表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/53

神は天に

「それじゃあ、門へ行くとしようか」


 真理愛まりあは緊張した面持ちではいと返事をした。


 真理愛は儀式用のゆったりとしたワンピースを着て、顔を覆い隠すためのヴェールを首に巻き、儀式に必要なものを詰め込んだ重たい鞄を斜め掛けにしていた。いずれもディアマンテが魔法で用意したものだった。


 非常に緊張していたが、同時に魔法使いが用意してくれた服を着ているこの状況に、様々な御伽噺を思い出してわくわくしている自分もいた。


「間違いなく奴が待ち構えているだろうし、邪魔をしてくる」

「どうしてもクラウディオさんを説得するのはだめですか?」

「というよりやるだけ無駄だろう。奴は正気じゃない。しかも、あんたが戻ってこられない可能性があると知ったら、奴は儀式を行うことに賛同してくれるのかい?」

「難しいと思います。でも、ディアマンテさんがクラウディオさんを抑え込めるなら、正気を取り戻して説得できるかも」


 無理だよ、とディアマンテは至極あっさりと言った。


「あの時は奴の不意を突くことができたから遠くへ飛ばすことができただけで、おそらく次は無理だよ」

「え!?」


 真理愛は素っ頓狂な声を上げた。


「勝てないんですか? どうして、伝説の魔法使いなのに?」

「どうしても何もないよ。あっちは殺さないように手加減してあれなんだよ、無理に決まってる。あんたの話だと、奴は魔法を習い始めてすぐに外界との門を開く魔法を取得したそうじゃないか。奴は天才なんだよ、努力如きで勝てるなら苦労しないよ」


 ディアマンテは服のポケットからナイフを取り出して真理愛に手渡してきた。


「何かあったらこれで奴から身を守りな」

「これは何か特別なものなんですか?」

「……かつて、私はこの世界に絶対の掟を敷いた、銀製の物を作ってはならないと。だが、今回は特別に銀で作った。これでクラウディオを傷つけられるかは定かではないが、奴の吸血鬼としての部分が銀を恐れる可能性に賭ける」


 真理愛は急激に不安に襲われた。誰かを傷つけたり脅したりするために刃物を手にするのは初めてのことで、みぞおちのあたりが重たく感じられた。


 そんな不安を見て取ったディアマンテは、真理愛の背中をばしばしと叩いた。


「本当に傷つけるわけじゃないから安心しな。ただ奴を近寄らせないためのものだよ」


 真理愛はゆっくりと頷き、ナイフを鞘に納めて鞄の奥の方に入れた。


「あんたが寝ている間に調べたが、各地の教会は大地の穴の上に建っていることと、穴の周辺に呪詛板じゅそばんが埋められていることがわかった。夜の国で明確な神は存在しないが、地下世界に神がいると一部の吸血鬼たちに認識されているらしい。雛は大地――かつての自らの肉体と地下世界が繋がっていることで肉体への執着が捨てられず、それゆえにいつまでも新たな体を作ろうとするのをやめないんだ。私がこの世界に創ったからの神の座へと押し上げ、大地との接続を断ち切り、空を割る必要はないと理解してもらう。そのためにあんたには神へ犠牲を捧げ、願いを叶えてもらう」

「ところで捧げ物ってどういうものですか?」


 真理愛はおっかなびっくり尋ねた。犠牲というと、生きた動物を屠殺とさつして捧げるというイメージがあった。


「鞄の中に入ってる焼き菓子を燃やしなさい、聖域にかつて私が作った祭壇があるはずだ」

「わかりました」

「雛は自らが地下世界の神ではなく天に在る神だと気づいた時、世界の崩落は止まるだろうよ。だが、それだけでは不足だ。かつて王が捧げた特別な犠牲は、契約を違えた王によって取り戻されてしまった。今度こそ世界を完成させるために、神の意に沿い犠牲を捧げなくてはならない」

「一体何を捧げるんですか?」


 かつて神に捧げられたのは女王と王子だった。今回は一体どれほどのものを捧げれば神が満足するのか、見当もつかなかった。


「さて、何だろうね」

「……え?」

「こればっかりは神にお伺いを立てなければわからんよ。女王と王子の魂を犠牲に求めたのはかつての神だ。それから幾度も代わりの魂を捧げられている。今は何を求めているのか見当もつかない」

「神様に何が欲しいか聞くってことですか?」

「そうだね」


 ディアマンテは真理愛の不安げな顔を見なかったことにしてさっと体の向きを変えて玄関へと向かって行く。真理愛は慌てて鞄を肩にかけ直してその後を追った。


「いいかい、与えられないものを欲しいと言われたらどうにか撤回させるんだ。相手は神に近い存在だが、まだ完全な神ではない。未熟も未熟な、子どもみたいなものだと思えばいいい。というか実際、幼子だと思う、かつて私が王と共に拝謁したときは子どもの姿だった。そんなものよりもずっと良いものがあなた様には相応しいから変えるべきだとか、もっと良いものを捧げる用意があるとか、とにかく渡せそうなものを言われるまで絶対に承服しないこと」

「わかりました」


 自信はなかったが、真理愛は頭にしっかりと言われたことを刻んだ。


 真理愛は玄関扉の前に立つと、呼吸を整えた。隣のディアマンテは緊張している様子はなかったが、それが実に彼女らしく思えた。


「あんたがドアを開けてくれ、その瞬間にこの家にかけた隠蔽の魔法が解けるから、私が転移魔法を使う。奴は一瞬で私たちの居場所に気づくだろう。今だって奴は血眼になって世界中あんたを探してる。あんたが魔法使いなら、うようよしてる目が見えたろうね」


 真理愛は廊下の小窓から外をちらっと覗いたが、明るい街並みが見えるだけだった。


「引き返すなら今だよ」


 真理愛はドアノブに手を掛けて一瞬動きを止めたが、再び顔を上げて扉を開けた。明るい日差しが目を刺す。ディアマンテが呪文を唱え、杖で床を叩いた。


 扉の向こうの景色は一瞬で変化し、すぐに瓦礫の山が現れた。かつて特別礼拝堂だったそれは見る影もなく、地獄の門を覆い隠していた。


 瓦礫の山に腰掛けていたクラウディオは、真理愛の姿を認めるとゆっくりと立ち上がった。顔色は悪く、目の下には隈ができており、白目は赤く血走っている。疲れ切った彼はますます非人間的に見えた。


 真理愛がよく寝てよく食べている間に、クラウディオは真理愛を探して一睡もしなかったのだろう。その様を想像して胸が痛くなる。だが、今は心を殺さなくてはいけなかった、彼を虐殺者にしないために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