隠し事
始まりは、小さな善意だった。
レーヴェル侯爵の元に向かって簡易報告を終え、預けておいた野菜輸送用コンテナの回収にテイカーと共に近隣惑星に。
遠方である為丁寧に梱包しフリージングされたそれを受け取りにいった彼らが見た物は……まあ見事に荒らされ無惨な事となった野菜達であった。
とは言えスタッフ達を責める事は出来ない。
相手の立場があまりにも悪すぎるからだ。
三大種族の一つ、ピタス。
その第三王女。
彼女がその事の発端……というよりも、野菜盗み食いの主犯であった。
ピタス。
獣の特徴を持つ種族。
アメリアの元婚約者の恋人であったりかつて色々あったりして、ヴォルフにとってはあまり好ましい種族ではない。
いやまあ、大多数の『人間』にとって『ピタス』は隣人に適しているとは言えないだろう。
ちょっとばかし、彼らの種族は自由過ぎるからだ。
現在のピタスの五割は猫の特徴を持っている。
同時に、貴族、王位相当の上位階級の大半もまた猫の特徴持ち。
数が多いのではなく、他の特徴を持つピタスが減った。
つまりはまあ、そういう政争があったからである。
政争というよりも厳しい獣の世界の掟、もしくは民族浄化に近い。
猫の国、猫の星、猫の王。
自由を愛し我儘で、だけど愛嬌があって。
だから、今現在のピタスはこの近代の歴史の中でも特に自由な気風が強い。
更に言えば、彼らピタスはやらかしこそ多いものの悪党という訳ではない。
ただ後先考えないだけ。
だから迷惑をかけた場合それを後に補填する位の常識は持ち合わせている。
そしてその後先考えない悪癖の一つに、気に入った人間を連れ去るなんて奇行があった。
ぶっちゃけただの誘拐である。
この世界で確認され、生き残っている種族は三つ。
その内ピタスともう一つの種族の相性はかなり悪い為、ピタスが連れ去るのは何時だって人間であった。
彼らに誘拐された人間は結構多い。
年に一度というのはあくまで大きなトラブルとなる割合であり、暗数含めれば数百倍位の数と想定される。
誘拐と言っても基本的に大歓迎の接待である為時間に問題がなければ非常に喜ばしい時間となる。
それに、本人が望まない限りは早々に返されるし、その後の補填もかなり大きい。
金銭的に言えば確実に得をしたと言えるだろう。
そんなだから、実数がわからず暗数塗れになる。
彼らだって超えてはいけないラインは理解している。
子供を可愛いと思っても親元からは絶対に引きはがさないし、気に入って連れ去って相手を可愛がる事はしても苦しめはしない。
彼らにとってその誘拐行為は、まあ……ちょっと強引なだけのお家招待でしかなかった。
とは言え……そのお家紹介としてもこの状況は適切ではなかったが。
『3フェイズ』
ヴォルフを取り巻く最悪の状況は、三つのフェイズによって生み出される。
一つ目……。
『盗み食い王女』
ある日、ピタス第三王女は、用意していた食料に嫌気が差した。
ちなみに王女の命令で持ち込み食料はスイーツ系のみ。
そりゃあそうだと誰もが言える様な当たり前の状況だった。
クリームとか砂糖たっぷりとかの味に飽き飽きして、空腹とイライラを重ねる中……。
ほのかな土の香りにふらふらと導かれ、係員の静止を無視してコンテナを漁って、そしてそれを見かけ迷わず口に含んだ。
その……星鉄人参を。
元来ピタスは繊細な味覚を持つ為野菜本来の甘味と旨味を生の状態でも十分に理解出来る。
それに加えて砂糖の甘さと油脂たっぷりクリームに飽き飽きしていた為、人参を食べる馬かの様にその星鉄人参に王女は夢中になった。
元々好奇心旺盛である彼女が巨大星鉄人参なんていう限りないネタを見て、興味が惹かれない訳がない。
