荷物持ちの戦い方
翌朝。
僧侶シンシアはジョシュアの身体をもう一度診た。
「……ジョシュア」
「はい」
「せっかく入ってくれて悪いんだけど……、あなたを連れていかないほうがいいと思うわ」
「……そうですか」
ジョシュアはしょんぼりした。しかし、あまりに酷く殴られた跡がまだ熱を持ち、治療されてはいるが動かすと痛みと共に苦しさも感じるのはどうしようもなかった。
「いい。この部屋で、寝ていてもいいから。私たちが帰ってくるまで、待っていて」
シンシアは、優しい顔をジョシュアに向けた。
「無理をしないほうがいいわ」
ダレットは腕組みをして、ジョシュアを見た。
「お前は、役に立ちたいのだろう? 俺たちの」
「は、はい」
「立てるか、ジョシュア」
「立て、ます……」
「ダレット! あなた、またそうやって強引に!」ヴィレリアは目を丸くした。「そうやって無謀に挑むから、いままでみんな苦労をしてきたのよ!」
戦士オリバーは静かにやり取りを見ている。チェ・サダも不安そうにダレットとヴィレリアに顔を向けた。
「ジョシュア! お前は戦力だ!」
ダレットは大きな声を出した。リーダーとして、戦いを率いる者の声だ。
「待って。頭数がいればそれでいい護衛任務とは違うのよ。オークロードのねぐらを襲撃して討伐するのが依頼なんだから、怪我人は連れていくべきではないわ! それに……」
ヴィレリアは口ごもった。
「報酬の件か?」
「ううん。それもあるけど、それ以上に、私は仲間が死ぬのが嫌」
赤髭団に来ていた依頼は、王都北西にある古い地下道に住み着いたオークロードとその一味の討伐だった。時折、街道に出てきては商隊を襲い、被害が出ていた。
確認されているだけで二十体以上。
最近二度、ギルドの要請で討伐に向かったパーティーは、いずれも犠牲者を出して任務失敗に終わっていた。
戦える者だけを連れていきたい。ヴィレリアの考えはもっともだった。
「大丈夫だ。こいつはS級パーティーにいた人間だ。戦える!」
冒険者のおきてとして、組んだパーティーの決定ではリーダーの命令は絶対だ。
ヴィレリアはうつむいて、そしてジョシュアを見る。かわいい少年は青い顔をして震えていた。明らかに、体調は戻り切っていない。シンシアも沈黙している。
「いいか。危なくなったらみんなで逃げる。いつもどおりな。その際は、俺が指揮する」
「分かりました」オリバーは立ち上がった。「やれるだけ、やろう」
「ジョシュア。君は僕の横か、後ろにいるといい」
チェ・サダは、ジョシュアの肩に手を置いた。
「は、はい。足を引っ張らないよう……頑張り、ます……」
自信なさげにしているジョシュアを見て、シンシアは静かにため息をついた。
ダレットはその大きい体躯を起こした。
ジョシュアはいつものように荷物を背負う。パーティーメンバーの分も、ナップザックがパンパンになるほど詰め込む。
「おいおい、大丈夫なのか」オリバーは驚いた。下手したらジョシュアの上半身と同じぐらいのナップザックが、細いジョシュアの体躯に張り付いている。「少し、俺が背負うぞ?」
「いえ、大丈夫です。慣れてますから……」ジョシュアはそっと笑った。「それに、僕はドルイドなので、少しだけ、ホバーのような移動魔法が使えます」
「そうだったわ! あなた、ドルイド(精霊術師)だったわね!」
得心したように、ヴィレリアは言った。チェ・サダもうなずく。「いてくれるだけで、君は役に立ちそうだ。改めて、よろしく。ジョシュア」
一行は、赤髭団のアジトを出た。統一感のない、粗末な冒険者の身なりは、とてもA級パーティーとは思えなかったが、しかし、みな前を向いていた。
*
王都オーディンから北へ伸びる街道を進み、月照の森沿いに広がる高い木々の間を警戒した。任務に失敗したと思しき別の冒険者の骸が、身ぐるみ剥がされて草むらに放置されている。
洞窟の入口へ着くと、ダレットは全員を見回した。
「いいか。無理そうなら逃げる」
大剣を背から下ろす。
「報酬より命だ。誰かが転んでも、置いていかない。全員で、生きて帰る。いいな」
「はい」「はい」
ジョシュアは、ほかの者より少し遅れて答えた。
「前線は、俺とオリバー。間を開けるから、そこから射線を通してヴィレリア、チェ・サダ。頼むぞ」
ダレットの指示する戦闘手順は、その見た目の豪快さとは裏腹に丁寧だった。しかし、ヴィレリアは冷静に応じた。
「分かるけど。でもそれ、前も言ったけど三回に一回しか守られないやつよね」
「うるせえ。お前がちゃんと声を掛けねえからだろ」
「はいはい」
