Xデー
「さて……それでどうする? 我が右足の祝いの日だ。盛大にやりたいところだが……」
外見だけはギラギラと狂犬、内面はワクワクの小学生。
そんなジャックの様子を見ながらヴォルフに思いを馳せ、アメリアは考える。
「んー、ヴォルフの場合は別に派手なのが好きな訳じゃないし……」
「じゃあ、地味にいくか? それでも俺は構わねぇぜ?」
無数のボードゲームとレトロテレビゲームを持ちながら、ジャックはニヤリと笑った。
「かと言って何か喜ぶかと言えば……うぅん……」
ヴォルフの事なら大体わかるから余裕と思っていたが、いざ考えてみればこれが案外難しい。
そりゃあそうだ。
ヴォルフはアメリアのやる事なら大体喜ぶ。
今一番欲しい物を尋ねたらアメリアの幸せとなる何かを答えるし、何を望むかと尋ねたらアメリアが元の我儘さを取り戻す事と願う。
ヴォルフにとってアメリアは地獄から救い上げてくれた聖女である。
拷問混じりの奴隷生活から救い上げてくれた。
人として扱ってくれて、人として生きられる様手を回してくれた。
孤独を切り裂き、光を見せてくれた。
決して破らない約束を紡ぎ、今尚守り続けてくれている。
もう一生分の幸せを貰った。
だからこそ、ヴォルフの忠義は決して揺るがない。
そんなヴォルフの本当に喜ぶ事を、ヴォルフ自身が願う事を考えたら、難しくない訳がなかった。
「まあ、料理はアメリアちゃんがやるとして……」
ルビィの言葉にガーネットもうんうんと頷いた。
「え? いや別に良いけどどうして私が?」
「だってそれが一番ヴォルフ君が喜びそうな事だし。後はアレっすよ。各自思う限りで喜びそうなプレゼントを用意すれば良いっす」
ガーネットの言葉に今度はルビィが頷いた。
「はぁん。まあ無難だな。ついでだ。誰が一番あいつを喜ばせたか競うか?」
「駄目っすよ兄貴。それはもうわかり切った勝負っす」
「そうっすよ兄貴。何を貰うかなんてぶっちゃけあんまり関係ないから勝負にならないっすよ」
「お、おう。そうか?」
良くわからず、ジャックは首を傾げながら一応の同意を見せる。
アメリアも良くわからず同じ様に首を傾げていた。
「……まあ良い。ところでメイドよ。一つ尋ねるが」
「はいはいなんでしょキャプテン」
「あいつは……カブト派とクワガタ派、どっちだ?」
「え!?……ううーん……強いて言えば、本の虫?」
下手すれば虫なら食べそうという言葉を飲み込み、何とか方向転換してみせた。
「……そうか。じゃあ素直にそっち方面で行くか……。サプライズは押し付けが最もタブーだからな。おい、他に用意する物はあるか? ついでに買い出し行ってやる」
「あ、じゃあ飾りつけと料理の材料お願いして良い?」
「任せな。ルビィ、ガーネット。どっちか着いて――」
ジャックは鈍い。
そんなジャックでも、それには言葉を失った。
ルビィとガーネット、彼女達から放たれるその圧に……。
それは肉食獣の様に獰猛で、ハンターの様にしつこく、そしてコールタールの様にねばっこい。
愛情と執着をコンクリートに砕いて溶かし、嫉妬のスパイスを一つまみいれてかき混ぜた様な強烈な感情。
おぞましささえ感じる程の強い圧を受け……ジャックは静かに、だけど確実に、アイコンタクトでアメリアに助けを求めた。
「……私はお留守番するから三人でどうぞ。右腕と左腕は揃ってないと駄目でしょ」
「そ、そうだな! 流石は我らの知恵役。良い事を言う、ルビィ、ガーネット出陣だ。目標、大型デパート、おやつは一人千UDお土産は奮発してシュークリームだ!」
「あいさー!」
「銀河の海が私達を待ってるっす!」
そう言って、三人は仲良く海賊船に乗り込んでいった。
「まあ、そうだよね……。うん。彼女達の間の絆は断ち切れない程強いけど、それはそれとして女の情念がない訳じゃないもんね……」
揃って同じ扱いをするならば良いが、どっちか選ぶ時が来たら、間違いなく大惨事になる。
ハーレム以外に選択肢がないというのは幸せなのか不幸なのか、自由恋愛をする権利のなかったアメリアには難し過ぎる問題だった。
「あ、アメリアちゃん、そいえば材料について何も聞いていなかったっす。当日の料理って何にするっすか?」
ルビィに言われアメリアははっとなった。
「あ、ごめん。特に決めてないけど……うん、ちょっと大人びた感じで行きたいかな。あとはまあがっつりと肉げな感じで」
「ふむふむ。りょーかい! じゃあそんな感じでいける様色々買って来るからこっちは任せるっすよ」
「ん、お願いね。後は一般的なケーキも作るつもりだからそっちの材料もお願いね。具体的に言えば卵。後は何とかなるけど……美味しい方が良いし余裕があれば他の材料も」