しかもスイーツに飽きたという発想のない彼女はただの野菜の癖に極上のスイーツよりも美味しいなんて勘違いまでしている。
だからまあ、好奇心ゲージはすでに臨界に等しい。
その状況で、彼は現れた。
損害交渉……というよりも、謝罪を受け入れ許す為に。
ヴォルフは本当に善意で、ただその為だけにその場に訪れていた。
こういう手合いとテイカーの相性は最悪で、場合によれば外交問題になり得る。
だからテイカーを下げ、自分だけで終わらそうとヴォルフは彼女に直接対面した。
これが他の野菜ならばともかく、星鉄人参は念の為に持って来ただけの物であり、元々売るつもりさえなかった。
だからこちらへの賠償は良いからスタッフ周りへの謝罪と賠償だけしてくれ……なんて説明するヴォルフを、王女はしげしげと見つめた。
極上のネタでかつ味の野菜を作れる男。
こいつがいれば同じ物が実家の惑星でも食える。
更に言うならこいつから不思議な程に土の香りがする。
落ち着く香りと言っても良い。
外見は無骨で地味だが端正ではある。
ちょっと若すぎるが健康そのもので、後おまけに声も良い。
という訳で、好奇心ゲージが天元突破した。
「お前、私の嫁になるニャ!」
そうして、ヴォルフは連れ去られた。
二つ目……。
『期待の花婿』
「だから……あの野菜は俺が作った物じゃなくってお嬢様の作った物なので、俺には無理です」
宙船に乗せられ見知らぬ場所に連れ去られながら、ヴォルフは必死に説得した。
レーヴェル侯爵に薫陶を受け、規律に縛られる事を良しとするヴォルフにとって自由さしかないこの空間はただただ恐怖でしかなかった。
自分勝手な搭乗員なんて存在は墜落してくれと言っている様にさえ思えて来る。
ただでさえ酔いが酷いヴォルフとって宙船はストレスの塊だというのに、拉致でかつ自由過ぎる奴らで囲まれている。
心境は最悪だった。
例え、不思議と全く酔いがないとしても。
少しでも早く帰りたい。
だけど、そんなヴォルフの気持ちにピタス達は誰も気づかず大歓迎をする。
これはまあ……ヴォルフの失敗とも言えるだろう。
はっきり嫌と言ってしまえば、相手だってしょうがないと諦める。
本当に、彼らに悪意はないのだから。
だけどヴォルフは、規則を重んじ調和を愛するレーヴェル侯爵の教えに従い、何とか空気を呼んで貰おうと間接的に嫌だとアピールするだけ。
そしてその直接嫌と言わない態度から、相手は『困ってるけど嫌じゃないんだ』と勘違いをする。
正しく悪循環だった。
ピタスの中では人間以上に感性の鋭い者もいる。
まるで心の中を覗き見していると錯覚する程気持ちに敏感な者も。
だけど、第三王女の周りにいるピタスは全員良くも悪くもおおらかな者達であった。
だからまあ、嫌じゃないならと彼らは必死に、善意にて歓迎を繰り返す。
自分達の大好きな第三王女の夫になってくれたら嬉しい。
大好きだけど我儘放題だからこれを機に落ち着いてくれたら嬉しい。
というかこれを逃すと王女は結婚なんて出来ないと思う。
大分欲望が入り交じっているけれど、間違いなく全員が善意でヴォルフを歓迎していた。
だからこそ、ヴォルフもあまり強く出る事が出来なかった。
悪意には敏感であっても、善意にはとことん弱かった。
「だったらそのお嬢様とやらも一緒に連れて来るにゃ! というか私がお前さんを嫁として買い取るにゃ!」
「だから、俺はお嬢様以外には従うつもりは……」
「なら嫁にだけ来るにゃ! 悪い様にはしないしそっちとしても都合が良いはずにゃ!」
それは『政』という意味で言えばこれ以上ない程の正論で、だからこそヴォルフは反論に苦しむ。
従者如きで王女との婚姻による繋がりが得られるのなら、それは貴族としてもう最上の結果である。
従者という不平等婚姻を考えたら王家の上に立っているとさえ言っても良い。
