一目でアレの同類と悟る
――今更だけど、緊張してたんだな。
少し前の自分を振り返り、アメリアはそう気づく。
もっと冷静になっていれば、もう少し緊張していなければ、たぶんこの雰囲気に気付けた。
このオークションの空気は、要するにバラエティやコメディのそれである。
その証拠と言わんばかりに、ここにいる観客の内最低でも五割は買う為ではなく、笑う為にこのオークションに来ている。
少なくとも、アメリアにはそう映っていた。
なにせ自分の星鉄人参の後に出てきた物が『手の平位の圧縮レタス』とか『日光ですくすくと育つ長もやし』とか『何故かキラキラ輝くサツマイモ』とかそういう類。
見ている側もゲラゲラと品なく笑っており、そしてそれを誰も注意しない。
よくも悪くも品のない空気が当たり前。
ちなみに一番笑いを取ったのは『巨大なプチトマト』だった。
外見はただの丸いトマトなのに皮が厚くて食べにくいというどこにメリットがあるのかという内容で。
「つまりな、ネタなんだよここは」
ジャックはアメリアにそう言った。
「ネタ?」
「ああ。B級とか規格外とかそういうはみ出し物って意味じゃなく、失敗作って意味。だからネタになる。農家の失敗って何かわかるか?」
「え? 野菜を腐らせたりする事?」
「それも失敗だが、農家にとっての失敗ってのはな、需要の見込めない野菜を作った時の事を意味する。所謂調整ミスって奴だ」
今の時代、遺伝子調整や因子編集といった手ごろな方法で品種改良を行える。
特に、長期ではなく一期限りの物であればかなりの無茶も叶う。
一晩で育つジャガイモとか、金色だけど食べられるリンゴとか。
だから農家は売れる為に色々考え改良、改修するのだが、時折想定外の事態がおき変わった野菜が生み出される。
それが売れるのならまだマシな結果であり、売れるどころか誰も欲しない物が出て来る事も決して珍しくない。
製作者の意図してかせずか関係なく、行った調整により需要を完全に潰してしまうケース。
ここはそういった需要を失った失敗作を見世物にしつつオークション形式で売る場であった。
わかりやすく言えば、笑える娯楽である。
普通の人にとっては笑いどころはわからないが、農業経験者であればその背景である失敗談に気が付く。
それが面白いらしい。
「まあ、そんな感じだ。九割外れの一割珍品。身内ネタに盛り上がる珍評会。ここはそういう場なんだよ」
ジャックの言葉に変な空気が流れる。
ジャックの言い分は何も間違っていないしその説明にも多分な説得力が含まれている。
だからである。
ジャックなのに真面目な事しか言っていない事が、場の空気を乱していた。
「キャプテンって、裏表あるよね?」
「はっ。何を言ってるんだ。俺には裏しかねぇよ。俺は日陰の似合うダーティな男だからな」
キリっとした口調のジャックに、アメリアとヴォルフは納得し頷く。
これでこそ何時ものジャックであると安心さえ覚えていた。
その横で、ルビィは少し考え込む仕草をして……そして、その口を開いた。
「もしかしてアニキって元農家だったりするんですかい?」
ルビィとガーネットはジャックと本当に昔の頃からの知り合いである。
だが、彼女達はジャックの家がどんな職業なのか実はわかっていない。
幼き頃のジャックは今と違って賢そうで、所謂利発なぼっちゃんだった。
当然身に着けている物もアメリア程ではないがかなり良い物のはずだ。
その上で、自分達を助ける為に使った金額がとんでもなく膨大である為金持ちであるという事はわかっているが、逆に言えばそれ位しか長年一緒にいる彼女達も知らなかった。
「な、何が俺がファーマーって証拠だよ。俺みたいな宇宙をかける男に」
目を泳がせながら、裏返った声で。
ルビィ達の疑惑は一瞬で溶ける。
どこからどこまでもわかりやすい態度であったが、それを追求しない位には、アメリア達にも優しさがあった。
口では知らん存ぜぬと言いながらも適切なアドバイスを行うジャックを横目にオークションを見学したものの、結局終わるまでアメリアは競りに参加する事はなかった。
とは言えそれも当然だろう。
このオークションは一種の隙間産業であり、その隙間の需要に新人農家が入り込む事はほとんどない。
むしろ新人農家のやらかしが需要となり、アメリアは提供、供給側となっている。
そうして一通り見終わって、さあ帰ろうとしていたのだが……ちょっとしたサプライズが起きてしまった。
