六つに分ける
オークロードとオークのねぐらとなっていた地下道を完全に制圧した赤髭団一行は、オークロードが居室としていた立派な部屋を見た。
「たいしたものだな。ここは、もともと坑道か?」
オークにしては小綺麗で大きな寝台と、食料品や宝物をしまう戸棚や箱をヴィレリアは物色した。
「へえ。いいもん、持ってるじゃない…… ちょっと、あんた」
ダレットは振り向いた。
「戦利品が多いわよ。これ、どうやって持って帰る?」
「そりゃあ、王都に向かう隊商を片っ端から襲っていたそうだからな」ダレットは顎をしゃくった。「手分けして、持つしかないんじゃないのか?」
ジョシュアは顔を上げた。
「あの、背負う用の布と通し縄を持ってきています」
「さ、さすがS級パーティーの元ポーター……」
オリバーは、精悍な顔をニヤリとさせてジョシュアを見た。
「あれ? これは何」
チェ・サダはオークロードが使っていたであろう何らかの儀式で使う机のようなものから、明らかにオーク族が扱わないであろう羊皮紙の束を見つけた。
「……ん? ん? これは何だ?」
封蝋を切られ、開かれた羊皮紙は、辺境領主ウィラル・ド・アルヴィン伯爵から王都へ発出された、緊急の外交文書のようだった。
『北部遺跡を調査されたい。我らの手には負えない、グランディア国王に助力を求めたい。
A級以上、できればS級パーティーの派遣が望ましい。強固な古代の魔術に関する秘められた術式が残されている可能性がある――』
「北部遺跡……古代都市ダーラムの廃墟か?」
チェ・サダは首を傾げた。シンシアも羊皮紙を横からのぞき込む。
「これ、王都に緊急で送られた救難文書かなにかだわ」
「じゃあ……助けを王都に求めたのに、オークロードに使者が殺されて文書が届かなかったってこと?」
「どういうことなんだ?」オリバーは太い腕を組み、打ち付けられた胸元を押さえて顔をしかめた。「とりあえず、ギルドホールに持ち込むか」
「そうだな。他にめぼしい戦利品がないか探して、ひととおり漁ったらさっさと帰ろう」
「……ん?」
ジョシュアとチェ・サダは同時に気づいて顔を見合わせた。
祭壇の下、机の奥――弱い魔法に封じられ、地下道のさらに下に向かう隠し扉があるようだ。中から、キュー、キューという声がする。
無言でヴィレリアはジョシュアとチェ・サダを手で制し、前に出て隠された扉を調べた。内側から、魔法で封印されている。チェ・サダはうなずくと、解除の呪文を唱えて扉を開けると、そこには小さなオークたちが六体――恐怖の表情で見上げ、震えていた。
「……どうする。リーダー」剣を構え直したオリバーは、ダレットを仰ぎ見た。
「…………」
「いずれ、禍根になるわよ。ダレット」ヴィレリアは短剣を腰から抜いた。
「慈悲を……」シンシアはオークの子どもたちの前に立ちふさがるように両手を広げた。「彼らが、いま罪を犯したわけでも、敵対したわけでもありません……」
「あーあ。またお涙頂戴なわけ? この子たち、どうせオークロードや父親たちの死体を見て、復讐に燃えるだけよ?」ヴィレリアは眼をぐるぐるさせた。「むしろ、ここで死なせてあげるのが慈悲なんじゃないの?」
「…………」
一行は、腕組みをして言葉を発しないダレットを見た。
「……俺たちの任務はオークロードを討伐することだ。オークの子どもを処分しろとは言われていねえ」
「でも、依頼書には『オーク討伐』って思い切り書いてあるわよ?」
「いや、この子たちはそのオークじゃないかもしれん! 俺たちが斃さないといけないオークは倒した。だから戦利品を巻き上げ、クエスト成功の報酬をもらいにいますぐ帰る! それ以外はなにも見なかった」
