『汗を流す歓びと、神スレ』
「ふぅーっ! はぁーっ! クワを振るう手が止まらんぞぉぉっ!」
朝陽が爽やかに差し込む『アルト農園村』。
昨日まで「こんな泥仕事なんて!」とキーキー叫んでいたノエルとセシリアが、作務衣の袖をまくり上げ、猛烈な勢いで黒土を耕していた。
二人の表情に、かつての陰りや傲慢さは一切ない。
汗を爽やかに流しながら、瞳をキラキラと輝かせている。
「凄いですわノエルさん! 土がふかふかになっていきますわ!」
「ああ! 呼吸を合わせて土を耕すと、濁っていた僕の魔導回路が、土の聖気でどんどん浄化されていくんだ!」
不法投棄された当初は、文句ばかり言っていた二人であった。
だが、アルトの【土いじり】で耕された神聖な土に触れ、採れたての『神聖野菜』や『神聖みかん』を口にしたことで、身体の底から劇的な変化が起きていたのだ。
ノエルは長年の引きこもり生活で乱れていた魔力が完璧に調律され、頭脳がかつてないほど冴え渡っていた。
セシリアもまた、泥と汗を流した後に湧き出る温泉に入ったことで、どんな高級化粧品をも凌駕する『神聖モチ肌』を手に入れていたのである。
「汗を流して土を耕すのが、こんなに気持ち良いなんて……!」
「私の追い求めていた本当の美しさは、この畑の中にありましたわ……!」
二人はクワを掲げ、爽快な笑顔で大空を仰いだ。
「二人とも、すごく筋が良いねぇ」
「はい、焼き立てのホカホカな焼き芋だよ!」
アルトがコタツの土窯で焼いた『神聖サツマイモの焼き芋』を運んできた。
「「アルト様! いただきますっ!!」」
かつて王宮で威張り散らしていた問題児二人が、今やアルトを深く尊敬し、行儀良く深々と頭を下げている。
アツアツの焼き芋を割ると、蜜が黄金色にトロリとあふれ出た。
ハフハフと頬張る二人。
(((((じ〜〜〜〜〜んっ!!!!)))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!??!?」
「美味い……! 自分で汗を流して耕した畑で食べる焼き芋は、涙が出るほど美味いです……っ!!」
「涙が……涙が止まりませんわ……っ!!」
二人はボロボロと感動の涙を流しながら、夢中で焼き芋を味わった。
その横で、アリサが縁側に置かれた『土の通信板』を覗き込んだ。
「ねえアルト……。昨日あなたが立てたイモ育成スレッド、えらいことになってるんだけど……」
「え? 遠くのお友達から返信が来たの?」
アルトがのほほんと首をかしげる。
通信板に表示されていたのは、昨日まで不毛なネットレスバを繰り広げていた『勇者』と『魔王』の、劇的な変化であった。
『スレッド:【ほのぼの】美味しいイモの育て方と、あつあつ焼き芋の作り方【初心者歓迎】』
『名無しさん@光の聖剣』:
「1のアドバイス通り、部屋の窓際で土鉢にサツマイモを植えたら、神聖な暖気が部屋中にあふれて寒波が吹き飛んだんだが!? 1は神なのか!?」
『名無しさん@漆黒の魔王』:
「ぬおおおっ! 我が魔王城の地下でイモを植えたら、城全体が焼き芋の甘い香りに包まれ、配下の魔物たちがニコニコ顔でお茶を飲み始めたぞ!」
『名無しさん@光の聖剣』:
「魔王お前もイモ育ったんかwww 今度お互いのイモを物々交換しようぜwww」
『名無しさん@漆黒の魔王』:
「ふん、受けて立つわ! 我が城のイモの甘さに驚くなよ人間!」
「世界を二分する勇者と魔王が、完全に家庭菜園仲間になってるじゃないのぉぉぉっ!!」
アリサが盛大にツッコミを炸裂させた!
殺気立っていた裏掲示板は、アルトの立てた一本のスレッドによって、世界中の人々が平和に栽培方法を教え合う『伝説の神スレ』へと変貌を遂げていたのだ。
すると、すっかり更生したノエルが、真剣な顔で通信板へと向かった。
「ふっ……まだまだ青いですね、勇者も魔王も」
「土の深さと水やりのタイミングについて、僕が天才的な魔導農学の観点から追記してあげましょう!」
ノエルがノリノリで通信板へ返信を書き込み始める。
「私特製の、イモを使った絶品手作りスイーツのレシピも投稿しますわ!」
セシリアも目を輝かせて参加し始めた。
「あはは、みんなで楽しそうにイモを育ててくれて嬉しいなぁ」
アルトは縁側で、満足そうに目を細めていた。
自分の足元にある土を愛し、丁寧に耕すこと。
そのささやかな日常の喜びが、地脈を通じて世界中の人々の心を温め、平和をもたらしていることなど、アルトはどこまでも無自覚なままであった。
◇
こうして、外界から不法投棄された二人の問題児は、村の誰よりも熱心な『神域農夫』へと見事に大改心を果たしたのだった。
だがしかし。
『土の通信板』を介して世界中に広がった神聖な聖気と、奇跡のイモ栽培の噂は、外界のさらなる大物たちや商人たちの好奇心を激しく刺激し始めていた。
「あの神スレの主……『アルト』とは一体何者なのだ……!?」
世界の裏側で、新たな思惑とワクワクする出会いの予感が、静かに芽吹き始めていたのだ——。




