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「おぅ、ディナル。久しぶりだな」


 たろうは古くからの仲間の姿をみとめ、その目を剣呑に眇めた。


「おやおや、本当にお久しぶりですね。やっと服を着ることを学んだようですね?」


 ディナルは丁寧な言葉の中に堂々と嫌味を込めつつ冷たい美貌にうっすらと笑みを浮かべる。

 クノッヘンの街を夕闇が包み始め、帰り道を急ぐ人々で騒がしい街道で、見るからにやばい空気を漂わせた、男二人が邂逅を果たした。


「ふん、お父さんと言ってもいいんだぞ?」


 短い黒髪を逆立たせた、彫りの深い整った顔を、ニヤリと歪ませたたろうは、そのたくましい体を黒い鎧に包み、巨大な剣を腰に佩いている。


「あなたがお父さんとか鳥肌立つんですよね……」


 銀髪碧眼の貴族めいた顔を、心底いやそうに顰めたディナルは、すらりとした長身痩躯で、黒い鎧を纏った身体は、顔に似合わず綺麗な筋肉に、おおわれている。

 言葉を交わしながらも、二人の足は止まらず、飛ぶようなスピードで、目的地を目指している。


「おじいさま、ディナルおじさま、お久しぶりです」


 そこへウェーブがかった金髪を煌めかせ、小柄でスレンダーな体に真っ赤な鎧を纏った美少女が加わると、たろうの表情が別人のように柔らかく緩んだ。


「ミコト、元気そうだな」

「お久しぶりです。ミコト、美人に成長していて何よりです」


 ディナルの表情も優しげなものにかわる。


「お二人ともお元気そうで……」


 嬉しげに返したミコトはふと気づいたように、進行方向に向かってクンクンと鼻をうごめかす。


「ああ、お母様の匂いです」


 ミコトの顔が興奮で上気する。鼻をひくつかせながらうっとりと酔いしれる表情はちょっと、いやかなり痛い。


「確実にこの先にいるということですね。ミコトの鼻より頼りになる情報はありませんから……」

「はぁはぁ、だんだん濃厚になってきてます」


 興奮のあまり荒い息をつきながらも、二人のスピードについていくミコト。

 この二十年で、残念な成長を遂げたことは間違いない。


「ふふ、久しぶりの我々総当たり戦です。派手に潰しますか」

「足取りの途絶えた冒険者ギルドは徹底破壊だ」

「うふふふ、瓦礫の山の上で私お母様を直嗅ぎ……」


 世間話でもするように、冒険者ギルドの不吉な未来を語りながら、最凶三人組は猛スピードで移動を続ける。





 仄暗い室内、柔らかで上質なソファの上で、ジルにのしかかっていた大地の動きがピタリと止まり、その視線がどこか遠くへ彷徨う。


「ああ、そろそろくるか。残念」


 大地は艶めいた仕草でペロリと唇を舐めると、名残惜しげにジルの頬へ手の平をあて感触を楽しむようにスルリと撫でる。

 その時、建物全体に衝撃が走り、ジルを素早く抱え上げた大地はガラガラと派手な音と共に崩れてきた瓦礫を跳んで避け、そのまま半壊した冒険者ギルドから飛び出す。


「おいおい、半端ないな……」


 先ほどまで自分のいた建物が半壊しているのを、唖然とした表情で眺める大地。

 建物内から脱出した者たちが、騒然としている中、大地は街の外へ向かって逃走を開始した。

 躊躇なく建物破壊するようなやつらと、街中で戦うのは、この街の守護者たる大地の立場では、避けたいことだった。


「くそっ、あいつら手加減とか常識とか、どこ置いてきたんだよ」


 後ろから猛スピードで追跡してくる三人の、気配に嫌な汗が流れる。

 誰の目にもとまらぬであろうスピードで、街の外まで走りぬきピタリと足を止めた大地。

 同じく猛追していた三人も間合いをとり、足を止めた。


「よぉ、舐めたマネしてくれたな」


 たろうの怒りを抑えた低い声がビリビリと響き、ディナルとミコトの殺気が大地の全身へ叩きつけられる。


「たろうさんお久しぶりです」


 何事もなかったかのように泰然とした態度の大地は穏やかな笑顔で挨拶を返す。


「おっと」


 その時飛び込んできた小柄な影を、大地はスレスレでかわす。細い体に似合わない大きな黒剣を軽々と振り回すミコトを相手に、大地は余裕の笑みを崩さない。


「お母様からその汚い手を放しなさい」

「突然斬りかかってくるなんて、ひどいですよミコトさん」


 ミコトの神業とも言える剣さばきを、ジルという荷物を抱えながら軽々とかわす姿に、たろうの目がすっと細められる。


「おまえ、何だ?」

「えぇ、ひどいですね。大地ですよ」

「大地は大地でもその力はなんだ?」


 たろうの言葉に大地の顔からすぅっと表情が抜けた。


「いくらなんでも、格下の医者ごときにかすられもしませんよ」

「おや、いくらでも替えのきく剣士ごときが。希少な医者を馬鹿にしてほしくないですね。」


 自身も剣士のディナルが冷たく言葉を発した。


「俺も同意見だが……医者は確かに他の職業からしたら弱い。しかしミコトは普通の医者じゃねぇ。同レベルの剣士相手なら、互角の攻撃力と防御力を持っている。そのミコトの攻撃をそこまで軽くかわす、おまえが異常だと俺は言っているんだ」

