元、仲間だ
「どうしても何も、お前は戦力にならない」
レオンの答えは簡単だった。
「俺たちはS級パーティーだ。強いやつが集まっている。国王陛下や執政閣下、貴族からも、直々に依頼がくるほどのな」
アイリスがとんがり帽子をかぶり直した。美しい顔を歪めて怪訝な顔をしている。
レオンは続けた。軽い口調のように見えて、その場を制圧するような、通る声で。
「これから相手にするのは、古代遺跡の怪物や魔王軍の将だ。荷物を背負い、飯を作るしか能のない奴を連れていく余裕はない」
「えっ、あの……」
「お前みたいなC級のクズは要らないんだ。もう」
ジョシュアは言葉を詰まらせ、荷袋へ視線を落とした。
自分が何をしてきたのか、どう説明すればよいのか分からなかった。
戦闘中に地面から生やした蔦を絡ませて敵の足を止めた。
アイリスの魔法が前衛を巻き込まないよう、声を掛け射線を作った。
セリナの治療が届く場所へ負傷者を運んだ。
毒の混じった水を避け、崩れそうな地面を見つけ、夜中に切れた革帯やブーツの革紐を直した。
冒険の道中、美味しく暖かい食事や水探しはジョシュアの役割だった。
けれど、それはすべて、自分がするのが当然の仕事だった。
功績として数えたことはない。
「何か… あの… やっぱり、マズかったでしょうか…?」
ジョシュアは、おずおずと尋ねた。
「な、な、直します。僕のせいで、どなたか怪我をしたのでしたら、つ、次からはもっと早く――」
「それだ」
レオンは太いがしなやかな指をビシッと向けた。
「お前は何かに気づいても、ぎりぎりまで黙っている。『大したことではありません』とか言って、自分だけで片づけようとする。指揮する側には迷惑なんだ」
「そ、そんな……」
「俺、お前にずっと、そう言ってきたろ」
ジョシュアは息を詰めた。
それは、まったくの嘘ではなかった。
荷車の軸が傷んでいた時も、食料が予定より早く減った時も、仲間へ余計な心配をかけまいとして、可能な限り一人で対処した。
報告が遅い、聞いてなかった、勝手に判断するな、などとレオンに叱られたこともある。
「……す、すみません」
すぐに頭を下げた。
「こ、これからは、必ず先に報告します」
「今度は何もかも報告して、俺たちの足を止めるつもりか?」
「レオン。そんな言い方はないでしょう」
堪えかねて、アイリスが立ち上がった。心配そうに聖女セリナがレオンとアイリスを見上げる。
「料理も、野営も、補給も、装備管理も、全部この子に… ジョシュアへ押しつけてきたのは誰?」
「役立たずにもできる、せめてもの仕事を割り振っただけだ」
「それを一人でやってきたジョシュアに、何もできないからいま出ていけと言うの?」
「俺は剣聖だ」
レオンはその立派な体躯を正し、言い切った。
「身体を張って、前線で敵と戦っている。強い者、戦闘で結果を出す者が中心になるのは当然だ」
「なにそれ… パーティーに女性だけ残して、都合のいい英雄譚でも作りたいのではなくて?」
アイリスの鋭い言葉に、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちがざわめいた。
「ハーレムにしたかったんでしょ?」
レオンの顔が険しくなる。
「黙れ、アイリス」
ジョシュアは慌てた。
自分のせいで仲間同士が争っている。
そう思うと、胸が苦しくなった。
「すみません… すみません…… ぼ、僕が悪かったことにしてください……」
両手を卓へついた。
「どうか……ケンカしないで……」
「はあ? なに言ってんだおまえ?」
「もっと頑張ります。朝は今までより早く起きます。荷物も増やせます。食事は皆さんの残りで構いません。報酬も要りません…… だから……」
「ジョシュア」
獣人カレンが低く呼んだ。耳が悲しそうにぺたんとなっている。ジョシュアはレオンに懇願した。
「ここに、いさせてください……! どうか…… は、は、外さないで… くだ…… さい……」
額が卓へ触れるほど、深く頭を下げた。
「僕の居場所は…… ここにしかないんです……」
声が震えた。
なぜここまで必死になるのか分かっていた。
パーティーを離れれば、宿代を払えない。仕事の紹介もなくなる。
ただ、そんな即物的な理由ではない。
それ以上に、ジョシュアにとって、毎朝起きて支度をする相手も、帰りを待つ相手もいなくなる。
ひとりぼっちになってしまう。
レオンたちが自分をどう思っているかとは別に、ジョシュアにとって、彼らパーティーメンバーは、深く信頼し、尊敬している仲間だった。
見捨てられたくはなかった。
「うるせえ。もう決まった話だ」
「お願いします……」
「追放は追放だ」
「もっと、頑張りますから」
「目障りだと言っている! 失せろ!」
ゴッ!