しかもピタスというごりっごりの身内びいきであるのなら尚の事だ。
まず間違いなく、レーヴェル侯爵家は倍以上の勢力となる事が出来るだろう。
そう……ヴォルフの感情を犠牲とすればレーヴェル侯爵家に多大な恩返しが出来る。
奴隷であった自分を拾ってくれたアメリアに、育ててくれた侯爵に、彼ら家族に報いる事が出来る。
政という意味で言えば間違いなく正しい選択肢なのに、それでも、ヴォルフの心はそれを受け入れる事が出来なかった。
そうして、もたもたしている時に最後の事件が発生する。
第三フェイズ。
状況の急降下、最悪の転落を示すラストフェイズ。
『奴隷』
彼らは皆、ヴォルフに期待していた。
ヴォルフを仲間とさえ思っていた。
だから、期待していた分だけ、その落差は激しかった。
幾ら大雑把な性格とは言え、ここにいるのは王女でありそして周囲にいるのは王女直属部隊。
当然の事だが、迎えられたゲストとは言えヴォルフについてスキャニングにてチェックをする。
暗殺者であった場合や、厄介な病原菌を抱えている可能性があるのだから。
すぐには発見されなかった。
レーヴェル侯爵による隠蔽のおかげで、しばらくはただの人にしかヴォルフには見えなかった。
だけど王家の船によるスキャニングをずっと防ぐ事は出来ず……とうとう、隠していたその事実が、露見する。
『こいつ……スラヴ・サーヴァントだ!』
スピーカー越しのたった一言から、全員の目が一気に変化する。
暖かく優しいその目は、残酷なまでに冷たく。
あれだけラブコールを送っていた王女でさえ、その目は憎悪と殺意に満ちていた。
即座にヴォルフは逃げようとする。
自身の戦闘力は決して低い物ではなく、相手がまだ半信半疑で本気でない今なら囲まれていても十分に逃走出来る。
そう思っていた。
だけど、誤算が一つ。
傍の兵士を突きとばし、即座に出入り口の扉まで突っ走ろうとして……王女に、回り込まれ道を塞がれる。
ピタス第三王女は我儘で自由、そしてお転婆で有名だった。
だけど、それ以上に彼女は有名な『名』を持っている。
それは、武勇伝。
船同士のではなく、地上進行や相手の船への突撃といった、直接戦闘が彼女の仕事であり、そして彼女はその仕事だけは失敗した事がない。
『鮮血のブリュンヒルデ』
彼女は比喩ではなく純粋な事実で、ピタス種族にて白兵戦最強の名を司っていた。
王女と言っても彼女は戦姫。
舞踏会にて踊る花ではなく、戦場を舞台とする矛。
ピタスという種族に歯向かう物を食い破る鋭き牙であった。
「ちょっとそこで止まってるにゃ」
彼女はヴォルフの頭を強引に掴むと、髪をわっしゃわっしゃと乱雑に乱していく。
撫でるというよりも頭をシェイクするなんてあまりにも乱暴な行動により、ヴォルフが最も隠しているその部分が、露見した。
その、隠していた獣の耳が。
まるで狼の様な、鋭い耳。
無骨で端正なヴォルフにはあまりにも似合い過ぎるそれを見て、彼らの敵意と憎悪は激しく増す。
それは、今のピタスの王家にとって憎悪の象徴でさえあった。
「本当に、期待していたのに……」
ぽつりとそう呟き、王女はヴォルフの腹にその拳を叩きこんだ。
体が跳ねる程の衝撃に加え、視界が赤に。
内蔵が逆さになった様な激痛と共に口から血が噴き出し、そのままヴォルフの意識はブラックアウトした。
「……ああ、本当に残念よ。その様な穢れた生まれでなければ、良い種となったであろうに」
絶命させるつもりの一撃を受け、それでもまだ命を繋ぐヴォルフを見下しながら、王女は呟く。
王女は目の前の廃棄物を牢に居れ放置する様命じた後、何事もなかったかのように元のお気楽な性格に戻った。
ありがとうございました。