「ふふっ、単純なレベルとか職業とか、俺にはもう関係ないんですよ」


 上機嫌な大地から、妖しい影がゆらりと立ち上がった。

 影は大地を守るように絡みつき、他を威嚇するようにパチパチと稲妻を発し、通常の人間であれば倒れてしまうであろう、強烈な威圧感を放っている。


「これは、あなたを倒すために手に入れた力ですよ」


 たろうへひたりと、視線を定めた大地の手に、黒い霧を纏った武器が出現した。

 見るからに異質な、まがまがしい空気を纏った槍を、静かに構える大地。


「ほぉ、いよいよ化け物じみてきたな」

「ふん、いつまでも最強が自分だなんて、思わないほうがいい」


 ニヤリと笑うたろうへ、大地は不遜に鼻をならす。


「出番だよ」


 大地がポツリと呟き、それと共に突然四人の男女が出現する。


「呼ぶの遅すぎでしょぉ?」


 不平を洩らしながら大地に近づきジルの身体を軽々と抱きあげたのは、鍛え上げられた美しい肉体を持つ褐色の肌の赤毛の美女で、サッとその場を離れ距離をとる。


「俺たちはこっちだな?」


 ディナルの前に立ち塞がったのは、たろうに勝るとも劣らない筋肉の持ち主の男二人で、年嵩の落ち着いた雰囲気の男は無言でミコトへ対峙する。

 それを見届けた大地がたろうへ視線を戻すと、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、たろうが片手で軽く構えた大剣に大地の槍が叩きつけられた。


「ちっ、化け物め」


 相当な力をのせた攻撃にも関わらず、ビクともしない様子に大地から舌打ちがこぼれる。


「そんな褒められると、照れるじゃねぇか」


 言葉と共に、たろうの目がギラリと光り、その本気の威圧に圧倒されまいと、大地はぐっと力を入れなおす。

 人外たちの戦いにより、周辺の大地は震え、稲妻や光が走り天変地異を思わせる。

 ジルを抱えた女は一人戦線を離れそれを静観していたが、自分の腕の中で眠り続けるジルの顔を覗き込んだ。


「これが噂のジル様ね。ふぅん、かぁわいい」


 ジルの全身を隅から隅まで観察し終わった女は、ジルを特殊な空間に閉じ込めた。

 珍しい空間魔法の使い手の女は空間を縮め、彼女を目的の場所へ送り届けることが可能だ。


「ジル様のことはグルート様もお望みでねぇ。……大地ごめんねぇ」


 罪悪感など感じていないことが明白な謝罪を口にした女は、素早く魔法陣の用意をし、詠唱し始める。

 一応仲間である大地への躊躇などは一切なくただひたすら自らの主の為に任務を淡々と遂行する女はその顔色をどんどん悪くしながらも、人一人を目的地に送る大掛かりな空間魔法を練り上げていく。

 誰も気づかないまま驚異的な集中力でその詠唱は終わりに近づいていたが、その背後に猛スピードで近づく人影があった。

 半壊したギルドの建物から脱出したナハトだ。


「ジル様っ!」


 一目で何をしようとしているかを把握したナハトは容赦なく最大の攻撃魔法を放つが、それは一瞬間に合わず、ジルは忽然と姿を消してしまう。


「ミディア、何をしているっ?!」


 そこでようやく、異変に気づいた大地が焦った声を上げ、たろうとの戦闘から離脱し女に詰め寄った。


「もぉぉっ、むかつくぅ。見ての通りよ。グルート様に送る予定だったのに目的地がズレちゃったのよぉ」


 不貞腐れた態度の女の視線の先には、消えたジルの痕跡を辿るナハトの姿があり、こちらを気にかける素振りもない。

 ナハトの存在をすぐに切り捨てた大地はなおも女を問い詰めようとしたが、背後から感じた恐ろしい気配に動きを止めた。


「お前ら……生きて帰れると思うな?」


 全身の毛が総毛立つような怒気を発するたろうの低い声がビリビリと響き渡る。


「ちっ、たろうさんキレたぞ。ミコト、距離をとろう」

「でも、お母様がっ……」

「それは後で良い。居場所などすぐに追える」


 ディナルがミコトを引きずるようにその場から離れる。


「くそっ、ミディア、詠唱だ! ゲイルとガストはミディアの盾っ、ブラスターは俺の隣へっ、一撃くるぞっ! しのげっ!!」


 たろうから発せられる爆発的な熱量と恐ろしいほどの魔力の高まりに、絶望に顔を歪ませながらも大地は指示を飛ばし衝撃に備えた。

 その日、焦土と化したその地の謎は、街の英雄剣煌大地が姿を消した理由と関連付けられ、後に人々に語られることとなる。








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