最後のチャンス
「良いっすか!? これが最後のチャンスっすよ!?」
相手戦艦の中で、全員で全速力にて走っている状況でルビィは叫ぶ。
それは本当に幸運な状況だった。
そうでなければ罠であると断言出来る位に。
なにせこうして全員が無傷で、しかも停止した相手戦艦に乗り込めたのだ。
陽動の為の爆破騒動も完璧にハマり、中に侵入してしばらく走っているのに誰にも遭遇していない。
これを幸運と言わずして何と呼ぶだろうか。
何故わざわざ人気が少ない港に寄ったのかわからない。
仕事の為か、補給の為か、それともいつもの自由さか。
ただ、アメリア達にとって今この状況はあり得ない程の絶好のチャンスであった。
そして同時に、これが最後でもある。
これを逃せば後がない。
次に相手戦艦が止まるであろう場所は、軍事拠点化した第三王女直轄の所有惑星。
そこに押し入る事はどうあがいても不可能である。
更に言えば、テイカーの船を加工した追加エンジンにその動力である主砲。
両者共にここまでの無茶で焼け尽きかけている。
まだ多少の無理は効くだろうが、本当に多少である。
これ以上の無茶を重ねれば帰る手段さえ失ってしまう。
だから、ここが正真正銘のラストチャンス。
ここで助ける以外に選択肢はなかった。
「一体さっきの爆音は……お前らは!?」
ピタスの兵士がルビィ達を見つけ、腰に携えた斧を抜く。
銃ではなく、斧。
それは艦内での戦闘に慣れた証だった。
艦内戦闘に不慣れな部隊程遠距離かつ高威力の武器を持ちだし、そして味方部隊や船に損害を与える。
誤射や跳弾、または乱戦によって船の防衛設備にダメージを与え、最悪の場合船に穴が開く。
また艦内で使用出来る程度の重火器では防護服の高性能化や人間そのものの耐久力向上により即死させられない可能性が高い。
他にも様々な要因があり、今の時代では遠距離武器よりも近接武器の方が艦内戦では主力となっていた。
そしてその近接武器優先戦略において頂点、最たる物こそが手斧である。
剣程長ければ艦内では壁が邪魔になり、槍の様な突き主体の長物は低重力状態や無重力状態になればダメージが激減する。
そもそも、日常の衣服が金属なんて目じゃない位丈夫である以上ちょっとやそっとじゃダメージは出ない。
だからこそ、取り回しやすくて高威力で、後最悪投げるという手段が使える手斧こそが最も優れた突撃武器とされている。
アメリア達は知らないが、ピタス側では人間以上にそれが熟知されていた。
艦内戦闘を行う割合が三種族にて最も高いというのもあるが、単純に、その近接戦闘優勢のノウハウを生み出したのがピタスであるからだ。
流石は第三王女の精鋭。
とは言え、今回の場合は少し以上に状況が悪かった。
テイカーはぽいっと何か小さな物を兵士の方に投げる。
その直後、全員が顔を隠す仕草を見せた。
「フラッシュバンか!?」
慌てて敵兵士もその塊から目を反らす。
彼らピタスの反射神経は、人間よりも遥かに鋭い。
しかも彼らは軍の中でも精鋭と呼ばれるエリートで、その上最強戦力の王女に着いていけるであろう人材。
この程度彼らにとって危機でも何でもなかった。
だから、策にハマる。
目を反らした直後に、兵士は意識を失いその場に倒れる。
その傍にでは腕を振り下ろしたルビィの姿があった。
ころんころんと、兵が目を反らしたその何かが地面に落ち転がる。
それは外見をそれっぽくしただけの、ただの、食べかけの保存食だった。
「馬鹿め。そんな物事前に用意出来る訳がないだろ」
テイカーはほくそ笑みながらそう呟き嘲笑った。
そう……それはただのブラフ。
相手が精鋭である事を利用した裏の裏読み。
こっちが目線を反らしたのを見て深読みしたら、後はルビィがその腕でごっつんこするだけ。
事前に計画していたとはいえここまで上手くハマった事に、ジャックは満足そうな笑みを浮かべる。
だけどジャック以外は完全にどん引いていた。
その作戦を立てた、テイカーの底意地の悪さに。
更に言えば、先の発言もまたブラフである。
監視映像なり何なりで見られている事を想定しての『嘘』であり、実際はちゃんとフラッシュバンの現物も用意してあったりする。
急ごしらえで実用性の怪しい物な上にたったの三つだけだが。
こちらの行動が嘘であると出回った後で行う為の、裏の裏の更に裏の表作戦。
しかも他にも仲間にさえ言っていない罠も仕込んであるそうだ。
全くもって恐ろしい程に底意地と性格と性根が悪い。
「あんた本当に恐ろしい男ね……絶対敵にしたくないわ」
アメリアの呟きに、テイカーは鼻で笑う。
宇宙服にて顔が隠れているから誰も見えないが、今テイカーの表情はあり得ない程に歪んでいた。
「お前が言うか」
テイカーとしては、生きる為に用意した悪意など誰でも持って当然の物。
それよりも、ドッグでもない完全なる宇宙空間化で船を改造し、軍用レベルの速度を長期で維持して、その上作業ドローンを利用してあり合わせの物だけでこちらが要請したフラッシュバンまで作り出したアメリアの方がよほど化物であった。
「私別に怖くないわよ。ちょっと我儘なだけの、育ちの良いお嬢様よっ!」
