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我儘令嬢と飼い犬執事  作者: あらまき
7-ずっと昔の大切な約束(後編)

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それでも尚進み続ける

 どこに隠していたのか、随分と不細工な船がどこからともなく現れて、侵入者を皆回収し去っていった。

 正直に言えば、それを追うのは容易い事だった。


 あったけれど……それが不味いという事がわかる程度には王女は政治に理解があった。

 こうやって証拠だけ残して立ち去って相手が失点を重ねた方が後の外交で有利に繋がると。

 逆に言えば、そうしなければ不味いという程度の政治能力しか持っておらず、この状況をこれからどうすれば良いか王女には皆目見当がつかなかった。


 わかっている事は、あまり好ましくないという事。

 確かに、悪いのは向こう側だ。

 それを責める事はネズミを狩るよりも容易い。


 だが同時に、レーヴェル侯爵のご令嬢に重度の負傷を与えてしまった事。

 あの一点がとにかく不味い。

 あれがなければ交渉失敗してもとんとん、運が良ければ政治的有利な状況として利用出来ただろう。

 まあ、たらればの話だが。


 そう、全て手遅れ、そんな理想論は意味のない話に過ぎない。

 政とか理性的な交渉とか、そういう真っ当な対話でも不利な状況なのに、その裏に暴威が見えている。

 あれの姉が動いてしまえば全てがご破算になる。

 あれは、最強の第三王女でさえ戦いたくないと言わしめる本物の怪物であった。


 なので部下に『良かったのですか?』と言われても、そうするしかなかった。

 既に処理能力をオーバーしている為、今の王女に出来る事はたったの二つだけ。


 一つは、政治能力特化の姉に泣きついて頼む事。

 仲が良い訳ではないから、これで自分の地位は相当下がるだろう。

 王位争いのレースからは確実に外れ、最悪軍のトップという地位さえも失いかねない。

 それでも、他種族と戦争する事だけは何としても避けなければならなかった。


 そしてもう一つは……この、未だに自分が何をしでかしたか理解せず、唯一功績を残したとして自慢話をしている女。

 命令ない中いきなり銃撃かまし、わざわざ唯一狙ったら不味い令嬢を直接ぶち抜いたこの馬鹿の首の価値を上げ、何とか他に被害が行かない様祈るだけだった。




 ボロボロで、いつガタが来てもおかしくない状態の船。

 そんな状況で、ギリギリまで速度を出し続ける。

 追いかけて来る気配はないけれど、それでも、全速力で逃げ続ける。

 それしか今、彼らには出来ない。


 この、最悪な船の空気の中で。


 助けたはずである。

 皆命に別状はないはずである。


 だというのに、船の空気はお通夜のそれであった。

 あのテイカーは嫌味も悪口も言わず、ジャックも空気を読んでずっと無言で黙り続ける位。


 その空気の発信源は、アメリアとヴォルフ。


 その重力が十倍になったと感じる位に重苦しい空気が変わる事はなく、目的の惑星に辿り着いた。





 彼らの帰るべき場所、小さな農業惑星。

 そこに到着した後船の形状は海賊船に戻る。

 アメリアが外見だけは元に戻した。

 そのまま、彼らはこの場を離れた。


 事情説明や今後の相談をしている空気ではない。

 そもそもこの場に耐えられない。

 だから彼らは、一旦この場から離れた。


 そして二人っきり。

 アメリアとヴォルフは始まりの惑星に、念願叶って戻る事が出来た。


 大切な約束を、破り捨てて。


「ごめんなさい。駄目な主だった」

 ようやく口を開いたアメリアの最初の言葉は、それだった。


 きっと……他の誰に言ってもその気持ちは理解してくれないだろう。

 今彼らが何をしようとしているのかを。

 いや、間違いなく否定する。

 それは無意味であり、不必要な事。

 そんな事をしないでも良い、いやしたら駄目だ。

 きっとそう言うだろう。

 彼らの事を知っていればいる程、そう考える。


 だけど、そうじゃないのだ。


 彼らにとってそれは始まりであり、そして大切な絆。

 それを破ったという事は彼らにとって終わりを意味する。


 だから……アメリアはずっと、過去系で話をしていた。

 もう既に、アメリアの中でそれは変わらない事実であった。


