『海底を耕す!?』
「それじゃあコーラさん、さっそく海の底を見に行ってみようか!」
『アルト農園村』の海水池の前で、アルトはボロボロのクワを肩に担いで爽やかに笑った。
「えっ……?今から行くのですか……!?」
人魚姫のコーラは、目を丸くしてパチクリと瞬かせた。
アルトが開通させた『地下バイパストンネル』を通れば、山奥の農園村から数キロ先の大海原へと一瞬で辿り着くことができる。
「もちろんだよ!赤潮でお魚や海藻が育たないなら、早く土を整えてあげないとみんなお腹が空いちゃうでしょ?」
アルトはそう言うと、自家製の『神聖米』を入れる麻袋いっぱいに、畑のふかふかな土(【神土】)を詰めて背負った。
「私も同行しよう。海の底でアルトに何かあっても困るからな」
大剣を腰に下げた元Sランク冒険者のアリサが頼もしく言い放ち、海水池からは巨大なクラーケンが「きゅ〜ぅ♪」と嬉しそうに触手を振ってトンネルへと先導し始めた。
こうして、アルト、アリサ、コーラ姫、そしてクラーケンの『海底開拓隊』は地下トンネルを通り、数分で陽の光が届く深海の底へと到達した。
そこは、海の国『アトランティス』の近海、本来なら豊かな海藻が生い茂っているはずの場所だった。
しかし、目の前に広がっていたのは、赤潮の影響で水が不気味に濁り、枯れ果てた岩肌が露出する荒涼とした海底であった。
「ううっ……ひどい……。かつては豊かなコンブや海藻の森が広がっていたのに、数年前から赤潮と病気が発生して、何ひとつ育たなくなってしまったのですわ……」
コーラ姫は悲しそうに肩を落とし、濁った海水をキュッと見つめた。
「ふむふむ……なるほどね。土(海床)が硬くなって、必要な栄養や空気が循環していないんだね」
だが、アルトの観察は違った。
恐ろしい環境破壊などではなく、ただの「手入れの行き届いていない固い畑」としか映っていないのだ。
「よしっ!それなら僕の土(【神土】)を少し混ぜて、ふかふかに耕してあげよう!」
アルトは背中の麻袋から黄金色に輝く土(【神土】)を取り出し、濁った海底へパラパラと撒いた。
そして、水圧など全く感じさせない軽い足取りで一歩踏み出し、愛用のクワを海底の泥へザクッと打ち下ろした!
カツン!
次の瞬間。
(((((ドバァァァァァァァン……!!!!)))))
「な、なんですの……!?きゃぁぁぁっ!?」
海底全体が、眩い黄金色の聖気に包み込まれた!
アルトの権能【土いじり】が発動し、撒かれた【神土】の滋養が大地の記憶を呼び覚ます。
濁っていた赤潮が一瞬で透明に浄化され、泥底は豊かなミネラルを蓄えた極上の海床へと再構築されていったのだ。
さらに。
ザザザザザザザザザッ……!!
「あ、見て!芽が出てきたよ!」
アルトが嬉しそうに指差した先。
何もなかった海底の泥から、光り輝く緑色の新芽が芽吹き、まるで生き物のようにぐんぐんと急成長を始めた!
ほんの数分もしないうちに、アルトたちの頭上を覆い尽くすほどの巨大で肉厚な海藻——絶滅したはずの伝説の『神聖コンブ』が、一面に生い茂る黄金の海底森へと変貌を遂げたのである!
「な……ななな、なんですのこれはぁぁぁぁぁ!!???」
コーラ姫は頭を抱えて深海で大絶叫した。
「一瞬で赤潮が消滅して、絶滅した『神聖コンブ』が森のように群生していますわぁぁぁ!!どんな栽培速度をしているのですか!?」
「うん、すごく身が厚くて美味しそうなコンブが育ったね!さっそく少し収穫して、村のマルクさんに出汁をとってもらおう!」
「か、海を耕す(畑にする)って……本当に一瞬で海底を大農園に変えてしまいましたわ……!」
呆然と立ち尽くすコーラ姫をよそに、アルトたちは採れたての『神聖コンブ』をどっさりと抱えて、ご機嫌で農園村へと戻っていった。
◇
その日の昼過ぎ。村の大食堂には、香ばしく高貴な出汁の香りが漂っていた。
「ふふふ……アルト様が持ち帰られたこの『神聖コンブ』、出汁の出方が尋常ではありませんぞ!」
専属シェフのマルクが特製土鍋のフタを開けると、ブワッと澄み切った金色に輝く湯気が立ち上った。
「さあ、コーラ様!採れたての神聖コンブでひいた出汁を使った『具だくさん海鮮出汁スープ』と、自家製醤油で煮詰めた『神聖コンブの旨味佃煮』でございます!」
「海藻の出汁スープと……佃煮……?」
おそるおそるスプーンを取り、澄み切ったスープを一口口に含むコーラ姫。
ポタッ……シャクッ……。
その瞬間。
(((((ドッカァァァァァァン!!!!)))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!??!?!」
コーラ姫の脳内で、至高の衝撃が炸裂した!
「な……なになにこの深い旨味はぁぁぁぁぁ!!??口に入れた瞬間、大海原の豊穣な旨味と甘みが五臓六腑にしみ渡っていくわぁぁぁ!!」
あまりの美味さに、人魚の姫君としての威厳をかなぐり捨ててスープを飲み干し、熱々のコンブ佃煮をご飯に乗せて夢中で頬張るコーラ姫。
「美味しい……美味しすぎますわぁぁぁ!!このコンブがあれば、海の国の国民全員が救われますわ……!!」
ぽろぽろと大粒の涙を流して大号泣するコーラ姫の横で、アリサとルナリアが「ふむ、出汁の効いた料理は至高だな」「ええ、コーラ様もすっかり胃袋を掴まれましたわね」と笑顔で頷き合っていた。
「ふふ、喜んでもらえて良かった!海の底のコンブはいつでも自由に採って食べてね!」
アルトが満面の笑みを浮かべると、コーラ姫は胸の前で手を組み、深々と頭を下げた。
「アルト様!この恩、海の国アトランティスを挙げて必ずやお返しいたしますわ!」
海の国の食糧難は、アルトの「ちょっと海の底を耕す」という無自覚な家庭菜園によって、あっという間に完全解決してしまったのだった。
だがその頃。
アルトたちが海の開拓を成功させていた陰で、留守を守っていたポチやシロ、そしてエルフたちが「自分たちもアルト様を驚かせるくらい村を発展させよう!」と意気揚々に奮起し、牧場で“秘密の計画”を進めていたことなど、まだ誰も知る由もなかった。
コーラ姫
「(極上コンブの出汁スープを幸せそうに飲み干しながら)……はぁぁぁ……冷やしトマトに続いて、まさか海の底まで耕してこんな至高のコンブを育ててくださるなんて……!」
クラーケン
『きゅ〜〜〜〜ぅ♪(読者様の皆様、アルト様の美味しいお野菜と海の開拓をよろしくね!)』
アリサ
「うむ!この神聖コンブの出汁で煮たおでんも食べたいな、アルト!」




