まで綺麗に浄化してしまうのですわ」
ルナリアが嬉しそうに微笑む。
柿の熟成を見守る『干物・果樹園の影の専門係』として、また一人頼もしい(?)仲間が増えたのだった。
だがしかし。
『土の通信板』を介して全世界へ広がった『アルト農園村』の噂は、寒波に揺れる外界の遠方へと、さらに深く浸透していた。
「あの奇跡の村へ……我が国の命運を賭けて使者を送るのだ!」
外界のさらなる大国や権力者たちが、それぞれの思惑を胸に動き出そうとしていることなど、アルトたちはまだ知る由もなかった。