何故か今、アメリアはオークション内にある個室、おそらく客間であろう場所で紅茶を振舞われていた。
合成ではない本物の、それもアメリアが知らない茶葉での丁寧な紅茶。
それは確かに嬉しい。
だけど、ほぼ拉致同然に引っ張られている現在、事情が何もわからず困惑する事しか出来なかった。
しかも、隣にいるのはヴォルフのみ。
何故かジャック達はここに案内されていない。
それが不信感に繋がり、居心地の悪さをアメリアは感じていた。
ヴォルフに至っては警戒を隠そうとさえしていない。
まあ当然だろう。
本当に、拉致同然だったのだから。
怪訝な気持ちのまま招待してきたホストを待っていると……背後から、拍手が響いた。
アメリアはカップをテーブルに戻し、ゆっくりと、後ろを振り向く。
慌てている事も怯えている事も隠す様に。
そしてそこにいたのは――マントを頭から被った変質者だった。
黒いカーテンの様な物を羽織って全身を隠すその姿は、例えるならお化けごっこをしている子供。
そのよくわからない恰好の何かは、拍手をしながら高笑いをあげた。
「ふぁわぁはっはっは! やるではないか。アメリア嬢! ああ、悪くない。惜しみない賞賛を君に告げようではないか!」
その直後にマント男の背後から三人程マント姿の増員が現れて謎の決めポーズ。
見事マント軍団と化した。
アメリアはちらっとヴォルフの方に目を向ける。
ヴォルフは茫然とした様子でただ見ているだけ。
護衛であるヴォルフが敵対心を見せずという事は、彼らはつまり悪意を持っていない……と思う。
違ったとしても、この程度ならばヴォルフは当然自分でも何とか出来そうだとアメリアは考えた。
だからまあ、この時点でもう警戒心はほとんど解けている。
どうして彼らはそんな変質者というか幼稚というか良くわからない仮装をしているか。
アメリアはその理由を、悲しい事に推理する事が出来た。
即ち――馬鹿である。
少し昔ならそんな奴らが居る事を信じてはいなかったが、幸いな事にアメリアはジャックという馬鹿を知っている。
だからまあ、驚きはするが理解は閉めそう。
故に、今アメリアが思っている事はただ一つ。
――この場にキャプテンがいなくて良かったぁ……。
間違いなく収集が付かない事になるという確信がアメリアにはあった。
「とは言え……とは言えだ。やはり直接語らねば片手落ちというもの。故に尋ねようアメリア嬢よ。貴殿の愛はどこにある?」
「……ごめん。どういう事? それと……あんたら、えっと……何?」
「誰ではなく何という辺りでお嬢様の心情やら気持ちやらが見て取れますね」
ヴォルフは眉を顰めながらそう呟いた。
「ふむ……。いや、そうだな。例え同胞であったとしても礼儀作法を忘れてはならなかったな。礼儀作法なき者など獣と同じだ。失礼した」
ばっと、マントを翻し、投げ捨て彼らはその顔を顕わにする。
若い男性が三人に女性が一人。
その先頭、最初のマント男は自信満々という様な表情を見せていた。
きりっとした眉毛に坊主頭というスポーツマンみたいな外見。
後は大柄でしょんぼりした気が弱そうなの。
小柄で気が凄く弱そうなの。
最後の紅一点、唯一の女の子は投げ捨てたマントを拾い直しおどおどと顔を半分隠していた。
彼らが何の団体なのか今の反応と外見ではわからない。
とりあえずコメディアンか悪の秘密結社ごっこのどっちかだと推測しているが。
「聞かれたからには答えよう。我らは秘密結社」
「あ、当たった」
「面白かったり不思議だったり凄かったりする、そんな変わり野菜愛好家の集い『数奇者倶楽部』!」
「ちょっと予想外だった。というか農家なのね」
「そりゃそうだろ。野菜オークションにゲスト室持っているなら普通農家じゃないか?」
「変な所で常識的ぶるのやめて頂戴? 熱湯の中急に冷水ぶっかけられる様で脳が驚いて混乱するから」
アメリアは真顔でそう言葉にした。
「ふむ。良くわからんが。話を進めよう。アメリア嬢。君の星鉄人参見事であった。良くぞ因子改変もなくあれだけのサイズに仕上げた。その工夫、その愛、見事と言わざるをえない」
「はぁ」
「だが、世界は君が思っているよりも小さくない! そう小さくないのだ! これを見るが良い!」
そう言って、男がぱちんと指を弾くと幼い少女がカートをガラガラと引いて来た。
そのカートには、サツマイモが一つだけ乗っていた。
