続ける理由を彼女は知った
ルビィ、ガーネットが後ろでニヤニヤして見ていた事に二人が気付いたのは、生暖かい視線をしばらく受け続けてからだった。
いちゃついていたという自覚のないアメリアはきょとんとした顔を彼女達に向ける。
「ありゃ、居たのなら声かけてくれても良かったのに」
アメリアの言葉にルビィは苦笑した。
確かに覗き見していたけれど、例えそうじゃなかったとしてもあれの間に入る様な勇気はルビィにもガーネットにもなかった。
「気が緩んでいたか……。あの……ところで艦長はどこに?」
誰かの接近に気付かないとは従者失格だ……なんて考えながらのヴォルフの質問に、ルビィとガーネットは再び苦笑する。
ただ、今回の苦笑は先程のアメリアとヴォルフの仲良さを見ての物と異なり、困惑が色濃く映っていた。
「何かトラブル? 手伝おうか?」
そうアメリアが尋ねた瞬間……ジャックがその姿を見せた。
「悪いな。だが、主役は遅れて登場するもんだからな、まあ許してくれ」
そう言って、ジャックはアメリア達の前の席に座る。
ルビィとガーネットは後ろからそそくさと前に移動し、迷わずジャックの両隣に座った。
「別に良いけど、何かあった?」
「ふっ。あんた、俺の事忘れちゃいないか? 俺は危険な男、海賊だぜ? 監視という名の情熱的なラブコールを受けるに決まってるだろうが……。ま、俺のオーラに屈しこうして俺は素通りという訳だがな」
ふっとニヒルに笑うジャック。
その様子を見た後、アメリアはガーネットの傍に移動し、耳元でそっと尋ねた。
「それで、実際は?」
「玩具のピストル持って入ったら怒られて、その時の手続きで少し時間がズレたっす」
「……私が言うのもアレだけどさ、ルビィも貴女も本当にこれで良いの? 異性的な意味でさ」
「ふふ……。ライバルが少ない方が嬉しいので問題ないっすよ」
「はいはいご馳走様。私も貴女達みたいな恋が出来る日が来たら良いなぁ」
「ふぇ? アメリアちゃんそれ本気で言ってるっすか?」
「え? うん」
ガーネットはそのきょとんとしたアメリアの返答を聞いて……盛大に溜息を吐いた。
「え? それどういう――」
アメリアがガーネットに尋ねる声は、歓声にかき消される。
どうやら小麦粉が決着したらしい。
「ほら、次でしょアメリアちゃんの」
そう言って、ガーネットは一方的に会話を打ち切る。
というかこれ以上会話をしても犬も食わないか馬に蹴られるかの二択でしかないと彼女達にはわかっていた。
「まあ、そうね。それじゃ、集中しましょうか。一応私の初めての野菜な訳だし」
椅子に深く座り直し、ヴォルフが新しく用意してくれた麦茶を口に含んで、そして一息つく。
――これ、売ってないかしら。
そんな風に、麦茶に気を取られながら。
「次なる出品は初参加の方からです。品目は星鉄人参。特徴は――まあ、見てわからない方はいらっしゃらないでしょうね」
ガラガラとカートに乗って運び込まれる星鉄人参を前に観客達は目を丸くし驚愕寄りの歓声を上げる。
まあ、あからさまな程カートからはみ出していたらそりゃ驚くに決まっている。
「ありゃわざとだな」
ぽつりと、ジャックは呟いた。
「わざとって、何がっすか?」
「あん? 見たらわかるだろルビィ。カートだよ。そもそもあのサイズなら別の運び方がある。ああやってわざと小さ目のカートをえっちらおっちらと使って、その大きさを強調してんだよ。芸が細かい奴らだ」
「なるほど。流石アニキ慧眼っすね」
「はっ。当たり前だ」
そう言ってドヤ顔になるジャック。
その様子が、アメリアには何時もと少しだけ違う風に見えた。
いつもは口だけで中身が伴わずすっかすかなのに、今回のジャックの言葉には不思議な説得力と納得出来る実があった。
「見ての通りの超超巨大星鉄人参。更に言えばこちら遺伝子データ無調整。つまり、巨大化の因子修正なしでこのサイズとなっております。ではどうしてこんな大きさに? それを知りたければ是非ともお手元に。ああ、当然ですが安全面はクリアしている事をオークションは保証しましょう。では――九本プラス種数個で十万UDよりプライススタート!」
ハンマーの音が鳴り響いた瞬間、数人の手が上がる。
誰にも買われないという最低の事情は避けられた様で、アメリアはほっと一息吐いた。
「これ……結構評価されてるって事よね? 十万スタートってさ」
ぼそりと、小声でアメリアは呟く。
庶民感覚なんて物欠片もないが、それでもそれが相当に高価であるという事位は理解が出来た。
ヴォルフも微笑み頷いて見せるが、意外なところから否定の声があがった。
「いや、むしろ逆だ」
そう口にしたのは、ジャックだった。
「え? どういう事?」
「星鉄人参の基礎金額にサイズアップ大の倍率を加えて、品質は並であったとしても倍の値段はする。オークションであるという事をしても安すぎる。そもそも真っ当な状態なら星鉄人参なんてすぐ売れる。そういう野菜だからな。何か心当たりはないか?」
「えっと……大きすぎて使い勝手が悪いから買取不可だったね」
「はっ。なるほどな。断面図を生かせない程のサイズの所為でこっちに流れたって訳か。まあ出来が良くても需要がなけにゃ利益にゃなりにくいってこった。良い勉強になったじゃねぇか」
ジャックの言葉にアメリアとヴォルフは返事も出来ない程に茫然とする。
