呪われた顔
海賊船の中は沈黙で支配されていた。
祈る様に両手を握るアメリアに、誰も言葉をかけてあげられない。
何も尋ねられない。
その船はただ静かに走るだけ。
だけど……それを良しとしない異物が一つ。
「おい、良いから早く説明しろ。全部だ」
空気を読まないとしか思えない男の言葉。
だけど、船にいる全員正直同じ気持ちではあった。
分厚い宇宙服に身を包むこの場にいるべきでない存在。
女嫌いでアメリアとさえまともに会話をしていない彼がここに居るのは、それだけ状況が切迫している証。
女性比率が高いなんてトラウマを抉る様な場所でありながらも、テイカーは友の為何かを出来る事はないかと強引に乗り込んでいた。
「……それをする前に、そちらの事情もお聞かせ願えませんかね? スキャニング完全ガードの超機密スーツに身を包むって相当に怪しいんですけど?」
ルビィは冷たくそう言い放つ。
当然と言えば当然だが、ルビィ、ガーネットとテイカーの相性は悪い。
最初の出会い、あの惑星にてルビィ、ガーネットとテイカーはあり得ない程敵対的に感情を顕わにしあった。
それ故に、この状況化であっても彼らの間にあるのは不信感だけだった。
船医でもあるルビィは船内にいる全員に常時バイタルチェックを行っている。
だけど、テイカーには完全に防がれていた。
プライバシーとかそういう次元のガードではない。
あまりにも徹底し過ぎて怪しい以外に言葉はなく、そもそも本当に中に人がいるのかさえルビィは疑っていた。
「……ちっ! 何をすれば良い?」
「とりあえず顔を合わせる事が最低限のマナーかと思うっすよ? ええ」
「そりゃ無理だ。……って言っても聞きそうにねーし追い出されたら困る。だからまあ……妥協してやるよ。女共はあっち向いてろ。俺は女に顔を見せたくない」
「……は? 意味がわからないっす。一体――」
「ルビィ。お願い。……テイカーにとってはきっと、ここに居る事さえ本当は怖い事だから……」
泣きそうな顔のアメリアを見て、ルビィは小さく溜息を吐く。
「こっちが悪者みたいじゃないっすか。……わかりましたよ。とは言え、アニキが顔を確認する事とその間一瞬でもバイタルチェックを走らせさせて貰う事。これがクルーを護る医者として最低限の譲歩っす」
「わーったよ。ほら、あっち向いて目閉じろ。……先に言うが狡い事するなよ?」
「しないっすよ。ほら、ガーネット、アメリアちゃん」
狡いという言葉にガーネットはびくっと体を震わせたがすぐに誤魔化す様な笑顔に変えた。
「……ああ、アメリア、お前は良いぞ。いい加減見ても」
「え? 良いの?」
「ああ。証明は一人でも多い方が良いだろうし、それにお前は……アレだ」
「何?」
「お前はガキだからな。女じゃねぇ」
馬鹿にする様な口調だけど、今までの様な嫌味ではない。
いつもヴォルフとじゃれている様なその口の悪さが、彼にとっての友好なんだと何となく気づいて、アメリアは苦笑を浮かべた。
「ヴォルフの信じるお前なら良いって事でしょ? はいはい仲良し仲良し」
「うるせぇよお子様令嬢ちゃんが」
そう言ってから、テイカーは宇宙服のヘルメット部分を外す。
がしゃんと機械的な音。
ぷしゅーと空気が抜ける音
そんなやけに仰々しい音と同時に、若干煩い位のアラート。
そしてその顔が露見する。
そこに居たのは絶世という言葉さえも届かない程の美少年であった。
中性的なる究極の美、男も女も超越する芸術。
天使という言葉さえもまだ形容句として物足りない程の、完璧であった。
「……普通じゃねぇか。つまらん」
ジャックは心底興味なさげにそう言葉にする。
サラサラ過ぎて輝いている金髪も、眼が潰れる程に美しい肌も、宝石さえ見劣りする瞳も、全てが彼にとっては興味のない物。
もっと凄いのが出て来ると思っていたジャックにとってテイカーの容姿はがっかり以外に表現出来なかった。
「これを見てどうしてそう思うんだ?」
「目が二つあって口と鼻と耳が一つある。俺と同じじゃねぇか。むしろ俺の方が陰があって危険な香りがする感じだろ?」
退屈そうに帽子で顔を隠し、艦長席を横に倒す。
本当にどうでも良さそうなその態度を見て、テイカーは笑った。
「ははっ。あんたの事気に入ったよ。あんたはきっと大物になる」
「……あんまり褒めるなよ。照れる。それはそれとして、ジュースで良いか? 何か嫌いな物はあるか?」
いそいそとジュースの用意をしだすジャックを見て、再びテイカーは楽しそうに笑った。
「私、貴方を知ってる……」
アメリアは顔を青くしながらそう呟いた。
