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我儘令嬢と飼い犬執事  作者: あらまき
1-我儘令嬢と飼い犬執事

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婚約者

『グラシア高等学園』

 アンダルシア星域にある惑星グラシアを改造し作られたそこは、子爵や侯爵家の、それも跡取りにならないであろう次男、次女達が通う学園である。

 在籍期間は三年から十年。

 学ぶべき事や目的によってある程度自由に組み替えられる。


 跡取りの様な貴族、為政者としての能力が必要な子供を育てるものではなく、将来が定まっていない子供達を育てる事に重きを置いている。

 それ故、こちらの学園の教育は非常にスパルタな事で有名である。

 幅広く応用の利く優れた人材、所謂秀才を生み出し広く社会に羽ばたける様に、そして自ら独立し親を越えられる様に。


 子供が望んだ技能を、子供が望んだ以上の力に変える。

 何にでも成れるけれど、それ相応の努力と覚悟が必要。

 そういったカリキュラムが組まれ作られている。


 まあ、この学園は特別である跡取り以外の貴族を集め、共に支え合う交流会という側面も大きいが。

 要するに跡取りでないからこそ自由度の高い優れた人材が無駄にならない様、何か大きな事をする為にサポートする。

 そういう学園である。


 とは言え、そんなグラシア学園に現在、少々以上に風変りで、学園に相応しくない人物が入学しているが。


 彼の名前はレイリン=ネフェルト・アンダルシア。

 年齢は十八で非常に才多き若者である。

 とは言え、この学園に来る以上皆が優秀で才多き若者だが。

 彼が特殊なのは実力ではなく、彼が貴族としての地位を持っていないという点にある。

 そんな独特な彼の身分を表すのは、たった一言で済む。


『皇位継承権第三十六位』

 血は遠く、貴族としての支持母体も持たず、野心もない。

 皇位を継承する可能性は明確たる零。

 だがそれでも、彼は紛れもない皇子であった。


 どうしてこの学園に来たのかわからない。

 彼程の身分ならもっと上の学園や、それ以前に専属の家庭教師で事は済む。

 皇族というのはその程度のサポートは受けられる様になっているのだから。

 わからないが、学園が受け入れないなんて選択が出来る程その肩書は軽くなかった。


 そして更に言うなら、彼には婚約者が存在する。

 継承する可能性が低い彼が持つ、最も価値ある物。

 それが継承権を持っているという事。

 皇族との血縁関係となれる、そのパートナーの座である。


 その名誉を手にした婚約者の名前こそ、アメリア・レーヴェル。

 ヴォルフの主でサーザント・レーヴェル侯爵の三番目の子供である。


 とは言え、その婚姻も親同士が決めた物であり、彼らの間に愛はない。

 それはアメリアにだって流石にわかっている。


 この政略結婚は家柄的に大切な事であるという事も、貴族という家に生まれた以上こういう事もあると。

 我儘お嬢様であるアメリアでさえ理解出来る程、それは当たり前の事であった。


 まあ、それでも継承権持ち相手に対し『私の花婿と成れる様教育して差し上げなくては』なんて上から目線でいられる辺りアメリアも相当図太く我が強く、それでいて逞しいが。




 ヴォルフは紙の資料を読み、小さく溜息を吐く。

 書かれた内容は大方予想通りな物であった。


 アメリアの成績は全体的に優秀であり、世間一般では……いや、秀才揃いの学園内の他の生徒と比べても秀でていると呼ばれる類である。

 一部の天才や特化した才能持ちには敵わないが、逆に言えば特殊な一例を除いだ場合上位に位置する。

 実際に作り上げる機械工作や操作技能を要求する重機操作技能は若干低めだが、それは女性であり令嬢であるならしょうがない事。

 むしろ令嬢の割に機械関連の知識に優れ、直接脳波で操作する機械親和性の才能は教師さえ驚く程であった。


 そんな風に、学業『だけ』は、問題なかった。

 やたらと高圧的に周りに出て、やたらと敵が多い事と、おべっかを使い彼女の周りにたむろする害にしかならない取り巻きが多い事を除けば。


 ついでに言えば、婚約者と言い争いをしている姿も良くみかけられるとレポートには書かれていた。

 言い争いというよりは、やれもっと誇り高くなれだともっと勉学を学べだのそう言う事をアメリアが一方的に言っているだけらしいが。