レオンの硬い靴先が、ジョシュアの腹へめり込んだ。
「ぐはっ!!」
息が消えた。
細い身体が卓から離れ、床へ倒れる。
荷袋が横倒しになり、包んでいた薬瓶が一つ、鈍い音を立てて割れた。
あれだけ騒がしかったギルドホールが、静かになる。皆、倒れたジョシュアと蹴ったレオンを見た。
「レオン!」
カレンが咄嗟に剣の柄へ手をかけた。
セリナが小さく悲鳴を上げる。
アイリスの指先には魔力が灯った。
だが、レオンはジョシュアの緑のローブの胸ぐらを掴むと、すでに半泣きの顔に二発、三発と拳を叩き込んだ。
「ぐあっ! あうっ! ぐふうっ!!」
「やめて! レオン!」セリナが立ち上がり、ジョシュアの前に立った。「殴らないで!」
もう一発ジョシュアにお見舞いしようとしたレオンの太い手首を、カレンが掴む。
「やめるにゃ!!」
レオンはジョシュアから手を離すと、ドサッと音を立ててジョシュアは倒れ、テーブルに乗っていた空の薬ガラス瓶が床に落ちて割れた。
ギルドホールの喧騒は、驚愕の顔とともに音ひとつ立てずに消えた。
伝説の剣聖レオンの動きに釘付けになり、成り行きを見守っていた。
倒れたジョシュアを見下ろして、顔を踏みつけた。
「がっ…! うう…」
レオンは平然と言った。
「お前はもう要らない。もっと戦力になるポーターは、もう探してある」
レオンはジョシュアの顔を踏みつける足を強めてぐりぐりと床にめり込ませる。嫌な音がした。
「やめて!」セリナは叫ぶ。
その時、ギルドの扉が開いた。
長身の女戦士が入ってくる。
日に焼けた肌。よく鍛えられた腕。腰には幅広の剣。燃えるような赤い長髪。
背中には、ま新しい大型の荷袋があった。
受付職員の女の子が、プラチナ縁の登録証を手に彼女を追ってくる。
「はーい。剣聖サマ。お待たせ」
「レイカさん。手続きが終わりました。レオン様のパーティー加入に伴い、S級冒険者への復帰を認定します」
「ああ。やっと戻れたわ。自由ね」
女戦士――レイカは、受け取った登録証を、感慨深そうに指先で弾いた。
その名を、ジョシュアも知っていた。
攻守に優れた前衛戦士として名を上げ、一度は名誉あるS級に名を連ねたこともある冒険者。
王都オーディンの防衛隊として、一度は貴族ガレス侯お抱えの騎士になり、声望を集めた。そのタイミングで、冒険者登録を外れていたのだ。そしていま、S級冒険者として復帰した。レオンのパーティーに加入するために。
レイカは、レオンに殴られて床に倒れ、踏みつけられているジョシュアを一瞥した。
ほんの少しだけ気まずそうな顔をしたが、すぐに肩をすくめる。
「悪いわね」
悪いと思っている者の声ではなかった。
「これからは、騎士でもあるこのあたしが、ポーターもやってあげる。戦える荷物持ちの方が、戦闘では役に立つでしょう?」
ジョシュアは、彼女の背中の荷袋を見た。
自分が何年も使ってきた袋より新しく、大きい。
鍋を固定する革帯も、薬瓶用の小袋も、すでに取りつけられている。立派なものだ。
自分が外された後の旅は、メンバーも装備も、もう準備されていた。
ジョシュアだけが、そのことを知らなかったのか。
「……どうして」
レオンはジョシュアから足を離した。
同じ言葉が、もう一度、涙と一緒にこぼれた。
「悪いが、パーティーの決定。つまり、俺が、決めた。ジョシュア。お前を追放するんだ。分かったな」
「パーティーの決定……」セリナは目を伏せ、言葉を繋いだ。「ジョシュア……」
レオンは半笑いになって、セリナの輝く金の髪を掴んだ。「異論はないな? 聖女様」
「……は、はい……レオン、様」
カレンが、レオンとジョシュアの間へ半歩出た。
「にゃ、にゃ! にゃら、ポーターはジョシュアのままにして、戦士さんを増やせばいいじゃない!」
「は? 俺の決定に楯突くのか?」
「そうは…… 言ってにゃいけど……」
「なら、お前も一緒に出て行くか? カレン。種族の誇りのため、S級冒険者になるまでは、俺のいうことを何でも、全部聞くんじゃなかったか?」
「にゃ…… そ、それは……」
「どうしても…… 駄目なの? レオン」セリナは聖印スピカを握りしめ、切なそうにレオンを見る。「この子に、落ち度はないわ」
「俺が決めたことだ。このパーティーは俺の決定に従う。前に出せない無能はいらない」
「……」セリナは押し黙って、泣いているジョシュアを見た。大きく息をつく。
ジョシュアが、殴られてボロボロになった顔を上げる。
カレンはまっすぐジョシュアを見ていた。セリナもジョシュアを切なげに視界にとらえる。
アイリスは怒りを隠さない。
レイカは視線を逸らした。
しかし、レオンの決定は覆らなかった。リーダーの決定はパーティーにとって絶対だ。
レオンはジョシュアの襟首をつかみ、細い身体を引き起こした。
「あっ……! や、やめて…… ください……!」
「馬鹿が。最後まで俺に面倒をかけるな」
ギルドの裏手の扉が開かれる。
冬の冷気が、暖かな室内へ流れ込んだ。
「待って…… 待って、ください……レオン、様!」
ジョシュアは苦しい息の合間に言葉を繋いだ。
「僕たち…… 仲間じゃないですか」
レオンは一度だけ振り返った。
その顔に、迷いはなかった。
「元、仲間だ」
蹴とばされたジョシュアの身体が、ほのかに雪の降り積もる石畳へ放り出された。
荷袋があとから投げつけられ、ジョシュアの肩へぶつかる。
バタン。重い扉が閉まった。
中の暖かさも、人の声も、見えなくなった。