ヴィレリアは肩をすくめたが、シンシアは不安そうにダレットを見た。しかし、ダレットが気にしたのはジョシュアだった。
「ジョシュア。なにか、言いたいことは? レオンと比べて、俺の指示はどうだ」
「あの、レオン様はそもそもお打ち合わせはほとんどされないので…… 『俺が全部前にいるやつは倒す。お前らは後からついてこい』という感じで」
戦士オリバーは、剣聖レオンの天衣無縫な態度を聞いてうっとりしている。
「ちょっと。しっかりしなさいよ」ヴィレリアはオリバーをたしなめた。
「いや…… 前衛として、後衛に『ついてこい』ってのはマジで理想なので。やっぱ、剣聖レオン様、すごいわ……」
感動しているオリバーをたっぷりと見たあと、ダレットは咳払いして言った。
「さ、行くぞ。お互いの位置を確認しながら、慎重に行くぞ」
地下道へ続く獣道に入る前に、ジョシュアは荷物を開いた。
「オリバーさん。予備の革帯は右側です」
「覚えた」
「ヴィレリアさんの弦は乾いた布で二重に包んであります。短弓は上部へ」
「そう。助かるわ」
「シンシアさんの薬は、赤い紐が止血、白い紐が解毒です」
「分かりやすいですね」
「チェ・サダさんの触媒は――」
「全部同じ袋へ入れておきました」
チェ・サダが得意げに言った。
ジョシュアは袋を開き、すぐに顔を青くした。
「ちょ……! 混ぜると反応する粉があります」
「え」
「いまは、動かさないでください」
全員が一歩下がった。
ジョシュアは息を止め、三種類の小瓶を慎重に取り出した。
「う、危なかったです」
「次から君に任せます」
「チェ・サダ。最初からそうしろ」
ダレットが呆れた。
地下道へ入って間もなく、中から警戒の鐘が鳴る。そして、赤髭団は躍り出たオークの集団と遭遇した。十二体、いや、十三体。数は多い。
ダレットが前へ出る。
オリバーが大盾を構える。
ヴィレリアが長弓へ矢をつがえ、チェ・サダが術式を組む。
ジョシュアは見た。赤髭団…… 一人ひとりは、決して弱くない。
だが、動きが噛み合っていなかった。
オリバーが敵を止めようと前へ出すぎる。
その背でダレットの剣筋が狭くなる。
「く、数が多い!!」
オリバーは正面の敵三体を盾と剣で受け止めている。一体は剣で突いて仕留めるが、刺さった剣を抜く間に盾の隙間からオークの棍棒の一撃がオリバーの太ももを襲う。
「ぐっ!」
ダレットはオリバーを庇うように前線の間を詰めた。しかし、今度は後衛の射線が遮られ、前からのオークたちが赤髭団を包囲しようと展開し始める。
悪いことに、ヴィレリアの矢とチェ・サダの魔法が、同じ敵を狙って重なった。苛烈な攻撃を受けて、小さなオークが「ゴバッ!!」と悲鳴を上げ吹き飛ばされる。
「オリバー!」シンシアは前衛の影になり、治療の射線を失っている。
ダレットの視界の端に、オリバーの背が入った。
剣を振り切るか、声を出すか。片方しか選べない。
「右へ二歩、お願いします!」
ジョシュアは反射的に声を上げた。
地面から細い蔦が伸び、オリバーの足元へ緑の線を描く。
「そこです!」
オリバーが線に合わせて身体をずらした瞬間、ダレットの大剣がその脇を抜け、二体のオークをまとめて薙ぎ払った。
「ヴィレリアさん、左奥!」
「見えてる! いける!!」
矢が地下道の暗がりから回り込もうとしていた一体のオークの喉元を射抜く。
グギャッ!! という声と共にオークは転がり落ちる。その向こうから、オークたちが再び襲い掛かってきた。
「チェ・サダさん、三つ数えてから!」
「三つ?」
「いま撃つとダレットさんを巻き込みます!」
チェ・サダが詠唱を一瞬止める。
ジョシュアの蔦が敵の足首へ絡みつき、三体を一か所へ引き寄せた。
「いまです! 遅れずに!」
青白いマナ弾が着弾した。
爆発は敵だけを包み、前衛には熱風すら届かなかった。三体とも、オークは吹き飛んだ。
「なんだ! お前、戦えないんじゃなかったのか!」
ダレットが笑う。
そのダレットとオリバーの身体を、緑色のシールドが包んだ。
「おっ? なんだこれ!」オリバーは叫んだ。「ありがとう!」
「ふう。こんなものか?」ダレットは大剣を地下道の石畳に突き立て、一息ついた。
「ちょっと。今回も全然打ち合わせ、守れてないじゃない!」
ヴィレリアは倒れたオークの骸をブーツで転がしながら言った。シンシアは白いマナを指に集め、オリバーの治療を手早く済ませる。やっぱり、決して弱くはない。連携も問題ない。ただ、前線の手数、火力が足りない。ジョシュアはそう思った。
「さあ。いくぞ」