「うぃうぃ。美味しいバターがある場所知ってるっすからついでに買って帰るっす!」
そう言ってぶんぶん手を振って、ルビィは再び海賊船の中に。
そして海賊船はそのまま宙に消えていった。
「……さて、とりあえず片付け掃除をして飾りつけの準備と……ああ農作業もきりをつけておいて……うん! 割と忙しいなこれ! ヴォルフに任せる仕事量ちょっと多すぎたかも」
せかせかと慌ただしく動きながら、それでもアメリアの表情は随分と楽しそうな笑顔だった。
そうして楽しい準備の七日が経過し、ついに来たるエックスデーが始まった。
予定ではヴォルフ達は夜の八時前後に帰宅するから、それまでに全ての準備を終えなければならない。
だからその日彼らは、朝から走りっぱなしだった。
準備諸々を全て用意して待ち構えて、サプライズパーティーを開くその為に。
そして全ての準備を終えたのは夜の七時半。
割とギリギリだった。
だけど、間に合った。
彼が来るまでに全てのタスクを終え、いつでもパーティーが開ける状況が整った。
そうして小さな家の中で、彼らは主が帰るのを待った。
ジャックが用意したプレゼントは分厚い書籍だった。
『夜の海』
社会人となり心が荒んだ若者たちが学生の友達と再会し、再びあの頃の楽しさを取り戻そうとする青春の話である。
上司に功績を盗まれた平社員の男。
部下に裏切られ責任を押し付けられて会社を首をになった男。
学年主任と不倫関係にある女教師。
妻の浮気で全てを失った男。
友達は皆、学生の頃のままではなくなっていた。
皆心に傷を持ちながらも必死に足掻き、それでも上手くいかずに藻掻きながら笑う話。
少しばかり難しい内容であり、ジャックはこの話の意味は良くわかっていない。
だけど、この本が読書家の間では非常に人気であり、隠れた名書としてコアな人気を博していると知っている。
しかも最近発売で流通数も少なく、作者の拘りから電子版は存在しない。
プレゼントしては完璧であるとジャックは自負していた。
内容は良く知らないけど。
ルビィはジグソーパズルを用意した。
玩具ではあるが、おそらく最も金銭的価値は高い。
ヴォルフが電子系全般が苦手であると知っているからこその原始的娯楽。
しかも大の大人でさえも多くが投げ出すという極悪難易度。
だからこそ、きっとヴォルフは好むと予想出来た。
ちまちました作業が好きで、更に達成者が少ないなんて男心くすぐる内容。
間違いのないチョイスだ。
当然額縁と接着剤も用意済。
値段が高いのは完成した後の絵柄のクォリティもある。
しっかり長く楽しめて、完成すればインテリアに。
しかもアメリアが好みそうな花のデザインである。
それはつまり、完成すれば『アメリア好みのインテリア』になるという事。
ヴォルフはこの状況にやる気を出さない男だろうか? いいやそんな訳ない反語。
という訳でルビィもそれなりに自信があった。
ガーネットはペアリングを用意した。
意図はもちろんド直球。
インコースギリギリ攻めにてワクワクとドキドキを楽しみたいという限りなく自分の欲求に忠実なプレゼント。
ぶっちゃけ頭恋愛脳になってしまっていた。
アメリアは靴を用意した。
父親の様に上手くは行かないだろうけど、それでもヴォルフに似合いそうな実直な黒い革の靴を。
悩みすぎて迷走した感はあるものの、これをヴォルフが履く所を想像したら……ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ、胸の下あたりがチクチクとうずいた。
「さて……野郎共、油断するなよ。奴はいつ来るかわからねーからな」
クラッカー片手にジャックはそう口にする。
皆にっこりとした表情のまま、手元にクラッカーを持ちいつでもならせる準備をしている事をアピールする。
ジャックは楽しそうに笑い、そして扉の方をじっと見つめた。
いつもの様に、待ちきれない子供みたいに。
ビーフシチューとターキーの丸焼きと、あとコロッケとからあげと。
もう何を作ったら良いかわからなくてかたっぱしから作ってしまった。
ケーキはちょっと失敗したけど、まあこれはこれで味だろう。
パッピーバースデーの文字がぐちゃぐちゃで読めないけど、ヴォルフならたぶん解読してくれる。
してくれなかったら、まあ笑って誤魔化そう。
そうしてまだかまだかと、彼女達はずっと待ち続けた。
その、本当の家の主が戻って来るその瞬間を、ただ祝う為に。
だけどその日――彼が現れる事はなかった。
ありがとうございました。




