第20話 おかえりなさい
午後。重い雪雲が空を覆う中、ジョシュアは裁縫所へ、チェ・サダはガーネット姉妹たちと市場に買い物に出かけた。市場は赤髭団のアジトと目と鼻の先だ。幸せそうに腕を絡めて玄関を出ていくチェ・サダとガーネットを見て、オリバーは呆然とした。
「あいつ、そういう感じだとは思わなかった……」
ジョシュアは街路で四人と別れ、ずっしりと重い分け前の入った袋を手に裁縫所の小洒落たピンクの暖簾をくぐった。
最初のお目当ては、ワインレッドの、大きい布。さらに、手触りの良い厚手の生地の布。しっかりとした麻紐と革紐を両手幅三本ずつ。手触りのいいダークブラウンの裏地。布の端は、裁縫の職人に頼んでほつれないよう強く返しをしつらえてもらった。大小十枚の布を買い上げると、さらに厚手の牛革を二十枚。瓶に入った膠を五本。
布を丸めて背負い、大きな袋に瓶や革袋を入れて赤髭団のアジトに帰った。思わぬ大荷物で帰ってきたジョシュアを見て、留守番をしていたオリバーはぽかんと口を開けた。
ジョシュアはかわいい顔でにっこり笑うと、暖炉から炭を取った。不思議そうな顔で見ているオリバーを立たせ、肩から足元まで寸法を測り、背中に布を当てると、裏地の布を張り合わせ、丁寧に魔法をかける。半刻も経たず
、オリバーの背中をすっぽりと覆う、素敵なマントをしつらえた。
「おっ! これは凄い」
オリバーは背中に下がるワインレッドのマントを着込んでくるくると回り、着け心地を確かめている。
「ジョシュア。マジか。とってもいいじゃん、裏地も暖かくて」
さらに、暖炉際にちょこんと座っていたリディアとソラにも、取った背中の寸法より少し大きな布に裏地をつけて、緑の魔法をかけマントを拵えた。
「わあ!」リディアははしゃぐ。
「きゃはは! 赤髭団の、赤いマントだ」
「私たちも団員! ジョシュア、ありがとう!」
「裾を、踏まないようにね」
嬉しそうに微笑む少女たちを見て、オリバーは笑った。
嬌声を上げる女の子たちがくるくると回る姿を見て、玄関先で帰ってきたダレットとヴィレリアは目を丸くした。
「どうしたんだ?」
「あ。おかえりなさい」ジョシュアは明るい声で、ふたりを迎えた。
*
「すまねえな。ジョシュア、お揃いのマントなんて作ってもらって」
ジョシュアはダレットに、ヴィレリアに、全員に、赤髭団お揃いのマントを作った。
「リザードマンの女王様に謁見して、思ったのです。私たちにも、格式が必要だと」
「違えねえ」
「この色……すごくいいわね。赤髭団、って感じで」
「ヴィレリアさん。シックで上品な色で揃えたいなって」
そして、ジョシュアは暖炉から炭を取り、今度はダレットの膝元に跪いた。
「ん? どうしたジョシュア?」
ダレットの太い脚に牛革を押し付け、ぐるぐると巻いて、炭で印をつけた。ナイフで丁寧になめしながら、形を整えロングブーツを作っていく。
「お前、ブーツも作れるのか?」
「はい、材料さえあれば……で、さっき、皆さんの分を買ってきました」
牛革を張り合わせ、穴を開けて革紐を通し、足の甲の部分に通気穴を開け、水が入って染みないように返しの布を貼り付ける。靴底に石や枝を踏み抜かないよう薄い鉄板を三枚じゃばら状に貼り付けると、ブーツ全体を膠で固定し、靴底の膠に滑り止めの溝をナイフでつけてから緑色のマナで魔法をかけ、補強していく。
慣れた手つきであっという間に落ち着いた焦げ茶のダレット専用の頑丈なロングブーツを完成させると、ダレットは赤い髭を震わせて感嘆した。
「ジョシュア。お前、凄いな。超履きやすいじゃねえか。脱ぐのもこの紐外すだけ、それに、歩きやすい……」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「いや、嬉しいのは俺の方だ……素晴らしいな」
ジョシュアはヴィレリアにも、シンシアにも、オリバーにも、チェ・サダにも、そして、ガーネットやリディア、ソラにも……全員に、次々と、圧倒的な完成度のロングブーツを作っていく。
「これから、冬も深まりますし、靴に雪が染みないよう、野営しても少しでも暖かいよう……」
あまりのジョシュアの献身的な気遣いに、赤髭団の皆は感動していた。
「リディアとソラにも作ってくれて……何て言ったらいいか……」
「ガーネットさん。この子たちにもブーツがないと、どこか行くたびにオリバーさんが背負っていくことになりますから」
ジョシュアはそっと笑った。
「でも、彼女たちはすぐ足が大きくなっていきます。きつくなったら、膠を外して大きく作り変えますから、遠慮なく言ってください」
「俺の荷物が、少し減るんだな」オリバーは笑ってから訊いた。「ひとつ、尋ねていいか?」
「オリバーさん、どうしました」
「お前、あの剣聖レオンの、金ピカのマントや光るブーツも……作ったのか?」
「はい……気に入っていただけるまで、殴られて泣きながら作りました。何個も……」
「そうか。そうなのか。ジョシュアを殴るのは良くないが、でもあれは君がしつらえたのか……」
神々しい出で立ちで周囲を圧倒する剣聖レオンの威容を思い出しながら、憧れを隠さぬ表情でオリバーはうっとりしていた。
