13
その場に立つのは一人、たろうのみ。
「ちっ、逃がしたか……」
凶悪な顔で周りを見渡したたろうのもとへディナルと美琴が現れる。
「ジルの行く先辿ってたペットに影を一人つけてある。追うぞ」
「キレて何も見えてないかと思ったのですが、進歩したんですね……」
呆れた視線を寄こすディナルを無視してたろうは走り出す。
ディナルと美琴も少し遅れてそれに従う。
そして数刻後、走り続けた彼らは途方にくれた表情で立ち尽くすナハトと合流することとなった。
『ジルさまっ、今そちらへ向かっておりますが、かなり距離があるので可能であれば一度召喚し直----ブツッ』
ナハト、本当にごめん。
前を歩く彼の背中を熱く見つめながら、ジルは素早く魔力を抑えナハトからの思念を断ち切る。
自身の存在を隠すべく出来ることは全てしてしまうとホッと息を吐き出す。
こちらに向かっている様子だったナハトが今頃困惑しているであろうことは想像出来たが、のぼせ上がったままのジルは浮き立つ心そのままにふわふわと酩酊していた。
ああ、こんな感覚どれくらいぶりかしら……。
意識しないまま熱い吐息を吐き出す。視線で愛でるように彼の背中を見つめるジルは頬の熱さを自覚した。
下手に心を傾ければ心が傷つき身を危険に晒す。永い時を生きてきたジルは財力や自分を守る力などを基準に相手を選んできた。
全く気持ちがなかったとは言わないが、それは恋や愛なんて熱い感情とは無縁な穏やかな情のようなもので……。
ホゥと満足気に息を吐き出したジルはグッと目に力を籠める。物理的な力を籠めたかのような力強い視線を送れば彼の背中が気のせいではなくブルブルと震えた。
ああ、可愛い。そんな怯えなくても怖いことなんて何もしないのに……むしろ私が何でもしてあげる。ああ、でも、逃げたりしたら……ふふっ、それもまたイイかも……。
彼を追い詰めることを想像するとそれはそれで心地よく興奮出来た。
きちんと寿命を重ねることの出来る身体と自由を手に入れた今、全ての万難を排しこの恋を成就させる。
あまりにも長い間忘れていて飢えていることさえも気づかなかったこの感情は、一気に執着ともいえるドロドロしたものに育ち切りこれが恋と言って良いものかどうかはジル本人にもわからなかった。
ただ、大地に眠り薬を盛られたことや、自身がこんなところに飛ばされたらしい事、気にならないと言えば嘘になるが、今はそんなことはどうでもいい。
この大事な時に厄介な存在を引き連れたナハトと合流するわけにはいかなかった。
ナハトから感じた懐かしい気配、あれは少し前まで会いたくてしょうがなかった家族のものだ。
もちろん、彼らは警戒すべき敵ではないが今のこの状況を決して受け入れてくれないことははっきりしている。
どうせすぐに見つかってしまうだろうが、せめて彼と相思相愛になってから家族とは再会したかった。
大丈夫、きっとすぐだから。
根拠のない自信で自分を鼓舞しつつこちらに振り返った彼にジルは微笑んで見せた。
こいつなんなんだよ……。
いつもの飯屋で二人分の食事を頼み、席に落ち着いたカイルは向かいの席に座る少女からの熱い視線にただただ無言で耐えていた。
よくいる鈍感主人公などとは違い、カイルは自分に向けられる感情や思惑などには敏感すぎるほど敏感な男だ。年齢的に完全範囲外の少女の視線に込められた欲には正直戸惑いしか感じられない。
ぷれいやーっていうのはみんなこんなやつばっかりか?
出会ったばかりでしつこく追いかけられた過去の経験を思い出し危機感が募る。
ただ、前回のそれは状況的に多少同情したし理解も出来たが今回の少女からはただただ意味不明で理解し難い不気味な何かを感じていた。永い間眠っていた呪いに触れてしまったようなそんな何かだ。
「煙草を吸ってもいいか?」
「はいっ、勿論構いません。どうぞ」
気合の入った少女からの返事に曖昧な笑みを返し、煙草に火をつけ煙をたっぷりと吸い込んだカイルはようやく少し落ち着きを取り戻し、チラリと少女へ視線を向ける。
煙草を銜えた口元へ向けられていた物欲しげな少女の眼差しにカイルは正面から捉えられた。
逃がさない、と明確に告げているそれにどう接していいのか心底戸惑えば少女はまるでお手本のような美しい笑顔を見せ、カイルは本能的な恐怖を煽られる。
見た目年齢よりもはるかに長い年数生きているカイルでもその笑顔の底が見えなかった。
あ、あれ?
ホ、ホラーじゃないよっ。
恋愛だよっ。