「そうかい。んで、俺を見ても問題ないな?」
「うん。……大丈夫。その位なら見慣れてる」
「ああそうかい。それだけじゃないだろうけど、まあそうだろうな。そっちの女。もう良いか?」
後ろを向きコンソールをいじるルビィにテイカーはそう声をかけた。
「……貴方、一体何? ……これ、一体何がどうなって……そもそも、貴方何歳なの?」
表示された身体データが、何もかもおかしい。
触れるだけで折れる程の骨密度に働かない心臓。
余命幾ばくの老人とほぼ同じ身体能力であるのに肌年齢は一桁歳。
この海賊船は大型に分類される宙船であり、その内蔵される医療機能はジャックの好みもあって最上位に等しい。
それだけの物を使っても、実年齢も寿命推測も叶わない。
それ以前に、人間かどうかさえも判断が付いていなかった。
「……ごめん。失礼かもしれないけど聞くね。テイカー、貴方年齢は幾つなの?」
アメリアもつい我慢出来ず、そう尋ねてしまう。
アメリアが彼を見かけたのは社交界の時。
それはアメリアが社交界に参加する事が求められていた十年以上前の事。
その事と今のテイカーは、全く同じ顔をしていた。
「さあ。知らんな。それで、もう良いか? 早くこの呪われた顔を隠したいんだけど」
イライラを隠そうともせずそう言い放つ。
その様子さえも、美しい物だった。
まあ、良くある事と言えば良くある事だろう。
顔が良くて不幸になる何てことは。
テイカーの場合は、それが度を越えた物であった。
不幸も、顔が良い事も。
最初の記憶は、母親に裸で抱きしめられていた時の事。
母としてではなく、女として。
そして悍ましい事に、父親さえもが息子に性を感じていた。
とは言えこの時はまだテイカーは無垢で、幸せだった。
無知でかつ未遂であった事もそあり、辛い目には遭っていなかった。
本当に酷い事になるのは、この後。
比較的……後の事を考えたら比較的マトモであった両親がテイカーを金持ちの貴婦人に売った事で彼の人生の歯車は狂った。
いや、その呪われた顔にとっては正しい形の歯車というべきかもしれない。
建前は執事見習いとしての住み込み。
実情は――。
内容は、名誉を考えるならば語るべきでないだろう。
ただ、余人が想像出来うるであろう責め苦の全てを彼は味わった。
相手が真っ当な貴族でなかったという理由もあるが、彼の場合は真っ当な貴族さえもその美貌により下種と変えてしまう。
誰もが彼を欲し、そして手にすると己の手で愛という名の責め苦を与える。
貪らずにはいられなくなる。
気付けば、老若男女問わず、彼は優勝トロフィーの様にあらゆる相手から奪い合われていた。
とは言え、特別女嫌いとなった位には女性の方が熱烈に求めて来て、そして苦しめられたが。
彼を手にした人物はそれを社交界で見せびらかし、そして虜を増やしていった。
そしてまた、彼の新しい主人となろうとする貴族が現れ、彼を得て貪り、そして破滅していった。
そんなある日、彼の美しさに陰りが生じる。
髭が生えてきて、顔つきに男が混じりだしたからだ。
彼はその変化を喜んだ。
これで終わる。
これでようやく、地獄から抜け出せる。
だけど、まだ彼の失楽の果てではなかった。
その時彼を得ていた女主人は、彼にとって最も悍ましい事をした。
『永久に、その美貌が損なわれない様に』
彼は一生、子供のまま。
それだけではない。
長い年月の虐待と言える程の責め苦に心理的ストレス。
戯れで行われていたサディスティックな欲望を叶える為だけの拷問に、彼が逃げ出さない様に行われた身体機能低下手術。
そんな状態に無理やり行われる、成長停止どころか若がえりの遺伝子操作。
違法どころか禁忌とも言える領域に手を出し破滅させる程に、彼の美貌は人を狂わす。
彼の体は文字通り、ボロボロとなった。
その心と同じく。
彼がその地獄から逃げ出すのに、それから二十年以上もの歳月を要した。
そして……逃げ出してからもまた地獄は続いた。
彼が彼らしく生きられる場所は、この世界には存在しなかった。
それでも彼は今日まで生き続けてきた。
何時まで生きられるかわからない中、自分勝手に。
助けてくれない世界なんて知るかとばかりに自分の事だけを考えて。
その唯一の例外が、ヴォルフだった。
彼の人生の中で『普通の友達』という存在は、神なんかよりも尊き存在であった。
「俺の事はどうでも良い。それよりも、早く事情を話せ。俺に何も話さなかった、あの馬鹿野郎の過去をな」
宇宙服モードに戻り、テイカーはそう口にして話は本筋に戻った。
ありがとうございました。




