どうぞごゆるりと
アメリアはこれまでの事を話しだした。
侯爵とか過去の罪とか関係なく、単なる父と子という関係として。
アメリアが自らの意思であの惑星に戻って、半年という歳月が経過した。
半年、それは百なんて物では済まない程に長い寿命に至った人類にとって僅かとしか言えない期間である。
しかし、二十歳という成人さえも迎えていないアメリアにとっては決して短くない時間であった。
その日々は決して楽な物ではなかった。
多くの挫折を味わった。
農家として暮らす事は簡単な事ではなかった。
ヴォルフにもたくさんの迷惑をかけて、互いに失敗を重ねながらも試行錯誤をして……そうして最近になってからようやく、安定した収益を得られる様になった。
安定収入とは言っても精々月五万から八万という学生アルバイト位の低賃金である。
しかもヴォルフと二人合わせて。
それでも、安定して収入が得られる様になったのは、自分達の野菜が求められる様に成った事は、大変誇らしい事であった。
「まあ失敗も多かったよ? 米とか小麦とかは環境適応が難しくてちょっと後回し。代わりにイモとか人参とかその辺りは割と上手く出来る様になったかなー」
「へー。凄いじゃないか」
「えへへ。いや、ただ出来る様になったというだけだからそうでもないかもしれないけどね」
「いやいや。売れているというだけで十分に凄いよ」
これは比喩でも何でもなく、本当に凄い事だった。
なにせ野菜の大半は完全自動化で育てられる時代である。
そんな中でちゃんと売れているという時点で十分に優秀だと言っても良いだろう。
「いやいやそんなー。まあでも、相当才能があったという事かもしれないけどね」
「そう思うよ。ちょっと意外だったけどね。アメリアに農業適正があったなんてさ」
「え? ううん。私じゃないよ。私はぶっちゃけあんまり」
「え? そうなのかい?」
「うん。才能あったのはヴォルフの方。元々自然の申し子みたいな部分はあったからなんとなくらしくはあるけど」
「まあ……うん。きっと彼にとっては今の環境は天職かもしれないね」
「だねぇ。楽しそうで何よりだよ」
のほほんと呟き、アメリアはお茶を口に含み吐息を漏らす。
サーザントはニコニコと微笑むだけ。
ヴォルフが天職なのは農家ではなく、肉体労働かつ分担作業の事を言っているのだが、指摘する程無粋ではなかった。
そう、サーザントは彼らが農家に向いているなんて全く思っていない。
むしろその適正は揃って別にある。
だけど……。
肉体労働のヴォルフと機械、頭脳労働のアメリア。
これが上手くかみ合うのなら、きっと何でも出来る。
そう思う位、彼らの能力はバラバラで、そして上手く分かれていた。
「……彼を先に見いだされた事は、私がアメリアに負けた数少ない政の部分だね。つくづく惜しいと思うよ」
「あら? 今更に欲しいと?」
「どうだろうね。難しい所だ。ただまあ、手元に置いていたら便利だろうとは思うよ」
「悪いけどパパにも譲れないわ。ヴォルフが自分から言ったら別だけどね」
「だったら無理だ。諦めよう」
そう言ってサーザントは微笑を浮かべる。
それで本気でないと気付いて、アメリアは小さく安堵の溜息を吐く。
ちょっとだけだが、あの父親にヴォルフが取られると思って怖く感じていた。
例え変わった今であっても、そう思う位レーヴェル侯爵という存在は絶対的な存在であった。
「……だけどまあ、正直ヴォルフがあんな風になるなんて思っていなかったよ。すくすくと成長したねぇ」
サーザントの言葉を聞き、アメリアもヴォルフと出会った時の事を思い出す。
良い出会い……なんて口が裂けても言えない。
はっきり言って最悪の出会いであった。
特に、ヴォルフにとっては。
アメリアの六歳の誕生日パーティー。
アメリアがまだ聡明であった頃。
そして、アメリアが貴族には向かないとサーザントが見切りをつけた時。
