従者でなければ出来なかった事、従者であれば許されなかった事
小さなポッドの中独りになって、ヴォルフは考える。
幸いな事に、時間だけはたっぷりとあった。
時間しかないなんて空虚な存在になり果てたとも言えるが。
楽しかったのは間違いない。
あの日々に文句を付ける事なんて出来る訳もない。
だけど、我慢していなかったかと言えばそう言い切る事は出来ない。
それはアメリアの我儘に付き合う事が嫌だったとか、アメリアに不満があったとか言いたい訳ではなく、もっと根本の問題。
自分の獣性を強引に塞いで自分をただの人と思い込んでいた事。
そしてもう一つは、我儘になれていたかどうかという事。
その辺りが、ヴォルフにとって少しばかり疑問であった。
もっと言えば……。
「自分は一体、何がしたいんだろう」
従者である事は誇りだった。
あの人に選ばれた事は自分にとって他に表現出来ない。
じゃあ……選ばれた自分はそれから何を選んだ来たのか。
その誇りを何に繋げていたのか。
そして気づいた。
何も自分は選択してこなかった。
自分はただ、選ばれた従者であれば良かったと思い込んでいた。
だからこそ、この末路だったのだ。
何も選ばず、何も考えず。
自分の事さえろくにわからないまま放置して、そして爆発した。
今は大分すっきりしてしまっている。
だからこそ、わかるのだ。
この獣性を押し潰し続ける事は出来ない。
無理をすれば何時かどこかで、また同じ様に爆発する。
だから、上手に付き合うしかない。
どうやって?
答えは簡単だ。
自分がやりたい事を見つける。
そう、それだけで良い。
そんな簡単な事だったのだ。
「だから……俺のやりたい事って何だよ!」
ポッドの中で一人自分に突っ込む。
それがわかっていたらとっととそうしている。
わからなかったから、こうなったのだというのに。
駄目だった。
どれだけ考えても、どれだけ未来に思いを向けても、何も出てこない。
どれだけポジティブな事を考えようとしてても、どれだけやりたい事を探しても、ヴォルフが思い浮かべるのはアメリアの笑顔だけだった。
いや――わかっている。
ヴォルフだってそこまで馬鹿じゃない。
これが何で、どういう気持ちかなんてわかっているのだ。
だけど、駄目なのだ。
それだけは許されない。
それだけは、隠さなければいけなかった。
何故ならば、ヴォルフレッド・アッシュという男は元奴隷であり、そして従者である。
だから、主にそんな気持ちを向ける事なんて許される訳が――。
「いや、俺もう従者じゃないじゃん」
ぽんっと、手鼓を打つ。
残念な事に、我儘が許されない従者期間はもう終わってしまった。
無駄にぐるっと遠回りして一周したけれど、ヴォルフはようやく自分の本当の気持ちと、そしてやりたい事を見つける事が出来た。
「決心は、変わらないんだよね?」
サーザントの言葉にヴォルフは頷く。
「はい。既に契約は解除されております。雇い主である旦那様に何の報告もなかった事をお許し下さい」
「いいや。それは良いんだ。……だけど……本当に、考え直す気はないかい? 娘の為ももちろんだが、君の為に……」
「いいえ。もう終わった事です。俺が至らなかった。従者失格だった。それだけの事なんです……」
「……わかった。受け入れよう。アメリアの従者を君は止めた。そしてアメリアは次の従者を求めていない。理解しよう。出来ないけど……受け入れる位はしてみるよ。それで……君はこれからどうするのかい? 君なら仕事は幾らでも選べるけど……」
地位というだけでなく、付き合いという意味でもヴォルフはこのレーヴェル侯爵家にとって特別である。
サーザントの秘書でも従者でも問題なくなれるし、軍事関連ならコネなしでいきなりエリートコースにも。
年齢的に少し遅いが学生という選択肢もあるし、そのバックアップを惜しむつもりはない。
サーザントにとってヴォルフは、近い親戚の子供位には、家族と思う位には愛着を持っていた。
だけど……。
