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 モンスターが数多く生息すると言われる、深淵の森。

 男は当面の生活費を稼ぐために一人、その森で狩りをしていた。

 20年前と比べれば、Sランクモンスターの数は確実に減っているが、それでもこの森には数匹のSランクモンスターが存在し、男にとっては金になる貴重な素材の宝庫だった。


「ふぅ、そろそろ帰るか……」


 満足気に一息ついた男は、収納袋に血抜きの終わった全ての獲物を入れ、立ち上がった。

 今回は運が良かった。

 Sランクモンスター2匹とAランクモンスター8匹、その他に数えきれないほどの獲物。

 当面の生活費としては十分なそれに、男は笑みを漏らした。


「んん?」


 その時、歩く先に、突然空間の歪みが現れ、用心深く気配を消して観察する男の目の前に、ポトリと布の塊が落ちた。


「おぉっ!?」


 布の合間から艶やかな黒髪が見え、男は反射的にそれを抱きとめた。


「おいおい、なんだよこれ……はぁぁ」


 腕の中で眠る豪奢な衣装に身を包んだ美少女の顔を覗き込んだ男は厄介事の予感から大きく息を吐き出した。


「俺は、静かに生活したいのに……せめて範囲内の年齢なら……」


 本音ダダ漏れの独り言をブツブツと呟いた男はひとまずこの厄介な荷物をギルドに届けようと駆け出した。

 一見冴えないくたびれた印象の中年男だが、鍛え上げられた肉体は、少女という荷物を抱えていることを感じさせない動きで、道なき道を猛スピードで駆け抜ける。

 普通の人間なら5日はかかる道のりを2時間で駆け抜けた男の目に、自身の拠点とする街サウストが見えはじめた。

 速度を落としながら近づくと顔なじみの門番の顔が見え、男はようやく足を止めた。


「お、カイルじゃねぇか。残念生きてたか」

「おぅ、三日ぶりだな」


 無事を喜び、笑顔をみせる門番に、男も軽く手をあげて答える。


「ん? それなんだ?」


 門番が男の担ぐ布の塊をみて、怪訝な顔で聞いてきた。


「ああ、拾い物をしてギルドへ届けるところだ」

「拾い物?」


 その答えに、首を捻る門番を残して、カイルはまっすぐギルドへ向かった。

 ギルドに着いたカイルは、慣れた様子で階段を上ると、ノックもしないでギルド長の部屋へ入っていく。


「おぅ、カイルか……なんだそれ?」


 古い付き合いの友人、ギルド長のバッケンが、書類から目を上げ、カイルの担ぐ荷物に興味津々な目を向けてくる。


「ああ、森で拾ったんだ。ギルドでひとまず、預かってもらえるだろう?」


 カイルは担いでいる少女を包んでいた布を取り去り、ソファにその身体を丁寧に降ろした。


「おまえ……どこから誘拐してきた? すぐに返せば見逃してやるぞ?」


 少女をみて顔色を変えたバッケンの、真剣な言葉と表情に、カイルの口からため息が漏れた。


「拾ったと言っただろう? 誘拐はしていないし、すぐに返せば許される行為でもないぞ?」

「そ、そうか? しかし随分豪勢な拾い物だな……」


 ジルの全身をチェックしたバッケンは、その尋常ではない装備品の数々に目を見張り、カイルを目で促した。


「誰か、なんて知らないぞ? 俺の能力でも何も見えなかったからな。ただ転移魔法で突然現れた」

「お前が何も見えない上に、転移魔法だっ?!」


 バッケンの驚く声を聴きながら、カイルは自分の特殊なスキルで見て取った、少女の情報を漏らすのはやめておくことに決めた。

 確かにほとんど見えなかったが、少女の種族名だけは見えていた。

 種族名の欄は『人間ぷれいやー』となっていた。

 ぷれいやーが現れたなんて、知れたらこの街の静かな生活がかき回される。

 カイルは、少女が起きて一人で立ち去ってくれることを期待していた。


 その時、少女の瞳が薄っすらと開かれた。








 数回瞬きした少女はゆっくり起き上がり、カイルへ真っ直ぐ目線を合わせた。

 そして何故かその目を潤ませ頬を紅潮させる。まるで恋でもしているかのように。


「は、はじめまして、私はジルと言います。あ、あのっ、貴方は?」


 少女改めジルの熱の籠った視線に、カイルは居心地悪げに目をそらす。


「俺はカイルだ。森で狩りをしていたら、あんたが転移魔法で現れたので保護した。ただそれだけだ。バッケンそれじゃあ俺はいくぞ。あとは頼んだ」


 目をそらしたまま仕方なさそうな素振りを隠しもせず名乗り、状況説明を簡単に済ませたカイルは早々にその場を後にしようと立ち上がった。


「待ってくださいっ」


 表情に必死さをにじませたジルがカイルの腕にしがみつき、引き留める。


「……えーと? なんだどうした?」


 迷惑そうに顔を顰めたカイルが振り返る。


「あ、あのっ、そ、そう、お礼をっ! お礼をさせてくださいっ!!」


 カイルの顔を至近距離で見たジルは顔を赤くして動揺もあらわにどもった。


「お礼はいらないから、あっちにいるおっさんにいろいろ聞きなよ」

「おいおい、おっさんて……お前のほうがよっぽどおっさんだろうが」


 話を振られたバッケンが呆れたように口を出し、ようやくジルの目がカイルからそれる。


「あ、ご挨拶が遅れました。ジルといいます。このたびはご迷惑をおかけしました」


 礼儀正しく挨拶するが、カイルの腕にしがみついたまま離れようとしないジルの様子にバッケンは苦笑をもらした。


「おれはこの街のギルド長をしているバッケンだ。そいつはカイルといって信用できる男だし、この街にいる間はジルさんにつけようと思う。なんでもそいつに言ってくれ」


「え? ちょ、勝手な事いうなよ、俺はっ」


 大慌てで抗議しようとするカイルをバッケンはジロリと睨みつけた。


「カイル、お前暇だろう?」

「暇といえば暇だけど……」


 自分の予定が向こう1年余裕で空いていることを、しっかり知られている相手だけに言葉に詰まっているところにダメ押しのように無言で指を4本立てるバッケンにカイルは折れるしかなかった。

 適当にジルの相手をして街から送りだせばそれで終了の簡単な仕事が、指名依頼で報酬4万ガロンと言われれば断ることなど考えられない好条件だ。


「よし、とりあえず飯、食いに行こうか……」

「は、はいっ、喜んで」


 向き合って言えば、ジルは花が綻ぶような笑顔で答え、しがみついていたカイルの腕を離した。

 その熱っぽい視線に居心地悪い思いを味わいながら、カイルは案内するべく歩き始めた。





 自分が眠っている間に、どういった経緯でカイルの元に来たのかは分からないが、前を歩くカイルの背中を追うジルは浮き立っていた。

 見れば見るほど心臓が高鳴る。さきほど触れた腕の引き締まった筋肉の感触を思い出したジルは、顔が緩むのを抑えられない。

 実は筋金入りのおじさまフェチのジル。冴えないくたびれた感じの四十歳以上のおじさまに異常に興奮し、そのおじさまが筋肉質であればさらに良く(ただし、ムキムキは駄目)、身体が引き締まっていれば嬉しいが、別にお腹が出ていてもそれはそれで可愛いく感じるし、襟まわりの臭いを嗅ぐのが大好きだった。


(ああ、ものすごく好き……)


 ジルの思考が伝わったのか、前を歩くカイルがブルリと震えた。






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