同じ鍋
依頼から戻った翌日。
赤髭団の面々は、昼近くまで眠っていた。身体が資本、体力自慢の冒険者一同と言えど、戦闘と野営の連続で疲れ果てていた。
カーテン越しに差し込む日差しはやわらかい。
最初に目を覚ましたダレットは、しばらく自分がどこにいるのか分からなかった。
赤髭団の雑然としていたはずのねぐらが、少し綺麗になっている。
床が見える。脱ぎ散らかされていた衣類は洗濯待ち用のかごに入れられ、部屋の入口横に適当に詰まれていた薪は整理されている。
洗いざらしの食器は丁寧に重ねて棚に収まり、ボウフラが湧きそうな水瓶には新鮮な水に入れ替えられていた。
「何だ、こりゃ」
暖炉から香ばしい匂いが漂ってきた。
ジョシュアが白い布を前掛け代わりに巻き、暖炉に吊るした大きめの鍋を覗き込んでいる。暖炉には鉄板が敷かれ、鉄製ポットも暖炉の火にあぶられ湯気を立てていた。
「あ、おはようございます」
「ジョシュア……お前、寝たのか?」
「はい! お休みをいただきました」
「もう少し、寝たらどうだ……大丈夫なのか、お前」
ダレットの声で、ほかの仲間たちも起きて身体を起こして、掃除された部屋を見て目を丸くした。
オリバーは直された椅子を見て、何度か座面を押した。
「これ、昨日まで傾いてたよな」
「脚の長さが違っていて座りづらかったので、足を少し削りました……すみません」
ヴィレリアは、部屋を見回した。
「何を言ってるの。謝るところがひとつもないわよ」
共同の卓には、湯気の立つ料理が並んでいた。
皮を香ばしく焼いた鶏もも肉のステーキ。
人参、蕪、玉葱、トマトを塩とバジルで煮込んだ濃いスープ。
焼きたての黒パン。
蜂蜜を少し加えた紅茶。
粗末な部屋には不釣り合いなほど、温かな食卓だった。
「これ、全部お前が?」
オリバーが目を丸くした。
「さっき、市場に行ってお買い物してきました。お口に合わなかったら、すみません」
「合わないわけないでしょう」
手を洗ったヴィレリアが鶏肉を一口食べた。
それから無言で二口目を切り分ける。
オリバーはスープを飲み、チェ・サダは黒パンをちぎった。
誰もすぐには喋らなかった。
ジョシュアの料理を黙々と食べ、空腹を満たしていく。
「ジョシュア。お前も座れ」ダレットは真顔で椅子を引いた。「せっかく作ってくれたんだ。お前、ちゃんと飲め。そして食え」
「あ、あ、ありがとうございます」
ジョシュアはちょこんと座った。まるで小動物のようだ。
「いいんですか? 僕も食べて」
「何を言ってるんだ……君が作ってくれたんだ。それに、仲間じゃないか」
オリバーが当然のように答えた。
自分の皿にも、ほかの者と同じ大きさの鶏肉が載っている。
残り物ではない。
誰かが骨だけにしたものでもない。
最初から、自分の一人分として取り分けられていた。
「おいしいですか?」
恐る恐る尋ねる。
「うまい!」ダレットが即答した。大きい眼が優しげに微笑む。
「悔しいくらいに美味しい。ありがとうね、ジョシュア」ヴィレリアも言う。「でも……ちゃんと、食費は請求してね。昨日の自分の取り分から出したでしょ? 自腹はダメよ」
「こんなすごいメシを、剣聖レオンは毎日食べていたのか……!」
オリバーが変なところに感心している。
一同から、笑い声が上がった。
ジョシュアも笑おうとして、うまくできなかった。
胸の奥が熱い。
喉が詰まり、肉を飲み込めない。
「どうした?」ダレットが尋ねた。「体調でも悪いのか?」
「いえ……」ジョシュアは俯いた。「ちゃんと、人として扱っていただけているな、と思って」
食卓が静かになった。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
ジョシュアは自分が何か変なことを言ったのだと思った。
「すみません。せっかくの食事中に」
ダレットの大きな手が伸び、銀髪を少し乱暴に撫でた。
「当たり前だろうが」その当たり前を、ジョシュアは一度も経験したことが無かった。
ヴィレリアはジョシュアの空きかけた皿へ、鶏肉をもう一切れ載せた。
「食べなさいよ、冷めないうちに。残り物ではなく、最初からあなたの分よ」
「でも、ヴィレリアさんの」
「私はもう取った。大丈夫」
「このスープ、具が多い。良いですね」チェ・サダは静かに言った。「お袋を思い出します。無理してたんだろうな、お袋」
皆、静かになった。シンシアは紅茶をみんなに注ぎ足す。
「食べ終わったら、みんなでもう少し休みましょう?」
「僕、ちょっとやることがあって……」
オリバーがパンをちぎった。
「やること? いや、まずは休め、ジョシュア。誰か一人だけ働いて、残りが食って寝るんじゃ、またクビにしたどこかと同じになる」
ジョシュアは、その言葉をゆっくり受け止めた。
同じ鍋のスープ。
六つの木杯。六枚の鶏もも肉ステーキ。
自分のために空けられた椅子。
食べ終わるのを待っている仲間たち。