その意見は、あまりにも、そしてらしくない程に全う過ぎた。
ジャックが賢く見えてしまったから、アメリアは自分の脳の異常をほんのわずかに疑った。
ただ、ジャックの目利きは確かであった。
その意見の通り関心を買った割にはオークションはほとんど盛り上がらず、先程の小麦粉と異なり僅か数分でハンマーが打ち下ろされる。
「では十二万で落札となります! さあ、こちらにどうぞ!」
アナウンスにより、落札した人が舞台に上がった。
上がって来たのは真っ白いコック服を来た若い好青年。
その服装から落札理由は誰でも推測する事が出来た。
「落札おめでとうござます。インタビューは大丈夫でしょうか?」
女性アナウンサーにマイクを渡され、若い青年は微笑み頷いた。
「はい。何でも聞いて下さい」
「ありがとうございます。では、落札理由を聞いても?」
「もちろん。私の経営するレストランにて今回の星鉄人参は次に作る予定の料理に丁度良いと思いこうして足を運び、そして落札させて頂きました」
「最初に調べて、そしてこれが欲しくて来たんですか?」
「はい。思ったよりも安く落札出来て助かりました」
「なるほど。では、このサイズの星鉄人参を使う料理という事なのですか。どの様な物か尋ねても?」
青年はにっこりと微笑み頷く。
優しい笑みだが、内から見える自信が感じ取れる様などこか挑発的な笑みだった。
「うちのレストランではチャリティ兼ねたイベントを月一でさせていただいております。……ちなみに、これが前回のイベントの風景です」
青年は時計を操作し空中に半透明の立体ホログラフを映し出す。
そこには美形揃いのレストランスタッフと共にカップケーキが映し出されていた。
小さな家位ある大きさの、カップケーキが。
「……ああ! 聞いた事あります! 巨大料理を作るのが趣味なイケメンカリスマシェフとか何とか!」
「はは。カリスマかどうかはわかりませんがうちの事でしょうね。ちなみにこれが星鉄人参を作った料理の暫定予想図です」
青年は新しい画像を映し出す。
そこには超巨大なオムライスの設計予想図が描かれており、その飾りつけに黄色い星がちりばめられていた。
確かに、料理のサイズにこの星鉄人参は手ごろな大きさであった。
「おおっ! これとっても可愛いですね! これは是非とも見に行きたいです!」
女性アナウンサーの仕事モードではない素の簡単に青年は嬉しそうに微笑んだ。
「是非来てください。来月頭に行う予定です。皆様も、レストランコサージュをどうぞよろしくお願いします!」
そう言って青年は仰々しく頭を下げ、拍手の中オークションハウスを立ち去って行く。
もう目的の物はないとばかりに。
「……何か、嬉しいね」
ぽつりと、アメリアは呟く。
我慢しないと頬がにやけそうになる。
心がチクチクして、だけど不快じゃなくて。
そう、嬉しかったのだ。
見知らぬ誰かが自分の作った物で喜んでくれた事が。
どこか気恥ずかしくて、頬が赤くなりそうで、だけど胸がぽかぽかして。
自分が誰かの為に成ったという事が、こんな嬉しいなんて知らなかった。
こんな気持ちは、初めてだった。
レーヴェル家三番目の子供という当主に成れない立場で贅沢三昧をして、そして我儘を言い放ち続けて……。
そんな好き放題生きていた時よりも、何倍も――。
「おめでとうございます」
ヴォルフの言葉にアメリアは震える。
感極まるというのだろうか。
今なら泣けそうな気さえしていた。
だけど、感動よりも、やはり純粋に嬉しかった。
誰かに喜んでもらえているという事が、単純に。
「お前ら――」
前の席にいるジャックは睨みつける様に、鋭い瞳を二人に向ける。
少し昔ならこれを怖いと思っただろうが、今は違う。
何となくわかっていた。
その外見と異なり、ジャックの醸し出す雰囲気は夏休み前の子供の様になっていたからだ。
「何かしら艦長」
「来月頭――予定明けとけよ。喰らいに行くぞ」
「キャプテン。それは私を気遣っての事? それとも自分が食べたいから?」
「はっ。何を馬鹿な事を言ってやがる。両方に決まってるだろうが。超でかいオムライスとか食いたくない奴いるのか?」
「いないわね」
「いないな」
「いないっす」
「すっすすっす」
皆一同に答える。
「だろうが。それの一端が俺の部下の初仕事ってんだから……俺達海賊団が動くに相応しい事件って奴だ」
「……期待してるわキャプテン」
「おう。任せな。俺には頼れる両腕がいるからよ。もちろん、お前らもな。それで、メイドよ。どうする?」
「名前を呼ぶかどう呼ぶか悩んだ挙句でメイドにしたって感じね。それで、どうするってのは?」
「いや、あんたの出番は終わりだろ。だからまだ見てくか?」
「あー。だったらもうちょっと良いかな? お金入ったし他の人の農作物みてみたいなって。今ちょっとモチベーションが跳ね上がって農家さんやる気満々な感じだから」
「俺は構わないぜ」
「私達ももちろんっす」
ルビィ、ガーネットも合わせて返事をする。
それを聞いて、アメリアはヴォルフの方に目を向けた。
ヴォルフは小さく頷いた。
「もちろん構いません。ゆっくり見ていきましょう」
その言葉にアメリアは嬉しそうに微笑み、次になにが来るかを期待しながら、キラキラした瞳で舞台の方に目を向け続けた。
ありがとうございました。