「なにも見なかった」オリバーは復唱した。
「そう。なにも見なかった。いいな」
ヴィレリアが、声に出さず『あまいわね』と動いた口元を、ジョシュアは見た。
「なにも、見ませんでした」ジョシュアは言った。「財宝と、戦利品の一部は回収しました。皆さん、帰りましょう……」
チェ・サダは大事に救難文書の羊皮紙を自分のバックパックにしまった。オリバーは、ジョシュアから借りた布と通し紐で宝珠やアミュレット、金貨などをしまい込み、背負った。
ジョシュアは、ダレットたちがオークロードの居室を後にすると、なおも震えるオークの子どもたちに、干し肉の入った小さな袋をひとつ置くと、他の五人を追って小走りに駆けていった。
*
冷たい雨が降り始めた。
オークたちのねぐらとなっていた地下道から王都オーディンまでは、徒歩で四日。赤髭団一行は、街道横の鬱蒼とした森に入り、大樹の下で野営の準備を始めた。
ジョシュアは石を集め、下草をかき分けて掘れた箇所に並べる。ヴィレリアとシンシアは手分けして薪を集めると、チェ・サダは慣れた手つきでジョシュアが囲った石の中に薪を組み、指先から火を放って焚火を作った。
ほのかな明るさが赤髭団を暖める。
A級パーティー。難敵オークロードを撃破し、オークたちを討伐。素晴らしい戦利品を詰めての帰路。しかし、小さな焚火に肩を寄せ合い暖まる姿は、とてもみすぼらしかった。
それでも、団長ダレットは立派な体躯に似合わない丁寧さで湯気を立てるスープの入った木椀を大事に口に運ぶと、嬉しそうに言った。
「いやー、俺たちは強かった。最高だった。みんな、本当によく頑張った」
大きい瞳に涙を溜めている。ジョシュアは焚火に掛かった鍋に干し肉と塩を足して、匙でかき混ぜた。
「ジョシュア。あんたも食べなさいよ」ヴィレリアは甲斐甲斐しく働くジョシュアに言った。「倒れちゃうわよ」
ジョシュアはにっこり笑うと、空になったオリバーの木椀に煮えた肉と豆のスープを足した。ヴィレリアは、一瞬呆気にとられ、顔を赤くした。
「ジョシュア、その笑顔……反則。かわいすぎ」
言ってから少しだけうつむいて、ヴィレリアはもしゃもしゃと肉とスープを幸せそうに食べるダレットを見た。
「あ。僕もお代わり。ジョシュア。豆は少なめで……」
「はい」ジョシュアはチェ・サダにも肉とスープを入れて渡した。
シンシアは、オークロードの居室にあった北部遺跡に関する内容を何度も読み返していた。「気になるわ。オークたちのねぐら……本来は、あんなところに彼らは住まない」
「そうか?」ダレットは応じた。「王都に向かう隊商を襲うにはもってこいの場所だ。財宝やうまい食い物が欲しかったんじゃないか?」
「そんな都合よく……アルヴィン伯の使者をオークたちが捕らえられるものなのかしら」
ジョシュアは何も言わなかった。やかんに汲んだ湧き水と塩を鍋に入れ、干した緑豆を一握り放り込んで追加のスープを作る。
「まあ、その辺は冒険者ギルドにちゃんと申し出れば、感謝ぐらいはしてくれるんじゃないか?」オリバーは肉を頬張りながら言った。「ひょっとしたら金一封とか、くれるかも!」
「それいいね」ヴィレリアは笑った。「最近、褒められるようなこと、私たちしてないから。少しは見直してくれるんじゃない?」
「あれ? その羊皮紙――」
チェ・サダは、口に入れた匙をゆっくりと取り出し、いぶかしげな顔で焚火の前で揺られる羊皮紙を改めて見た。
「火に、反応して…… 紋章と文字が」
「なんだって?」ダレットはシンシアの手にある羊皮紙を取り上げてよく見た。「俺には分からん。チェ・サダ、なんだこれは?」
