痛いです
地下道の奥。大きな両開きの鉄扉がゆっくりと開く。
小ぶりだが、親衛隊のようなしっかりとした装備のオークが五体。
そして――
オークロードが待っていた。
通常のオークより二回り大きい。
薄汚れてはいるが、鉄板を継ぎ合わせた立派な鎧をまとい、石柱ほどもある棍棒を振るう。その拳は人の頭ほどと大きい。
一撃が直撃すれば、盾ごと人間が潰される。
護衛を引き連れ、オークロードが突進してきた。速くはないが、ズシ、ズシと重量を与える威圧感は相当なものだ。大きさだけで言えば、ダレットよりも巨漢だ。
そのオークロードを、オリバーが受け止めようと前へ出た。
「駄目です!」
ジョシュアが叫ぶ。念じてオリバーに緑のシールドを張った。一瞬の出来事だった。
詠唱を始めていたチェ・サダは、驚いてジョシュアを見た。
「な、なんだあれ…… 詠唱もしていない、術式も切っていない……」
緑のシールドが盾の前へ重なり、オークロードの大棍棒をガツンと弾いた。
「オリバーさん!」
「くっ! 助かった……! ちくしょう。負けてたまるか」
護衛のオークたちがダレットに、シンシアに襲い掛かった。ダレットの肩口に槍が刺さり、シンシアの法衣の上から、オークの横なぎの棍棒が打ち込まれる。
「きゃあっ!」
「包囲されるな! ヴィレリア」ダレットは叫ぶ。
「無理!」ヴィレリアも必死だ。「来る!」
ヴィレリアは迫る護衛オークの短剣をすんでのところで躱すと、長い足で蹴り倒す。よろめいた護衛オークの隙をついて脳天からダレットが大剣を振り下ろし頭を叩き潰した。血しぶきが上がり、ダレットと石畳を真っ赤に染めていく。
「オガァァァァーーッ!!」
さらにチェ・サダが、オリバーが、護衛オークを仕留めると、怒りをあらわにしたオークロードが石柱のような棍棒を振り回す。
ガチィン!! という鈍い金属音を放ちながら、オークロードの強烈な一撃をダレットは受け止める。ダレットもまた、人間離れをした膂力の持ち主だった。ダレットとオークロードの顔の間が、ほんの数指分まで迫る。
「俺が、お前を仕留めてやる!!」
ふたりが剣戟を交えている間も、オークたちは必死の表情で立ち向かってくる。
背後からシンシアを狙って近づいてきたオーク兵が二体、槍と棍棒でシンシアに襲いかかる。まともに喰らえば即死だ。ジョシュアはとっさに緑のシールドをシンシアに張ると、危急に気づいたヴィレリアはすぐさま矢を射たてて二体を打ち倒した。
「あ、あ、ありがとう、ジョシュア! ヴィレリア……!」
「シンシアさん、こちらに!」
シンシアは床をはいずるようにしてジョシュアの足元に寄った。ジョシュアはシンシアに手を差し伸べる。その間、チェ・サダは雷を帯びた両手を掲げたものの、オリバーが激しくオークロードとやりあっている。チェ・サダはオークロードへの攻撃をためらっていた。
「ぐっ! く!!」
オークロードの激しい前蹴りを盾で受け止め損ね、オリバーは胸元に打撃を受け後ろに転がった。さらにオークロードは大棍棒を振り回しオリバーに襲い掛かる。
「やらせるか!!」
オークロードの大棍棒は、オリバーを庇ったダレットの頭をかすめた。直撃はしなかったが、その猛烈な衝撃でダレットもたまらずその巨体を横倒しにふっ飛ばした。
「ぐおっ!!」
「ダレットさん!!」
オークロードはダレットを仕留めようとうなる大棍棒を振り下ろしてくる。
「危ない!」ヴィレリアは叫んだ。
