『海の国の不審者?と冷やしトマト』
朝の爽やかな風が吹き抜ける『アルト農園村』。
昨日、アルトが開通させた『地下バイパストンネル』からは、今朝も透き通った綺麗な海水が心地よい音を立てて養殖池へと流れ込んでいた。
「ふぅ〜!
朝の畑の水やりも終わったし、今日も良い天気になりそうだなぁ!」
アルトが汗を拭って笑顔を浮かべていた、その時だった。
(((((ザパァァァン……ッ!!)))))
養殖池の水中から、一筋の水柱とともに何かが勢いよく跳ね上がった。
地面に着地したのは、濡れたエメラルドグリーンの髪と、真珠のように白い肌を持つ一人の美しい少女だった。
その立ち姿からは高貴な威厳と、並々ならぬ剣気が漂っている。
「ハァ……ハァ……!
陸の空気は、重いわね……!」
少女は肩で息を吐きながら、鋭い眼光で周囲を睨みつけた。
彼女の名は、コーラ。
海の国『アトランティス』の王女にして、人魚族最強の戦士であった。
姿を消した海の覇者・クラーケンの捜索と、海の底まで届いた謎の巨大トンネルを調べるため、決死の覚悟で陸の上へと乗り込んできたのだ。
「止まれ!
何者だ!」
すかさず、腰の大剣に手をかけた元Sランク冒険者のアリサが立ちふさがる。
「くっ……人間!
控えなさい!」
コーラ姫は胸を張り、堂々と名乗りを上げた。
「我は海の国アトランティスの王女、コーラ!
この恐ろしい地底トンネルを掘り、我が海の絶対覇者・クラーケン様を誘拐して不法に封印した悪しき魔導士はどこにいるの!
今すぐクラーケン様をお返しなさい!」
凛々しく言い放つコーラ姫。
その直後であった。
(((((ゴボゴボゴボッ……!!)))))
海水池の水面が揺れ、深部から巨大な影
——大魔クラーケンがぬうっと巨体を現した。
「あっ!クラーケン様ぁぁぁ!!」
コーラ姫の瞳が歓喜に輝く。
「今お救いいたしますわ!
邪悪な陸の者どもにどんな恐ろしい目にあわされたか……って、え……?」
コーラ姫の言葉が途中で凍りついた。
現れたクラーケンは、コーラ姫のことなど見向きもしなかった。
巨体を滑らかに泳がせると、アルトの足元へとすり寄り、巨大な触手をすりすりと秋波を送るように擦り付け始めたのだ。
『きゅ〜〜〜〜ぅ♪
(アルト様、おはようございます!
野菜ちょうだい!)』
「……は?」
コーラ姫は自分の目を疑った。
「く……クラーケン様……!?
太古の昔から海を支配し、いかなる巨大戦艦をも一撃で海底へと沈めてきた海の絶対覇者が……
なぜ陸の少年の前で猫のようにデロデロに甘えているのぉぉぉ!??!?」
頭を抱えて悲鳴を上げるコーラ姫。
「あはは、クラーケンさん、おはよう!
今、美味しい野菜を取ってあげるからね!」
アルトが優しく撫でてあげると、クラーケンは「んふ〜♪」と幸せそうに身悶えしている。
あまりの現実離れした光景と、慣れない陸上の猛暑によって、コーラ姫はクラクラと目眩を起こしてその場に膝をついた。
「はぁ……はぁ……!
陸の太陽は、なんて眩しくて暑いの……
身体中の水分が乾いて……魔力が……」
「わぁ、大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきたアルトは、足元に置いてあった桶から、キンキンに冷えた『神聖トマト』を取り出した。
「これ、今朝採れたてのトマトを井戸水で冷やしておいたんです!
喉が渇いているなら、食べてみてください!」
「ト……トマト……?
陸の野菜など、我が海の国の王族が口に……」
拒もうとしたコーラ姫だったが、井戸水で冷やされた真っ赤なトマトから溢れ出る、清らかな聖気の香りに抗えなかった。
吸い寄せられるように、ひんやりとしたトマトを口へと運ぶ。
パクリ……シャクッ……!
その瞬間——。
(((((ドッカァァァァァァン!!!!)))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!??!?!」
コーラ姫の脳内で、至高の雷撃が走った!
口の中に勢いよく弾け飛んだのは、氷のように冷たく、濃厚でフルーティーな甘みと爽やかな酸味を持つ極上の果汁!
とろける果汁が喉を通り抜けた瞬間、陸の暑さで干からびかけていたコーラ姫の全身の細胞が、歓喜の悲鳴を上げて潤い始めたのだ!
「な……なになになにこれぇぇぇぇぇ!!??
甘い!
冷たい!
ジューシーですわぁぁぁ!!」
さらに、トマトに込められたアルトの聖気が全身を駆け巡り、干上がっていたコーラ姫の魔力が、一瞬で全盛期を超えて大爆発を起こした!
「枯渇していた私の魔力が……限界を突き破って溢れ出してくる……!?
なんなのこの食べ物はぁぁぁ!!
美味しすぎて頭がどうにかなりそうですわぁぁぁ!!」
なりふり構わず冷やしトマトを丸ごとかぶりつく人魚の姫君。
「ふふ、お口に合って良かった!
井戸水で冷やしたトマトは最高でしょ?」
満面の笑みを浮かべるアルトの横で、アリサとルナリアが「また被害者が増えたな……」「ええ、お気の毒に……」と遠い目で見守っていた。
トマトを夢中で完食し、完全にアルトの胃袋を掴まれたコーラ姫は、頬を真っ赤に染めてぽつりと本音を漏らした。
「すごいわ……こんなに美味しくて、生命力に満ちあふれた作物を育てられるなんて……。
実は……我が海の国『アトランティス』は今、海水の濁りと赤潮のせいで、海藻や魚がまったく育たず……深刻な食糧難に苦しんでいるの……」
うつむいて肩を落とすコーラ姫。
それを聞いたアルトは、ポンと手を叩いて明るく微笑んだ。
「えっ、海藻やお魚が育たなくて困ってるんですか?
う〜ん……それなら、【土いじり】で、海の底を耕せばいいんじゃないかな!」
「……はい?」
コーラ姫がパチクリと目を瞬かせた。
「海の底を……耕す……ですとぉぉぉ!??!?」
コーラ姫とアリサたちの絶叫が、爽やかな夏空のもと、『アルト農園村』に響き渡るのだった。
アルトのその一言が、やがて大海原を劇的に変えていくことなど、まだ誰も知る由もなかった。
次話からの投稿は、<毎日、20:00>の予定となります。