「いいえ。有難いのですが、お暇を頂きます。やるべき事が見つかりました」
「……うん。そうだよね。あの……えっと……」
「どうかしましたか?」
ヴォルフは挙動不審となるサーザントを訝し気な目で見つめる。
サーザントはあまり家族に構えなかった、駄目な父親である。
だからだろう。
この場に適した言葉が思い浮かばなかったのは。
事情説明の為に乗り込んで来たヴォルフ。
それは良い。
だけど、そのヴォルフが無関係なリベルニアスと一緒に入って来たというのは一体全体どういう事か
何があったというのか。
しかもリベルニアスはえらくご機嫌な様子である。
リベルニアス・ファイアハート・レーヴェル。
アメリアの姉で、そして端的に言えば性格破綻者。
性格は母親似で能力は誰にも似てない天才というどうしようもないとんでも存在である。
とは言え……性格破綻者とは言え、リベルニアスは誰よりも家族想いである。
無駄に暴れる様な事はしない……とサーザントは思って……いや思いたい。
その代わり、ヴォルフに対して何をしでかしてもおかしくないが。
正直言えば、アメリアを残して戻って来たヴォルフを殺してもサーザントは驚かない。
その位は愛が強い。
実際そこまでいかずとも、相当敵意むき出しで近づいただろう事は容易く予想出来る。
だというのに、このニコニコ具合。
はっきり言って不気味な事この上なかった。
礼儀を全て無視するならば『姉に乗り換えたの?』とヴォルフに言いたい位に状況が不明だった。
「それでは、失礼しても宜しいでしょうか?」
「え!? あ、ああ。うん。何時でも戻って来てね。うん、本当に」
「ありがとうございます」
そう言ってヴォルフが部屋を出て行こうとしたそのタイミングで……。
「へいハピー。ちょいと良い?」
ご機嫌なリベルニアスから声をかけられ、それ来たぞと緊張した様子でサーザントは頷く。
ぶっちゃけ死ぬ程怖かった。
さあ何が出て来る?
ヴォルフを婿にするか。
それともヴォルフを従者にする為拉致するか。
はたまたアメリアを拉致して家族旅行コースか。
何をしてもおかしくない。
そう思っていると……。
「ごめんねパピー。やりたい事出来たから私侯爵争いリタイアするね。もう少しで越えられそうだったのにごめんねー勝ち逃げしちゃってごめんねってマイブラザーに伝言よろしく!」
「……は? い、いや。ちょっと待ってくれ。それはちょっと予想外というかやりたい事って一体……」
「んー。何かさ、とっても面白そうな事をヴォルフはしようとしてるからお手伝いしようとね」
そう言って笑うリベルニアスの顔を見て、サーザントは背筋が凍える様な恐怖を覚えた。
リベルニアスはどこまでも純粋な笑顔だった。
何者も背景にない、屈託のない本当の笑顔。
あの、テロリストを滅ぼす時でさえ『まあまあかな』と答えるリベルニアスが、心の底から楽しめている。
しかも、そんな楽しみを自分が主体ではなく、ただのお手伝いで。
どれだけ想像しても、きっと想像したりない。
自分みたいな凡人では想像も出来ない様な厄災を引き起こそうとしているんだと、サーザントは理解出来てしまった。
「いや、ちょっと待って。それは……」
「待たないよーん。じゃ、またねパピー。次帰る時は吉報か死亡報告だからよろしくね」
そう言うだけ言って、さっさと消えていった。
そうしていなくなってから、それに理解する。
侯爵争いを離脱するという事はただいなくなるという事ではなく、侯爵争いしているとどこかに迷惑がかかる様な事をしでかすという事。
つまり……政争かそれに似た何かを行うという事だった。
「一体何を……。しかもヴォルフと一緒……頼む。頼むから……早まらないでくれよ……」
最悪の想像を……テロリストとなりレーヴェル侯爵領を攻め込みながら断罪の場で『パピー見て見て。ぼるぼるとの子供ー』という本当の最悪を想像しながら、そうならない事をサーザントは必死に祈った。
ありがとうございました。