「ジョシュア! お代は払うよ。お礼ぐらいさせてくれない?」ヴィレリアは少し頰を上気させてジョシュアに言った。しかし、ジョシュアは首を振った。
「いえ、皆さんは武器や鎧でお金かかるじゃないですか。でも、僕はドルイドなので……武器も魔具も要りません」ジョシュアは寂しそうに微笑んだ。
「は? あんた、何言ってるの?」
「僕、お金をこんなにいただいた経験がなくて、でも皆さんには拾ってくださり、混ぜていただける御礼がしたくて……」
ダレットはジョシュアの銀髪をくしゃくしゃと撫でた。ガーネットは真新しいマントとブーツを与えられて喜びはしゃぎ回るリディアとソラに優しい目を向ける。
「さ。夕食の用意をします!」
ガーネットはジョシュアを手で制した。「いえ、ここは酒場の看板娘に任せて!」
「元、ですよ」口を挟んだチェ・サダの頬に平手が炸裂した。「どうして……理不尽だ」
*
夜。
「美味しかったね」
赤髭団に、幸せな声がこだまする。
「ガーネットさんも、さすがに料理がお上手です」
ダレットは、満腹になった腹をベッドに沈め、満足そうに髭を撫でた。
「食った食った。いや、これぞ幸せなる我が家! ずっとこうやって生きていければいいな」
ヴィレリアは、濃いエールの入ったマグをふたつ持ってきて、ひとつダレットに渡すと軽く乾杯した。
赤髭団が穏やかな食後のひとときを過ごしていると、アジト玄関の扉が叩かれた。
「誰だ? こんな夜中に?」
オリバーが開けるとそこには、外套の男が立っていた。穏やかな笑顔。
その横から、ジョシュアが玄関先に顔を出す。
「赤髭団の方ですか」
「はい」
「北部遺跡の件で、少しお話を」
オリバーは扉を半分だけ開けたまま、動かなかった。
「ご依頼でしたら、ギルドを通していただけますか」
「依頼ではありません。ちょっと赤髭団にお伺いしたいことが、ありまして」
男は笑った。穏やかな面持ちだが目は笑っていない。奥から、客に興味を持ったガーネットと妹たちが、また、怪訝な表情でヴィレリアが顔を見せる。
「オークロードが住まっていた坑道の奥で、古い羊皮紙が出たと聞きました」
ジョシュアの指先が、冷たくなった。
「祭壇の下にあったのだそうです」
――もしこの話を貴殿らに聞きに来る奴らがいたら、その人相や聞き方含めて、私どもに報告願いたい。
騎士団の副団長・リンツは、確かにそう言った。
あのときは、そのような人がわざわざ来るとは思っていなかった。見つけた赤髭団と、報告したギルド関係者、そして騎士団以外は誰も知らないはずだ。仮にそれを知ったとして、いちいち赤髭団に羊皮紙を発見した状況を尋ねに来る意味が分からない。
「羊皮紙、ですか」
「ええ。それも、火にかざすと、古代語の文字が浮かび上がるそうです」
「どこでお聞きに」オリバーが言いかけたその横から、ジョシュアは強く言った。
「知らないですね」
男の目から、笑みが消えた。
「なんと?」
「そのような話があるとは存じませんでした」
ジョシュアは重ねて口にした。オリバーはしまったという顔をした。しかも、オリバーは男と目が合った。
ヴィレリアは、男の外套からつま先まで、玄関のはすから観察する。商人風の身なりだが、靴が上等すぎた。何者だ。
男の顔に笑みが戻ると、軽く礼をした。
「それは大変、失礼いたしました。それでは、これで」
男が階段を降りていく音が遠ざかると、オリバーは後ろ手で玄関を閉めた。
「ジョシュア、ごめん」
「いえ……でも、悟られてしまったかもしれません」
「あした、リンツに伝える」ダレットは腕組みをして二人を見た。「ヴィレリア。一緒に行こう」
不意な来客とその中身に緊張が走ったが、ダレットの大きくも落ち着いた声で、赤髭団は平静を取り戻した。
チェ・サダはすでに寝息を立てている。
水瓶の横で九人分の食器を洗い終えて、ジョシュアは寝台へ戻った。
新たにソファを改造して作った、戸口にいちばん近い寝台だ。明日は、ちょっといいベッドにするため、木材を買い込もうとジョシュアは決心した。
初めてここを使った夜、彼は、朝いちばんに起きて働くためにこの位置を選んだ。
いまは、少し違う理由になっている。
扉のそばだと、誰かが帰ってきたとき、いちばん先に気づく。
いちばん先に、おかえりなさい、と言える。
その言葉を、彼は最近ようやく使えるようになった。
ダレットが寝酒を飲んで夜歩きから戻ったとき。
シンシアが夕刻の礼拝を終え大聖堂から戻ったとき。
オリバーが市場から妹たちを担いで坂を上がってきたとき。
――おかえりなさい。
言うたびに、少しだけ、胸のあたりが温かくなる。
毛布を引き上げながら、ジョシュアはふと思った。
誰かが、まだ帰ってきていない気がする。
北部遺跡の一団は、無事に帰ったと掲示に出ていた。
だから、待つ相手はもういないはずだった。
それでも、扉のほうを見てしまう。
寝返りを打つと、荷袋が視界に入った。
明日は、荷を詰め直そうと思う。
保存食を数えて、薬を分けて、水袋を吊るす位置を決める。
いつもどおり、五つに――
四つだ。
もう、あの一団の荷を詰めることはない。
そう自分に言い聞かせて、ジョシュアは目を閉じた。
便りは、まだ何も聞こえてこない。




