弱いという事の意味
理由はどうしてかと言われたら、割と答え辛い。
わざわざ父上である侯爵の大切な仕事の時間を削ってまで面会予約を立てたのに、深い理由はなかった。
近況報告と言っても良いし、父親への面会の為でも良い。
そういう理由は確かにある。
だけどまあそれらはついでで、本題は本当に空のまま。
だからアメリアは、この場で何を言えば良いか困っていた。
父親とこうしてちゃんと顔を合わせたのなんてこれまで何回あっただろうか。
それも二人っきりとなると全く記憶にない。
更に言えば、今のアメリアとサーザントでは住む世界が違い過ぎる。
元居た豪邸並びに専用惑星という貴族的生活をして、貴族達がクラスにいた学園の頃なら話す事はあっただろう。
だけど今は単なる素人農家。
侯爵相手に話す事など、侯爵が気を引く様な話題などアメリアにある訳がなかった。
そうして困っていると……。
「変に気を使わなくても良いですよ。好きな事を話してくれて構いません。……いえ、好きな事を話して下さい。何があって、そしてどう思って今日まで過ごしたのか……」
その言葉に、アメリアはきょとんとした顔を見せる。
正直、驚いていた。
サーザントという男はどの様な場所であっても公平を重んじる男である。
そう、例え相手が家族であろうとも。
だからそんな、まるで普通の父親みたいな気遣った言葉を言えるなんてアメリアは想像さえしていなかった。
「……パパ、変わったね」
その一言を聞いて、サーザントは苦く苦く、限りなく苦さ寄りの苦笑を見せた。
「アメリア程じゃないですよ」
「……かもね」
サーザントは小さく溜息を吐く。
代わったという自覚はある。
自分がこんな事を言うなんて一年前の自分に言っても絶対に信じなかっただろう。
とは言え、どう変わったのか正直自分でも良くわかっていないが。
「……今更ですが、苦しめてしまった事を謝罪させて下さい。アメリア」
「へ? 一体何の話?」
「――考えていたんです。今回の騒動のきっかけは一体何だったのか、どうしてこのような事となってしまったのかを……」
「私の我儘でしょ?」
「……いいえ、元を正せば、それこそが私の罪なのですから。アメリア、あなたが悪い訳がありません。私の事を想って、貴女は我儘となってくれていたのですから」
「そんな事はないよ。私が我儘なのは私の所為。パパは別に……」
そう言って、アメリアは会話を切ろうとする。
父親に気を使って。
その態度が、サーザントの罪悪感をより顕著な物としていた。
アメリアは本気で自分が悪いとは思っている。
だけど我儘である理由が父にある事もまた、否定出来ない一因ではあった。
幼少期から父にも母にも会えず寂しかった。
それ以上に、愛されていない事が怖かった。
だから、我儘を繰り返した。
我儘を許されるのは、私が愛されているからだと思いたくて。
それに間違いはない。
たけど……そんなアメリアの気持ちをサーザントは理解していた。
アメリアの気持ちを知った上で、サーザントはアメリアを半ば故意に放置していた。
我儘を許す事が愛ならば、ずっと許し続けよう。
そう考えて。
そんな訳がない。
子供が寂しがったのなら会いに行くのが本当の愛である。
だけど、サーザントにその発想はなかった。
あったとしても、そんな時間はサーザントにはなかった。
そして過ちを理解した今でさえ、どうすれば正解であるのかサーザントにはわからずにいる。
今のこの気持ちのまま過去に戻っても、サーザントは間違いなく同じ事をするなんて最低な自覚があった。
その方が、アメリアが我儘な方が貴族として都合が良いからだ。
物事の道理を知らずただ愛されていただけの乙女。
貴族の夫にとってこれほどまでに都合の良い道具は存在しない。
アメリアの能力では貴族として立つ事は出来ない。
秀才であるのは認める。
努力家である事は知っている。
それでも尚、侯爵を継ぐに相応しい実力には程遠い。
機械適正に至ってはその特異さはむしろ貴族としてのマイナスでさえある。
故に、愛される道具であり続ける事がアメリアにとって最もマシな未来となるとサーザントは考えた。
だからサーザントは、アメリアの我儘を許容した。
いや、道具としてアメリアに我儘となる事を強要したと言っても良い。
アメリアの幸せを願ってである事は間違いない。
だけどその結果があの末路であるのも間違いない。
だからこそ、今のサーザントはどうするのが正解なのかもうわからなくなっていた。
『アメリアを籠の中の我儘な鳥として幸せな鳥籠生活を過ごさせる事』
それが本当にアメリアの幸せなのか、サーザントは迷っていた。
「パパ、やっぱり変わったね……」
「どう、変わったのかな?」
「弱くなった」
思ったよりも鋭い一言にサーザントは少しだけ面食らう。
だけど、納得出来た。
そう、弱くなった。
家族の事で後悔する程度に。
為政者というパーツではいられなくなった位に。
「だけど、わかりやすくなった。私は今のパパの方が素敵に見える」
きょとんとした顔で、サーザントは娘を見る。
理解出来ない。
弱くなったのに喜ぶなんてのはあり得ない。
だけど……そう、だけど……サーザントは不思議と、弱いと言われた事が少しだけ、嬉しかった。
「ああ、そうか。これか……」
かつて自分が浴びせられた罵声を思い出し、サーザントはしみじみと理解する。
『お前には人の心がないのか!?』
断罪する相手や関係者に、よくその手の言葉を投げつけられた。
傷付く事もなかったし気にもならなかった。
部下にまで似た様な事を言われていた。
『その貴方の強さが、我々は恐ろしい』
正直理解出来なかった。
上の娘の様な天才で天災である存在が上司ならば恐ろしいと感じるのはわかる。
だが、単なるパーツに過ぎない自分が何故恐ろしがられているのかわからなかった。
むしろ、そう言った相手の方が優秀だったから恐れるべきなはこちらだと思っていた。
今ならわかる。
誰にも弱さを見せなかったから、自分は恐れられていた。
弱さを曝け出す強さを、自分は持っていなかった。
為政者としてずっと肩肘ばって、そうやって正しさを追い求めていたのは、それしか出来なかったから。
ただ、それだけの事だった。
「うん。今だけはお仕事の事は忘れよう。アメリア、今更だけどもし許してくれるのなら、家族として君と接したい。良いだろうか?」
アメリアは一瞬ぱーっと笑顔になって、だけどすぐきりっと顔を作った。
「それは嬉しいけど、それならママの方が優先じゃない?」
「ああ……うん。君の目線だとそう見えるかもしれないけど、アレとは割と上手くやってるから気にしなくても良いよ……」
「ほんとにー? 別居状態なのにー?」
「……私の方からは何も言えないから、アレに聞きなさい」
「はーい」
「全く……私の話は良いんだ。今はアメリア、君の話を聞きたいな」
「パパの興味ある話ないと思うよ? 農業漬けの日々だったし」
「アメリアの事なら何でも良いんだ。アメリアの目線でどう思って、そしてどう過ごして来たか、それを教えて欲しいだけだからね」
「ん、わかった。ま、大体の事はヴォルフから聞いてるでしょうけど」
「……おや、バレバレでしたかな?」
「うん。バレバレだったよ。ヴォルフが」
二人は顔を見合わせて、そしてくすくすと笑い合った。
アレはアレで密偵の様な事を出来ていると思っている。
思っているが……ヴォルフがアメリアに隠し事が出来る程、器用な性格である訳がなかった。
ありがとうございました。