 ヴォルフがそっと資料を返すと、侯爵は尋ねた。

「それで、どう思う?」

「率直に言いまして、どうしたら良いかわかりかねますね。問題しか御座いません。下手に能力ある分どうしたら良いか悩みますね」

「そうだね」

「それと、旦那様がどうしてお嬢様と彼を婚姻関係に定めたのかその理由もさっぱりです」

「やっぱりアメリアと結婚するのは自分が良かった?」

 ニヤニヤした顔の侯爵を見て、ヴォルフは溜息を吐いた。

「お嬢様が誰かと共に出来る様な優しい性格でしたら、私は何も申しませんよ」

「だよね。……ああ、そうそう。君嘘つく時わかりやすいからもう少し隠す努力した方が良いよ。嘘吐きな老人からの忠告」

 ヴォルフは眉を(しか)め、落胆した様な溜息を吐いた。


「いい加減にしてください旦那様。無意味な探りを入れてくるのでしたらこのまま帰りますよ」

「ごめんごめん。若者を揶揄(からか)うのも年寄りの数少ない娯楽なんだ。とは言え、定期連絡なんてこんなんで良いんだよ。重大な事件があった時の方が問題なんだから」

「まあ、そうですね。という訳で、定期の報告はこれで終了します。何か言伝などありましたら……」

「特にないよ。ありがとう」

 ヴォルフは何かもの言いたげに、侯爵に冷たい目線を送る。

 だが侯爵はそんな物気づいてないとばかりにニコニコとするだけ。


 何を言っても無駄だと思い、ヴォルフは小さく礼をして部屋を去ろうとしてドアに手を掴んで……すぐに手放し二歩程下がる。

 その動作に侯爵が首を傾げた直後、扉が乱暴に開かれた。


「し、失礼します! 報告したい事が……」

 慌ただし気に身なりの整った若者が部屋に飛び込んで来た。


「こらこら。客人が来ている時に騒々しいよ」

 ニコニコとした態度で侯爵はそう言葉にする。

 その様子に悪意は感じない。

 だけど、侯爵と付き合いの長いヴォルフには理解出来た。

 礼節を軽んじたこの状況に、相当怒っていると。


「で、ですが早急に連絡しなければならない事が……」

「ふむ。ではすぐに聞こうか」

「そう言う事でしたら俺は帰ります」

 そう言ってヴォルフが帰ろうするのを、侯爵は止めた。

「待ちたまえ。せっかくだから君も聞いていきなさい。大丈夫。君はもう身内の様な物なのだから」

 正直、ヴォルフは断りたかったが、命令である以上そうせざるを得なかった。


「悪かったね君。じゃあ、報告どうぞ」

 ニコニコとした様子で、最期の蜘蛛の糸を垂らす侯爵。

 もしこれが大した事でなければ、彼のクビは間違いなく切られるであろう。


「は、はい! お嬢様が……」

「どっちのお嬢様かな?」

「失礼しました。アメリアお嬢様が……」

 ヴォルフの眉はぴくっと動き侯爵の方を見る。

 侯爵は相変わらず、平然としていた。


 もしかしたら、これがわかっていたから侯爵は自分をこの場に留めたのかもしれない。

 そうヴォルフは疑心暗鬼を生じさせていた。


「それで、アメリアに何が?」

「は、はい! 学園内にて、アメリアお嬢様が、レイリン=ネフェルト・アンダルシア殿下に婚約破棄を言い渡されたと……」

 ヴォルフは一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。

 そして理解した瞬間……怒りから、びくっと体を震わせる。

 だが、すぐに落ち着かせた。

 怒りに身を任せる事は愚かな事だ。

 ここにきて最初に習った事がそれだった。


 冷静に、極めて冷静を装い沸騰しそうな頭で考えると、ある意味妥当と言える事であった。

 なにせアメリアの性格はアレで、レイリンも相当疲弊している様子だった。

 だからある意味あるべき所に収まったと言える。

 とは言え、あまりに唐突の事である事は確かだが。


 元々、この婚約は上手くいくものではなかった。

 だというのに今日まで何もしてない。

 あの策略を張り巡らせる事を趣味の様に行う侯爵が、何もしない訳がない。


 つまり……こうなる事もまた、侯爵の手の平の上なのだろう。

 この侯爵ならその位しても何もおかしくない。


 そう思い、ヴォルフは侯爵の顔を見て……。

 侯爵は茫然としたまま口を半開きにし、手に持っていたペンをテーブルに落していた。


 ――あっ、これ本当に想定外の奴だ。


 初めて見る侯爵の顔は、ヴォルフがそう理解出来る程わかりやすい物だった。

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