ジョシュアは前に出てオークロードの前に緑のシールドを再び展開した。しかし、ジョシュアの身体はすでに限界を迎えていた。レオンに強烈に殴られ蹴られた顎が、腹が、いまなお、ジョシュアの内側から軋みと共に激痛に浸す。
「く、くっ……」
会心の攻撃をシールドに阻まれ、オークロードの怒りは頂点に達する。
「グガアアァァァーーッ!!」
「――痛い、です」
言ってから、自分で驚いた。シンシアは、初めて自己主張したジョシュアを見た。
「ジョシュア! しっかり!」
ジョシュアは苦しそうに片膝をつき、シールドでオークロードの攻勢を受け止める。ダレットもオリバーも、態勢を整え直し、前に出た。
オークロードは目の前に迫る。ジョシュアは力を出し切ると、シールドも消えた。いちいち邪魔をするジョシュアが石畳に崩れるのを見ると、オークロードはジョシュアめがけて踏み込み、大棍棒を振りかぶった。
「ジョシュア!」
そして、オークロードが出した足に―― 石畳に生えていた緑色の蔦が引っ掛かり、オークロードの巨体を少しだけ揺らした。
ダレットは、その隙を見逃さなかった。オークロードの懐へ、姿勢を沈めたダレットが飛び込む。一瞬の判断だった。蔦につんのめり、横からダレットに腰を強くタックルされ、バランスを崩したオークロードは大きく両手を上げ無防備となる。射線が開き、弓を構えたヴィレリアのすぐ前に、大棍棒を振り上げるオークロードの上半身が見える。
「もらった!!」
ヴィレリアの矢がオークロードの右目を射抜き、チェ・サダの雷撃が胸部を貫く。金属製の鎧を通じてダレットも感電したが、お構いなしにオークロードを突き飛ばした。
視界を喪い、追い詰められたオークロードはやけくそのように棍棒を振り回す。ものすごい速度だ。
「一気にいきましょう!」
チェ・サダは叫んだ。
「よし!」
起き上がったオリバーが、大盾でオークロードの腰を弾き、動きを封じる。
そして――振りかぶったダレットの大剣が、オークロードの首を落とした。
赤い血を噴き上げ、巨体が地響きを立てて仰向けに倒れた。
ズシャアアアァァァ――
倒れた土煙が収まると、地下道に静寂が戻った。あたりに、護衛のオーク兵たちの骸が転がっている。
大苦戦だった。
だが、誰一人欠けていなかった。
ジョシュアは石畳に倒れていた。
「ジョシュア!」
シンシアが、自らも負傷しながら駆け寄る。
「ふぃぃぃ…… すみません。あ、足が……」
「謝ることか」
ダレットはいつになく真剣な表情で、少年の肩をそっと叩いた。
「お前がいなきゃ、俺たちは全滅してた」
苦しそうに無言でうなずくジョシュアを見ながら、ヴィレリアは、肩で息をしている。
「ダレット。危なかったわよ、本当に」
「ああ」
「この子のことよ」
ダレットは、まだ血をどくどくと石畳に流しているオークロードの死体を見下ろしながら頭を掻いた。
「分かってはいたんだ。オリバーが出すぎるのも、ヴィレリアとチェ・サダが被るのも」
「じゃあ、なんで」
「言う余裕がなかった。俺も、前にいるからな」
「……そうやって、いつもごまかすのね」
ヴィレリアは肩をすくめ、弓を下ろした。
「……少なくとも、私は矢を三本無駄にせずに済んだわ」
「ジョシュア、チェ・サダ、シンシア。本当に助かったよ……死ぬかと思ったぜ」
オリバーが痺れる腕を押さえながら笑った。
「チェ・サダは私たちを焼かずに済んだ」
「そこは普段から焼きません」
「危ない粉を一袋へ入れた人が言っても説得力がないわ」
赤髭団一行は、疲れ切っていたが、それでも全員が笑った。