「……いただきます」
もう一度、小さく言った。
今度は、さきほどより少しだけ大きな声だった。
窓の外では、王都の昼を告げる鐘が鳴っていた。
粗末なアジトの食卓で、ジョシュアは生まれて初めて、自分の一人分をゆっくり食べた。
*
全員が食事を終え、ジョシュアとシンシアが食べ終わった食器を重ねて洗い場に持っていこうとすると、赤髭団のアジトのドアが強くノックされた。
「ん? 誰だ、こんな時間に?」
ダレットは、オリバーに目配せする。オリバーはうなずくと、ドアを開けた。
「こちら、赤髭団のねぐらか? ダレット殿?」
戸口には、三人の男女が立っていた。渋い銀の甲冑。黒いマント。グランディア王国の騎士団を示す紋章が胸にかかっている。騎士は、礼儀正しく礼をした。
「冒険者ギルドに羊皮紙を届けてくれた、赤髭団に、尋ねたいことがある――時間はあるか」
正面の騎士は、副団長リンツと名乗った。オリバーに引けを取らない、立派な体格の若者だ。金髪を短く刈り込み、細い切れ長の目で精悍な顔つきをしていた。
「俺がリーダーのダレットだ。話を聞こう」
オリバーの横から、ダレットとヴィレリアが顔を出し、騎士団の面々を部屋に迎え入れた。皆硬い表情だ。
「この書面を届けてくれて、感謝する。オークロードの居室にあったものだと報告を聞いた。ただ、もう少し詳しく話を聞きたい」
「報告したとおりだ。それ以上のことは何も分からない」
「……そうか。王国は、この内容を重く見て、事態解決のために北部遺跡へパーティーの派遣を急遽決定した」
「俺たちが起用されるのではないのか」
「執政ウェデラー閣下は、失敗は許されないとのご判断だ。決して貴殿らを軽視しての理由ではない。ご容赦戴きたい」
「どこのパーティーだ」
「申し訳ない。私の口からはお話できない」
副団長リンツは潔く頭を下げた。あれを見つけたのは俺たちだ。俺たちならきっとうまくやれる――そう言いたかったダレットは、機先を制して謝罪されてしまい、言葉を飲み込んだ。
「てっきり、王命でも拝することができるかと思ったが、まあいい。だが、それだけのことなら、ギルドに伝えてくれれば良かろう」
「それとは別に、王宮よりこれを貴殿らに下賜する」
リンツは懐から小さな革袋を出すと、明らかに金貨の詰まった袋をテーブルの上に置き、ダレットの前に丁寧に押し渡した。
「重要な内容だった。格別の対応で、貴殿らに報いたい」
ヴィレリアは口を挟んだ。「よっぽど、大事なものだったようね」
「そうだ。その代わり、と言っては何だが……」リンツは口ごもった。
「口封じか?」ダレットは、目の前に差し出された革袋を受け取り、懐に入れた。「ギルドホールでは会っていることそのものを見られたくない、ってか」
「さすがはダレット殿。話が早い」リンツは顎を引いた。
ヴィレリアは、ダレットを見た。いつになく、ダレットも硬い表情をしている。
「内容を忘れてくれとまでは言わない。だが、お互いのために――」
「もちろんだ。ここにいる面々は信用してもらって構わない。誰も外には言わねえよ」ダレットは、仲間を振り返った。「なあ?」
「はい」「はい」
一同は、首を縦に振った。それを見て、少しリンツは安心したように言った。
「ありがたい。ただ、もしこの話を貴殿らに聞きに来る奴らがいたら、その人相や聞き方含めて、私どもに報告願いたい」
チェ・サダは身じろぎをした。口を開きかけて、閉じた。ジョシュアを見る。彼は、この緊迫した場面に似合わないほどかわいい顔をしてエプロンをし、汚れたお皿を両手に抱え立ちすくんでいた。
「話はそれだけか」
「騎士団は、貴殿らを信頼する」リンツは立ち上がった。それを見て、両脇の騎士ふたりも腰を上げる。「ダレット殿。うわさは聞いていた。話ができて良かった」
シンシアは心配そうに胸元で手を握っている。オリバーは戸口で腕組みをし静かに聞いていた。退出するためにオリバーはドアを騎士たちのために開けると、ふたたび副団長リンツは丁寧に礼をして、赤髭団の前を辞して去っていった。
「……よっぽどのことらしいな」
「ねえ、ダレット。あれは大丈夫なの?」
「ヴィレリア。俺たちに選択肢はない。それとなく、ギルドホールの連中には冒険者ギルドの判断も聞いてみてほしい」
ヴィレリアはチェ・サダを見た。チェ・サダは逡巡してから、一拍置いて、口を開いた。
「ジョシュアが解読した古代語。王宮や騎士団は知っているんですかね?」
確かに、字面だけ見ればただの北部遺跡への救難依頼だ。しかし、羊皮紙には火であぶらないと見えない隠し文字があることを赤髭団は知っている。
「あれだけの人間がそろってる王宮だ。ましてや執政ウェデラーまで出てきたんだぞ。そのぐらいは……」
ジョシュアは青い顔のままで、お皿を両手に持って佇んでいた。
その日のうちに、北部遺跡の探索へ向けて、S級パーティー剣聖レオン・ガーフィールドが起用されたことを、赤髭団は知る。




