第62話『二億年前の記憶』
地下第7区画 研究室
「……ソラナム」
伊藤が画面に映された石版の映像を見ながら呟く
透真は画面を見つめたまま、動かなかった。
「誰なんだよ……」
誰も答えない。
八重も、レオンも、鳴海も。
そして――南瓜だけが、黙っていた。
「南瓜」
「…………」
「知ってるんだろ?」
南瓜はしばらく透真を見つめた。
「……知ってる、とは言えないかな」
「じゃあ、なんでそんな顔してるんだよ」
「僕にも分からないことが多いんだよ」
いつもの軽い口調。
だが、今回はどこか違った。
「ただ――」
南瓜がモニターへ視線を戻す。
「その名前が、ここに残ってること自体がおかしい」
「どういう意味?」
「だって、この文字を残した文明は……」
南瓜は言葉を止めた。
そして、小さく呟く。
「二億年前に消えてるんだから。」
――沈黙。
鳴海が眉をひそめる。
「二億年前って……」
「そういうことになる」
「文明ってなんや?どういうことや、俺らの前にも人間がいたってことか!?だとしたらなんでその文明は滅びたんや!なんで遺跡が残っとる?」
「それを調べるのがAGISSの仕事でしょ?」
「お前もAGISS側やろ……」
「そうだけどね」
南瓜が笑う。
その瞬間。
――ピッ。
地下施設の端末に通信が入った。
『こちらオランダ支部』
聞き覚えのある声。
透真が振り返る。
「エル?」
モニターに、銀髪の少女の姿が映し出された。
エル・ファン・ローゼンベルク。
オランダ支部に残り、HX-02――セラフィムを運用する適合者。
「久城さん。お久しぶりです」
「そっちは大丈夫なのか?」
「ええ。こちらは問題ありません」
エルは少しだけ視線を落とした。
「ただ……そちらで何か起きているようですね」
「なんで分かるんだ?」
「セラフィムが反応しました」
「……セラフィムが?」
エルの背後。
格納庫の奥にある白銀の装甲。
その六枚の翼が――
わずかに開いていた。
『……観測反応を確認』
機械的な声。
しかし、その声には明確な意思があった。
透真が息を呑む。
「ヴァルグレイヴも、さっき反応した」
『HX-01とHX-02が同時に反応したということですか』
エルの表情が変わる。
「それなら――」
彼は何かを思い出したように、オランダ支部のデータを開いた。
「こちらにも、似た記録があります」
画面に映し出されたのは古代の石板。
そこには現代人には読めない文字が並んでいる。
その中に――
一つだけ。
AGISSが解読した文字が表示された。
GENESIS
透真が眉をひそめる。
「また……それか」
「はい」
エルが続ける。
「ですが、こちらの記録には『Genesis』という単語だけではありません」
別の文字列が表示される。
HX反応発生時――記録を開始する。
「……HXが生まれた時?」
八重が呟く。
「現代AGISSでは、HXの発生時に確認される未知のエネルギー現象を『Genesis』と呼んでいます」
エルが説明する。
「ですが、この石板が意味するGenesisも同じものなのかは――」
「分からない」
南瓜が言った。
エルが少し驚く。
「……羽吹さん?」
「古代文明が何をGenesisと呼んでいたのか。それはまだ誰にも分からない」
南瓜はモニターを見つめた。
「ただ……」
「ただ?」
「現代人が勝手につけた名前だと思ってたけど、違うのかもしれないね。」
その言葉に、伊藤が伊藤へ割り込んだ。
『その可能性がある』
「伊藤さん?」
『現在、AGISS研究部門では古代文明の複数の記録を照合している』
伊藤の声はいつになく慎重だった。
『問題は、どの記録にも“HXそのものを作った”という記述がないことだ』
透真が目を見開く。
「……え?」
『少なくとも、今のところはな』
伊藤は続ける。
『古代文明はHXを兵器として製造したのか。それとも――』
一瞬、通信が乱れる。
『……既に存在していたものを利用していたのか』
――ブツッ。
通信が切れた。
「伊藤さん?」
返事はない。
そして。
研究室のモニターが一斉に暗転した。
「またかよ……」
鳴海が銃を下ろす。
だが、次の瞬間。
一つだけ画面が点灯した。
そこに映ったのは――
ヴァルグレイヴ。
しかし現在の姿ではない。
もっと巨大な姿。
その隣には、見たことのないHXが何体も立っている。
「これ……」
レオンが画面に近づく。
「HXの……記録映像?」
透真は何故か、その映像から目を離せなかった。
そして。
画面の中のヴァルグレイヴが、ゆっくりと振り返る。
――こちらを見ている。
「…………」
透真の背筋が冷える。
「今……」
八重が振り向く。
「どうしました?」
「いや……」
画面の中のヴァルグレイヴ。
その姿を見ているだけなのに。
なぜか――
誰かに見られているような感覚がした。
そして。
ほんの一瞬。
映像の中から声が聞こえた。
『……長かったな』
透真の目が見開かれる。
「今の……!」
しかし映像は消えていた。
誰も聞いていない。
「透真さん?」
「……いや」
透真は首を振った。
「何でもない」
その胸の奥で。
何かが、小さく震えていた。
――同時刻。
オランダ支部。
エルは通信を切った後も、画面を見つめていた。
セラフィムが静かに立っている。
『……適合者』
「どうしました?」
『HX-01が、こちらへ意識を向けています』
エルは振り返る。
「意識を?」
『正確には――』
セラフィムが一瞬沈黙する。
『“再会”を認識しています。』
「…………」
エルは言葉を失った。
「再会……?」
その意味を考える間もなく。
セラフィムの胸部に、一瞬だけ光が灯る。
そして。
『……彼は、まだいる』
エルが目を見開いた。
「誰が?」
セラフィムは答えない。
ただ、六枚の翼を静かに広げた。
――二億年という時間の向こう側。
忘れ去られた文明。
失われた記録。
そして、現代へ残されたHX。
その全てが一本の線で繋がり始めていた。
次回予告
AGISS内部編 第7話『選ばれた器』
「ヴァルグレイヴがお前を選んだ?」
透真自身も知らなかった、適合の真実。
そしてAGISSが発見した古代記録には――
「HXは人間によって選ばれるものではない」
という一文が残されていた。
ヴァルグレイヴ。
ソラナム。
そして、久城透真。
二億年の時を越えて繋がった三つの存在が、ついに一つの答えへ近づいていく。