「ごめんなさいアメリアさん。お兄ちゃんは見ての通り馬鹿なの……。疲れたら帰って良いから……もう少しだけ、付き合ってあげて……」
カートを運んだ少女はものすごく申し訳なさそうに、だけど皆に聞こえる様にそう呟いた。
「大丈夫。だけど……キャプテン達はこっちに連れて来ないで」
「目上の方に迷惑をかけたくないんですね。良かったです。別の部屋でお待ちして頂いて」
「いや、キャプテンはこれと同類。出会ったらどんな化学反応が起きるかわからない」
「……ご忠告、本当にありがとうございます。絶対にこっちには来ない様にしますね」
「ええ、ありがとう」
アメリアが答えた後、少女は小さく溜息を吐く。
その心情が痛々しい程理解出来て、アメリアの口から苦笑が漏れた。
「さあ、そのサツマイモを手に持ってみると良い」
男がドヤ顔でカートの上のサツマイモを指差した。
アメリアは眉を顰めながら手袋を付け、そっとサツマイモを掴み――。
「お、おもっ!」
持ち上げた後、目を丸くし叫んだ。
大きさは片手で持てる程度。
だけど持った感覚はまるでダンベルを持っているかの様だった。
「何これ重たい! どうなってるの!?」
持ち上げながら驚き叫ぶアメリアに、彼らは何も答えない。
それどころか、四人は目を丸くしじっとアメリアを見ていた。
「……あの……何? 何なのこの空気。なんで驚いている私に皆驚いているの?」
「いや……何で持てるの?」
「何でって言われても……」
「それ……六十八キロあるんだけど? なんで指の力だけで持ち上げられるんだ?」
「あ、そうなの。凄いわね」
そう答え、アメリアは静かにカートの上の皿の上に、サツマイモを戻した。
アメリアの握力への衝撃を忘れる様男は一つ咳払いをして、本題に戻った。
「こ、これぞ我が団員その一が作った超荷重宇宙サツマイモ三号! 量より質より重さを極めるその拘りよ!」
男は背後の大柄の男性を指差し叫ぶ。
背後の男性は少し照れ臭そうに笑っていた。
「へぇ。それで、これって味的にはどうなの?」
「え? 普通」
男はきょとんとした顔のまま答えた。
「……普通なのか」
「うん。強いて言えばめちゃくちゃ調理し辛い。火通り辛いし最悪爆発するし」
「えぇ……」
「とまあ俺達の活動ってこんな感じだ」
「つまり?」
アメリアは彼らにではなく、傍で申し訳なさそうにする少女に尋ねた。
「偏屈な若い農家が変な野菜を作って変に盛り上がる変な集団です。アメリアさんの野菜を見て俺達の仲間だろうって思いこんで……本当にごめんなさい……」
「大丈夫。君は何も悪くないから」
アメリアはそう言って微笑み、少女の頭を撫でた。
「そんな訳で、拘りポイントとか愛情とか好きな野菜とか何かあったら教えて欲しい。それと是非テストを受け我らの同胞に――」
アメリアはにっこりと微笑んだ。
ただ笑っているだけ。
そのはずなのに、男はアメリアに対して何も言えなくなった。
笑顔なのに、まるで獣に威嚇されているかの様な錯覚を覚えた。
「拘りも何も私農家初めてまだそんなだし。あの星鉄人参もどうしてああなったかわからない位だし。そもそもあれが私の初めての野菜よ」
「……なにっ。文字通りの、本当の意味のニュービーなのか」
「ええ」
「……そうか。初めてでアレか。やはり見所がある。アメリア嬢、テストは良い。俺達の仲間になれ。お前にはその素質が――はい何でもありません黙ります」
ニコニコ顔に気圧され、男は口を噤んだ。
「はい。それじゃ帰って良い?」
「あ、ああ……それは構わないが……せっかく来たんだ。相談位していかないか?」
「相談?」
「ああ。俺達もまだまだ若輩者。とは言えアメリア嬢よりも数年は先輩で、これでもそれなりに農業従事者として成功している。多少の相談には乗れると思うぞ。特に、三号は巨大化野菜の専門家だしな」
そう言って男は後ろにいる、小柄な方の男性に目線を向けた。
アメリアはヴォルフの方に目を向け、小声で尋ねた。
「どうしよう?」
「多少の時間なら良いと思いますよ。彼らが農家である事は間違いなさそうですし」
「そうなの?」
「はい。彼らからは土の匂いがします」
「そう。ヴォルフが言うならそうなんでしょうね」
少しだけ考えた後、アメリアは席に座り直した。
「立ち話は好きじゃないの。どうせなら皆も座って話さない?」
彼ら四人はアメリアと向き合う様な形で順々に席に着いた。
ありがとうございました。




