どうして、ですか
陽光を浴びて、真っ白い石でできた街並みが輝く。
王都オーディンの冒険者ギルドは、昼を過ぎても人の声が絶えなかった。
依頼を終えた冒険者が受付へ報告書を積み、掲示板の前では次の仕事を奪い合うように男たちが肩をぶつけている。
外は雪がチラついているというのに、2階まで吹き抜けになっているギルドホール内は熱気で溢れていた。連日、大騒ぎだ。
受付では三人の受付嬢が次々と荒くれたちの話や羊皮紙を捌き続けていた。酒場では朝から飲み続けている一団が、昨日倒した魔物を実際より二回りほど大きく語っている。武勇伝と焼いた肉は大きいほうがいい。みな、そう信じている。
その喧騒から少し離れた長卓の端で、ジョシュア・ロイズは黙々と荷物を詰め直していた。
銀色の短い髪。
若草色の、くりくりとした瞳。
冒険者とは思えないほど、白い肌で、整ったかわいい顔をしている。
外見は十二、三歳ほどの痩せた男の子にしか見えない。が、古代エルフの血を引く、れっきとしたドルイド(精霊術師)である。
もっとも、彼をドルイドとして紹介する者はほとんどいなかった。
王都でのジョシュアは、伝説の剣聖として名高いレオン・ガーフィールドが率いるS級勇者パーティーのポーター――荷物持ちとして知られていた。華奢な身体に荷物を背負い、ふうふう言いながらレオンの後をついて歩く、緑のローブを着た男の子。
「保存食、十日分。予備の剣帯が二本。聖水が六瓶……」
小さく数えながら、薬瓶を一つずつ乾いた布で包む。
次の目的地は、王都から北へ延びる山道の先にある古代遺跡だった。
雪の残る山地を抜け、地下へ何日潜るかも分からない。食料を多くすれば足が遅くなる。減らしすぎれば帰路で尽きる。水場も、地図に記された場所が今も使えるとは限らない。
ジョシュアは羊皮紙へ細かな文字で追記した。
パーティーメンバーに必要なものを整理するのに余念がない。
乾燥豆を二袋増やす。
燻製肉は塩気の強いものを下へ。
大魔導士アイリスの触媒は湿気を避けるため、革袋ではなく木箱へ。
聖女セリナの治療布は、戦闘中でも取り出せる右側へ。
剣士カレン用の干し肉は、少し硬いものを多めに。
「また私だけ、噛み切れない肉を入れてるでしょう」
頭上から声が落ちてきた。
ジョシュアが振り向くと、優しく笑う獣人の女剣士カレンが立っていた。
狼に似たふかふかの耳と尾。腰には片刃の長剣。よく日に焼けた腕には、細かな古傷がいくつも走っている。
「お嫌いでしたか?」
「にゃん。好きだけど。でも、噛むのに時間がかかるの!」
「そのあいだ、美味しい肉汁が、口の中でじゅわーっと…!」
「やめて! いま食べたくなっちゃう〜!」
そう言いながらも、カレンは口元を緩めた。
ジョシュアはほっとして、布包みを荷袋の上部へ移した。
「いつでもお召し上がりいただけるように、すぐ取れるところにしておきます」
「ありがとう、坊や。そういうところは、本当に気が利くにゃん」
「あ、はい!」
「お願いするにゃん! とびきり、ジューシーなやつにゃん!」
カレンはウインクした。ふわふわと頭の毛が舞い、尻尾を幸せそうにぴんと立てる。
近くの椅子では、大魔導士アイリスが長い脚を組み、北部遺跡の地図を広げていた。
濃い紺色の長髪を肩へ流し、指先には淡い青の魔力が灯っている。スッキリした顔立ちの美人なだけでなく、王宮魔術師にも名を知られた才媛であり、攻撃魔法だけなら剣聖レオンに並ぶ名声と実力を持つ。S級パーティーの破壊力を支えるダメージディーラーであった。
「ジョシュア。ちょっと」
「はい」
「触媒箱へ防湿布をもう一枚くれる? 北部の地下は、たぶん想定より湿っているわ。それと、靴底の滑り止めも」