「いや……見たことのない紋章ですね。古代ルーン文字? それも、かなり古い――」
「読めるか?」
「分かりません!」チェ・サダは胸を張った。「守備範囲外です」
「なんで威張ってるんだ……」
『汝、精神の部屋に名前を捧げよ 大いなる者、その門より来たれり
万物を焼き払う炎、吹き荒れるとき 聖なる力、これを封じ この地を統べる者なり』
全員が、ジョシュアを見た。
「あなた…… 読めるの?」
「僕、古代エルフなんです」ジョシュアは静かに言った。「紋章と術式というより、預言書の類ですね」
「これは、どういうことなんだ?」ダレットはジョシュアに尋ねた。珍しく、真剣な顔だ。
「力のある預言書は、意志を持つのです。つまり、この羊皮紙は、オークロードの手元からどうしても離れたかった」
「俺たちに、読まれたかった?」
「それは分かりませんが」ジョシュアは言葉を繋いだ。「然るべき人、眼を通すべき人のところへ向かおうとしているんじゃないかと思います」
チェ・サダは目を丸くしている。
「ジョシュア……君、何者なの」
「僕は、前のパーティーをクビになった……いまは、赤髭団の一員です」
ダレットは大きくうなずいた。「そうだ。それでいい。お前は赤髭団の団員だ!」
「そういう意味じゃなくて……」チェ・サダは頭を抱えた。「戦いのときもそうだった。詠唱も、術式も、魔具もなしに、シールドを張った……君は……」
「団員だ!」
*
赤髭団一行は、王都オーディンの門をくぐった。
堂々の凱旋だ。
ダレットは腰にくくりつけたオークロードの頭や戦利品の一部、羊皮紙を手に、ヴィレリアを伴って冒険者ギルドに報告するためギルドホールへ向かった。
道行く人々や、他の冒険者たちがぎょっとした目でダレットを見た。
討伐報酬は八百ゴールドだった。
これだけでも、大金だ。
さらに地下道の奥から、金貨や宝飾品を持ち帰った。鑑定と換金を終えれば、二千ゴールド近くになる見込みだという。ダレットも、オリバーも、満面の笑みだ。
冒険者ギルドの受付からギルドホールを出て、メンバーの待つ赤髭団のアジトへ戻ると、ダレットは受け取った硬貨を卓へ広げた。
必要経費を一つずつ確認したあと、残った金貨を六つに分けた。
ジョシュアは自分の前へ置かれた小さな革袋を見た。
「……これは?」
「お前の分だ」
「えっ? 僕の、ですか?」
「他に誰がいる」
「でも、多いです」
「同じだ」
ダレットは自分の袋を持ち上げた。
「六人でやった仕事だから、六等分だ」
「僕はついていっただけで…… 何も……」
「お前が止めた敵を、俺たちが倒した」
「でも、僕は後ろにいて、その」
「俺たちを死なせなかった」
ダレットの声が少し低くなった。
「ジョシュア。それ以上の仕事があるか。お前は役に立った」
ジョシュアは首を振った。
「こんなに、いただけません」
「ジョシュア」ダレットはジョシュアの両肩を掴む。「お前な」
「はい」
「働いた奴が報酬を受け取るのは、わがままじゃねえ」
革袋が、胸へ押しつけられた。
重かった。
金貨の重さではない。
自分の働きが、初めて誰かに数えられた重さだった。
「……あ、あ、ありがとうございます」
両手で袋を受け取る。
目元が熱くなったので、ジョシュアは俯いた。
ヴィレリアは何も言わず、彼の前へ水の入った木杯を置いた。
シンシアは治療用の布を畳みながら、柔らかく微笑んでいる。
オリバーは自分の取り分を数え、チェ・サダはすでに次に買う触媒を考えていた。
誰も、ジョシュアが泣きそうになっていることを指摘しなかった。
それが、ありがたかった。
「金貨九十枚って…… こんなに、重かったんですね」
一同は爆笑した。