金属の扉を蹴破りながら、アメリアは叫ぶ。
ルビィとガーネットの身体能力は異常な程高い。
特にルビィの場合は全身がほぼ金属である以上その身体能力を比べる対象は人ではなくアーマードスーツとか無人兵器である。
そんなルビィよりも、アメリアの身体能力は高かった。
生まれというどうしようもない部分がアメリアを超人とし、そして生身での農作業という過酷な日々が鍛え、更に今は意図的に自分のリミッターを切っている。
戦闘技能は皆無だが、それでも純粋な身体能力だけで一般的な兵士位圧倒出来る程の性能をアメリアは持っていた。
誇れる事ではないと思っているから、あまり口に出さないが。
そう……アメリアにとってそれは特別な事ではない。
アメリアが特別なのではなく、レーヴェル家が特別なのだから。
だからこんな物、褒められた物じゃない。
むしろ褒めるべきは……。
「それより私はキャプテンの方が凄いと思う。私達に一切文句を言わず、しかも息も切らさずについて来ているんだから」
生身でかつ外見的に全く運動出来なさそうなジャックであったがそんな事はなく、ここまで普通について来ている。
戦闘こそしていないものの、邪魔になっていない。
それは本当に凄い事だとアメリアは感じていた。
「はっ! 俺はこの星海を股にかける最低最悪な男だぞ? この程度出来て当たり前って奴だ」
「そうっすよ。アニキは伊達にアメリアちゃんとこで農作業する為に筋トレしてないっすよ!」
「そうっすそうっす! それに最近は三人でジョギングもしてるから私達割と走り慣れてるんすよ!」
「あはは。相変わらず仲良しさんで良いね」
相変わらず何時もと変わらない様子にアメリアは微笑を浮かべる。
だけど、実際は逆だった。
ジャック達はわざと何時もの自分達を演じている。
アメリアの様子がギリギリ過ぎるから、これ以上メンタルが狂わない様に気を使って。
普段空気なんて読まないジャックでさえもが、アメリアの今の様子は不味いと理解出来てしまっていた。
ここに連れて来る事さえ拒否したかった位に。
最も大切な物を奪われたアメリアの精神は、とうに限界を超えていた。
とは言え、残念な事に身体能力最大戦力のアメリアを置いて行く余裕なんてななかった。
「雑談は良い! 次はどっちだ!?」
テイカーが叫ぶと、アメリアはタブレットで場所を調整する。
ヴォルフの位置を表す赤い点と、自分を表す赤い点。
その距離が、もう間もなくという位に近づいていた。
「右側!」
「道ないぞ!?」
「じゃあ正面方向!」
「ロックかかってやがる! 蹴破れ!」
そうしてアメリアが扉を蹴破った辺りで、侵入者を表すであろうアラートが鳴り響く。
それは想定よりも十分以上も遅いタイミングだった。
ガーネットのジャミングを含めた妨害工作が随分とハマったらしい。
「どうやらここに止まった目的は観光か何かだったらしいっす。艦内の人の数が想像以上に少ないっす」
ガーネットはそう呟く。
「だけどもう時間はねぇ。アメリア、急ぎやがれ!」
ジャックの言葉に頷いで同意し、アメリアは先頭を走る。
走って、走って、走って……。
そして……。
「……違う。これは……」
赤い点と赤い点が、限りなく近づく。
だけど、噛み合わない。
縦軸の座標が完全にズレていた。
「どうしたおい!?」
テイカーの叫びにアメリアは状況を説明する。
「座標軸が、おおよそ一階分ズレてる。ヴォルフはここより下の階層にいる。だけど……」
そう、だけどここまでに地下への道を一度も見ていない。
これから地下通路を探すとなるとまた相当に時間がかかり、そしてこちらの場所は既に特定されているからそんな時間は……。
「下なんだな?」
ジャックはそう尋ねた。
「えっ?」
「下なんだなと聞いている」
「う、うん。それは間違いないよ」
「そうかい。だったらどきな。ルビィ、ガーネット。……やれ」
何時もと違ってどこか嫌そうにそう言って、ジャックは後ろを見る。
この後の行動を、見たくもないという様に。
いや、見たくないというより、見せたくない彼女達に気を使ってという方が正しいだろう。
ルビィは迷わず自分の左腕を外した。
己が人ではなく機械であるという証。
人に擬態する事も出来ない金属の断面が、顕わになる。
一人でのメンテナンスの時以外には誰にも見せない、偽らざる醜き己の姿。
その左腕を床に設置すると、ガーネットはその切り離した腕に自分のプラグを刺した。
「何をしてるんだ?」
空気も読まず、テイカーは尋ねる。
「あれにはルビィの第二動力が内蔵されてる。その動力を……プラズマ動力炉をオーバーフローさせて……後はわかるな? どかんだ」
手の平をぱっと広げて爆発を表現し、ジャックはそう言葉にした。
「ほーん」
「それよりもお前も見るな。……見られたくない物なんだよ。女って生物はな」
「安心しろ。あいつらそんなに俺に興味がない。というか、それはキャプテン限定だ」
苦笑しながらテイカーは呟いた。
直後に音もなく小規模爆発が起き……部屋の床、その半分が焼き消え消失した。
ありがとうございました。




