ちょっと迂闊だったと気づくのは、何時だって後悔してから
翌朝……ゆっくりできる最後の朝。
明日より朝早く夜遅い忙しないなんて過酷な農家生活が始まる。
とは言え、それを嫌だとアメリアは考えなくなったが。
大変だけど苦しくも辛くもないし、楽しい事もある。
少なくとも、ヴォルフに全部任せてしまうのがもったいないと感じる位には期待していた。
あれだけの苦しみを与えた自分がのうのうと寝て仕事を押し付けるなんて……という気持ちも間違いなくある。
だけどやっぱり、もったいないと感じる方が強い。
その位、アメリアは畑という物に触れたいと今は考えていた。
とは言え、農作業が嫌いでないからと言って朝のゆっくりした時間が惜しくない訳ではないから、今日アメリアはヴォルフと共に、ゆっくりとした朝食の時間を取っていた。
いつものスープと固形栄養、それに添えられた黒いキューブ状の塊をアメリアは手に持ち、しげしげと見つめる。
この数センチ角の正方形状となっている物は、干し肉だった。
統一宇宙歴以前に発明された『ストップドライ製法』。
元々は宇宙空間で食事での栄養価の改善と輸送コストを下げる為に作られて物である。
故にその特徴は、極めて高い圧縮率を誇っている事にあった。
優れた技術である事は間違いないのだが……正直今の時代ではその実用性は乏しい。
この到達点とも呼ばれる時代において食料が困るという事はほとんどなく、そもそも電力等のエネルギーさえあれば幾らでも合成栄養食を作り出せる。
輸送するよりも現地で製造した方が遥かに手軽であった。
逆に美味しい肉が食べたいのなら他の方法を用いた方が良い。
品質の劣化を防ぐ手段は無数に存在する。
つまるところ、ストップドライ製法で作られた食料は色々と中途半端な立ち位置でしかない。
よほど険しい環境や厳しい環境、またはペットのしつけの為にあえて質を落としたい場合。
そういう負の環境でのご馳走というのが精々であった。
つまるところ、流通が乏しく予算もなく、星には何の設備もないなんて負の環境そのものであるこの星にとっては非常に有用な技術という事である。
「これってさ、初めて食べるけど美味しいの?」
アメリアの言葉にヴォルフは困った顔を見せた。
「まあ、期待しない方が良いかと……」
「それは逆に期待しちゃうかな」
そう言って笑った後、アメリアは塩スープにキューブを浸け――たその瞬間にキューブは一瞬で五倍位の大きさに膨れ上がった。
「うわっ! あぶなっ」
予想よりも大きく零しそうになるのを堪えつつ、慌ててスープの器から皿の上に動かした。
それでもまだ膨張は続き、気づけば皿とほぼ同サイズの塊に。
具体的に言えばサーロインステーキ五食分位のサイズである。
正直、アメリアは食べきれる気がしなかった。
おずおずと、その塊にアメリアはナイフを入れる。
ローストビーフの様な外見とは異なり、その切り応えは皮のない鶏むね肉の様な弾力であった。
怖いもの見たさ半分の恐る恐るでアメリアはフォークに突き刺し、お嬢様らしからぬ思い切りの良い量を一口ぱくり。
そして……。
「何だ。普通に美味しいじゃない」
ほとんど脅しの様に聞いていたらからどれだけ不味いのかと思ったが、全然美味しい。
何なら毎日でも食べたい位だった。
ヴォルフは何も言葉にしない。
すっかり元の生活を忘れ期待値を味のない合成スープにしている悲しき令嬢に、『これ貴族の方でしたら十人中十人が吐き出しますよ』なんて残酷な事実を、口に出来る訳がなかった。
ヴォルフは兵士訓練時の会話を思い出した。
社交界等に向かう時のアメリア直属の護衛隊。
その中に混じり訓練していた時、彼らと共にこの通称でか干し肉を食べていた。
別に食事が出ない訳でも貧しい訳でもない。
厳しい訓練をしているとすぐに空腹となり、一日三食では足りないだけ。
だからこうしてこっそり仲間同士で不味い肉を齧る。
他の食料を持ち込めば罰則があるのに、何故かこれだけは上官達もお目こぼしをしてくれていた。
そんな物をこっそり見つからない様仲間達と食べていた時、アメリアの話題が出た時があった。
『雑に美味いけどさ、こんなもんお嬢様が食べたらきっと血を噴き出して憤死するよな』
ゲラゲラ笑いながらの言葉だが、正直ヴォルフもそう思っていた部分もある。
旨味が半分壊れて溶け込み、食感もどこか独特で。
例えるならばローストビーフをジャンクフードにした様な味わいと言えるだろう。
ぶっちゃけふやけて不味い肉である。
そんな憤死すると思っていたアメリアは今、子犬の様な笑顔でもぐもくと肉と戯れていた。
とは言え流石にアメリアの食べる量はたかがしれているから、事前に切り分けておいた大半はヴォルフの胃袋に吸い込まれた。
「さて、それじゃあヴォルフ。よろしくね」
アメリアの言葉に頷き、ヴォルフは椅子に座り、『農家.net』を起動する。
驚く事に、テレビさえもまともに使えない極度の機械音痴であるヴォルフでもこの『農家.net』は普通に操作出来た。
いや、まあレトロスタイル特化でアメリアにとっては不便極まりないキーボードのみの入力とモニターのみの出力なんて単調なシステムのおかげだろう。
とは言え扱えているかと言えばそうでもなく、もたもた人差し指キーボードだが。
「ゆっくりで大丈夫よ」
微笑みながらアメリアはそう言葉にする。
ヴォルフはどこか申し訳なさそうな顔をしながら、報告を始めた。
「まず、お嬢様にフレンド登録の要請が八件。五件は新人農家同士という事で挨拶絡みの連絡。それと支援? というよりも派閥的な? すいません。少しわかりませんが特定の目的を持っての要請が残り三件ですね」
「とりあえず全部了承出しといて」
「良いんですか?」
「ええ。嫌なら切れば良いだけだし」
「了解です」
「ところで昨日のスレッドの返信あった? 教えたがりとか出ると思うから一人二人位は返信があると思うんだけど……」
「ああ、はい。とりあえずアイコンに反応はありますね」
「良かった。それで、どの位?」
「『99』って見えますね」
「……え?」
「返信数九十九。確認しますか?」
「え? あ、うん。お願い……」
「はい……ああ、違いますね。九十九じゃないです」
「だよね! それで実際は?」
「もっと沢山です。どうやら二桁が表示限界だっただけです。俺の処理能力じゃ追いきれませんのですいませんがお願いします」
そう言って、ヴォルフは席を立つ。
その席に座り、アメリアは昨日自分が立てた『新人農家だけど次の野菜が決まらない。何か良い野菜ない?』という名のスレッドを確認する。
今尚更新が止まらず、サイドスクロールバーがバグっているかの様に目まぐるしく動いていた。
それを言葉にするなら、きっと殴り合いが正しいだろう。
それぞれの農家が自分の好きな野菜をPRし、逆に他の野菜を下げていく。
それの繰り返しが続き、大炎上とも言える様な言い争いが延々と続いていた。
ついでに言えば、悲しい事に口喧嘩の合間合間に有益な情報がこれでもかと湯水の如く溢れている。
だからまあ、正直見たくないけど見ないという選択肢はなかった。
「私今日の午前中はこれの確認してるから、ヴォルフも何か別個に何かしてて……」
「……合間に紅茶位は淹れされて下さい……」
あまりのアメリアの表情に、ヴォルフはせめてとそんな事を口にした。
ありがとうございました。