その帰り道に、サーザントは襲撃に逢った。
テロリストと思われる武装集団二十人。
とは言え襲撃自体は大した事がなく一瞬で制圧された。
わずか三名の護衛が、その全員を朝飯前とばかりに軽々とのした。
だけど、問題はこの後に起きる。
あまりにもあっさりとを終わった所為で、別の問題が噴出した。
アメリアの姉であるリベルニアスの暴走である。
『え? これで終わり。面白くないわ! 私まだ誰とも戦ってませんわよ!』
幼子でありながら唐突にそんな事を吐き捨て、そしてその場で倒れたテロリストに尋問を始める。
それに成功した上、拠点の一つがこの惑星にあると知ると単身にて逆襲撃をかましだした。
まあ当然上も下も大混乱。
幼き娘が鉄パイプ一本でテロリストの末端とは言え拠点にカチコミしたんだから当然としか言えない。
ただまあ、悲しい事にリベルニアスは天才であった。
そして同時に、『持っている』側であった。
ただテロリストをボコしただけでなく、その意味も後付けで用意した。
要するに……暴力の正当性が見つかってしまったのだ。
拠点に押し入ってボッコボコにしても誰も文句が言えない、そんな正当性が。
襲撃者の拠点の奥から、子供達が大量に発見された。
身元のわからない、捨て犬の様に汚れ傷だらけの子供達が。
当然の事だが、児童虐待も奴隷売買も重罪である。
組み合わさればその場での射殺許可が下りる位に。
子供であるが故に離れる訳にはいかず、アメリアはサーザント共に行動していた。
リベルニアスを追うサーザントと。
そして、そこでアメリアは彼を見つけた。
沢山の保護された子供達の中から、彼を。
やせ細って、傷だらけな小さな子供。
だから最初は同い年位だとは思わなかった。
同世代とは想像出来ない位、彼は小柄で線の細い少年だった。
保護され、移動する彼は何も見ていなかった。
綺麗な、宝石みたいな目は……悲しい程に世界を映していなかった。
それが、最初の出会い。
そしてアメリアの我儘の始まりだった。
「……育ったよねぇ」
「そうだねぇ……育ったよねぁ」
しみじみと、親子はヴォルフの事に思いをはせる。
まるで自分の家のペットの様に。
互いのそんな仕草がどこか面白くて、彼らはくすりと微笑んだ。
「さて……ではそろそろ……」
サーザントの言葉に、アメリアは面会時間の終わりが来たと考える。
だけど、そうじゃなかった。
「もっと専門的な内容で、アメリアのやってきた事を教えてくれるかい? 今まで話したのはヴォルフの事ばかりじゃないか」
「……え? 時間大丈夫? それに、私の仕事内容ってパパが好きそうな話題じゃないわよ? 因子調整とか、遺伝子チェックとか」
「アメリア、私はね……割と雑学を好む性質なんだよ。それに……」
「それに?」
「興味とかそういう話ではなく、娘の仕事内容をただ聞きたいだけなんだよ。その辺りはほら……」
「ん? 何?」
「ヴォルフ君の説明じゃ、まるでわからないから」
ヴォルフの数少ない……訳ではないが、大きな欠点の一つに機械関連の事がある。
だからまあ、報告書やら直接報告の内容では、アメリアの仕事内容がサーザントにはまるで伝わっていなかった。
お嬢様は凄いとか、お嬢様は天才だ、とか、お嬢様は緑の指の持ち主だ、とか言われても何を言いたいのかわからない。
もっと具体的に、どの様な仕事でどんな結果を出したのか、それがサーザントには興味があった。
「……じゃ、もう少しだけおしゃべりしちゃおうかな」
にっこにこの顔で、アメリアは会話を始める。
その顔はとてもわかりやすい物だった。
つまり、自慢したいという顔。
――少し、長くなるかもしれないね。
そう思い、サーザントはこっそり部下に仕事をずらしてもらう様連絡をした。
完全な私用が理由なのに部下達から文句は一つもなく、『どうぞごゆるりと』とだけ返信が届いた。
ありがとうございました。