「いいえ。悪いは俺です。全部、俺が悪いんです。……俺が未熟だったから、俺が馬鹿だったから、俺が屑だったから……手を、上げさせてしまいました」

 主に暴力を振るわせた。

 尊き約束を破らせた。

 それはヴォルフにとって、自分で破るよりも屈辱的な事であった。


「違うわ! 私が甘えていたから……だから……」

「甘えていませんよ。少なくとも、この惑星に来てからは」

「……それが本当だったら、私は今も約束を守れていたわ」

「だからそれは俺の所為で……」

「これ以上、私の従者であった男を侮辱するのは止めて下さるかしら? 彼はとても優れて、とても我慢強く、そしてとても素敵な従者だったの」

「……失礼しましたアメリア様」

「……でも、一つだけ文句を言うなら……もっと我儘を言って欲しかったかな。私の半分とは言わない。一割でも……」

「我儘で、見栄っ張りだったんですよ。きっと……」

「……そうね。不器用だったものね」

「ええ、そうですよ。……アメリア様。最後に、一つだけ、尋ねても宜しいでしょうか?」

「何かしら?」

「戻りたいですか? 進みたいですか?」

 最初は、言葉の意味がわからなかった。

 戻れるなら、戻りたい。

 約束を破る前に。

 だけどそんな事は許されない。

 そしてヴォルフがそんな事を言う訳もない。


 だからしばらく考えて……そして拉致される前までの会話を思い出し、理解する。

 戻る(実家に帰る)か、進む(農業を続ける)か……。


 従者を持たず孤独の中の生活。

 そんな物して欲しいとヴォルフは思わない。

 戻り、皆に愛され元の幸せに戻って欲しい。

 それはヴォルフにとって心からの望みであった。


 だけど同時に、こうも思うのだ。

『アメリアという少女は、鳥かごの中で大人しくするなんて器用な事は出来ない。あれは自然の中羽ばたく鳳凰である』

 だからこそ、尋ねたのだ。

 百人に聞いたら百人が同じ答えを出すその問いを。


 そしてアメリアは……ヴォルフの願いも空しく百一人目であった。

「進むわ。たった独りでも、本当のゼロからでも……」

「でしたら、こちらをお受け取り下さい」

 そう言ってヴォルフはアメリアに何かを手渡そうとする。


 それは、この惑星と施設の管理証明書、おまけに通帳だった。

「いや、これは……」

「受け取って下さい。……俺にはもう、不要な物なので」

 そう、ヴォルフにそれは必要ない。

 主の為にこれまで用意して来た物は、今の彼には何も……。


「馬鹿にしないで。施しは受けないわ」

 そう言って、通帳の方だけを突き返した。

「いや、ですが……」

「惑星の方は預かっておく。いつか利子つけてお金で返すわ。でも通帳は受け取れない。それは私の物じゃないんだから」

 睨む様な目で、はっきりとそう伝える。

 不要なのではない。

 邪魔だった。


 自分のやりたい事に、そのお金はただの邪魔。

 行動の純度が下がるだけの、障害でしかなかった。


「本当……強情で意地っ張りで……いえ、失礼しました。無礼な物言い、謝罪します」

「……謝罪を受けましょう」

「ありがとうございます」

「貴方はどうするのですか?」

「戻ります。雇い主の元に。そして……」

「そして?」

「その後の事は……また、ゆっくり考えます」

「それが良いわ。……ええ、きっとそれが、一番良いの」

「では……アメリア様。俺は……」

「あっ。……えと、帰る事が出来るの?」

「ええ。念の為小型ポッド置いていますので」

 それはアメリアの為に用意した物。

 前の時の様に自分が倒れた時、誰にも相談出来ず苦しまない様に。


 誰でも操作出来て、自動で近隣の惑星に到着し、ジャック達に直接救助を申し込める小型ポッド。

 それをアメリアが使うのではなく自分が戻る為に使うとは、あの頃は思ってもいなかった。


「ですので……これで、お別れです」

「そうね。……お疲れ様。楽しかったわ」

「俺もです。幸せでした。本当に……」

 そう呟き、ヴォルフはその場所を離れていく。

 姿が見えなくなってから数分後、何かが飛び去って行くのをアメリアは目撃する。


 それが見えなくなるまで、ずっと、アメリアはそれを見続けた。

「楽しかった。本当に……ずっと一緒に居て、楽しかったのよ。ヴォルフ……」

 楽しかった、楽しかった。

 ただそれだけを繰り返す。

 その涙が止まるまで、ただその言葉だけを……。

ありがとうございました。

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