「あ。もう用意しています」
「そう」
アイリスは地図から目を上げずに言った。
「あなたに頼むと、一度で済むから少し楽ね」
それが彼女なりの褒め言葉だと気づくまで、ジョシュアには少し時間がかかった。
「ありがとうございます」
「任せたわよ」
それだけ言うと、アイリスは再び地図に目を落とすと、眉をひそめて思索に耽った。
さらに離れた場所では、聖女セリナが神殿から受け取った薬箱を確認していた。
白い法衣。胸元には銀の聖印。柔らかな物腰で知られる女性だが、今日はどこか落ち着かない様子で、何度もギルドの入口へ目を向けている。
「あ! セリナ様。新しく替えておいたブーツの革紐、どうですか」
ジョシュアはセリナの足元にかしずくと、慣れた手つきでブーツの革紐の様子を見た。
「前のものは、引けば切れてしまう状態でしたので」
「あ……うん。ありがとう、ジョシュア」
セリナは微笑んだ。
だが、その笑みはいつもより硬かった。手には、至高の聖印「スピカ」が握られている。
「どうかなさいましたか?」
「い、いいえ。何でも… ありません」
そう答えたあと、セリナは視線を逸らした。
そして、長卓の中央に、レオン・ガーフィールドがやってきた。
威風堂々。
金の装飾を施した胸当て。腰には、王国でもっとも名高い聖剣「ソウルクレイドル」の一振り。
彼がギルドへ入れば、自然と周囲の声が一段低くなる。勇者としての、圧が凄い。
難敵グレーターデーモンを単独で斬った。
暴れる巨竜の爪を大剣で受け止めた。
王都へ迫った魔獣の群れをまとめて切り伏せ、一人で食い止めた。
そして――どれも誇張ではない。すべて、事実だ。
レオンは、本当に強かった。剣聖レオンが、剣聖と言われる所以である。
だから、彼がパーティーで、ギルド内で、何かを決めたとき…、反対できる者はいない。
レオンは受付から戻ると、ジョシュアが整えた荷物へ一度だけ目を向けた。
「ジョシュア。お前はもういい。要らない」
「あ、レオン様。もう少しで終わります。あとは鍋を――」
「要らない、と言ったんだ」
ジョシュアの手が止まった。
何か詰め方を間違えただろうか。
保存食の量か。
地図の写しが古かったか。
彼はすぐに荷袋の中身を見直した。
「す、す、すみません、レオン様。どこか、直した方がよいところが――」
「荷物の話じゃない」
レオンは卓の向こう側へ立った。
アイリスが地図を畳む。
セリナは聖印を握った。
カレンの耳が、わずかに後ろへ倒れた。
「ジョシュア」
レオンは、依頼を読み上げる時と変わらない声で言った。
「お前は今日限りで、俺たちのパーティーを外れろ。いますぐ出ていけ」
「…え? え?」
ジョシュアの白い肌からさらに血が引いて、かわいい顔が真っ青になっている。
「ジョシュア。何度も言わせるな。お前はクビだ」
ギルドの喧騒は続いていた。
誰かが笑っている。
木杯が卓へ置かれる。
受付で硬貨を数える音がする。
ジョシュアには、それらが急に遠くなったように聞こえた。
「……え?」
「聞こえなかったのか」
レオンは眉をひそめた。
「追放だ」
ジョシュアは何度か瞬きをした。
心臓が、キュッとなった。
理解できなかった。
昨日も皆の夕食を作った。
暖かい靴の中敷きを全員分揃えた。
今朝はレオンのほつれた剣帯とブーツの革紐を直した。
つい先ほどまで、明日から始まる次の遠征の荷物を詰めていた。
北部遺跡から帰ったら、アイリスの青い外套の裏地を暖かいものに張り替える約束もしている。
「え… え…」
ジョシュアの若草色の瞳が、みるみる潤んでいく。
「出ていけ。役立たず」
「つ、追放……どうして、ですか」
やっと出た声は、自分のものとは思えないほど小さかった。




