お気楽オークション
船がステーション内のドッグに収納され、ハッチが開いた瞬間……アメリアとヴォルフは全速力で駆けだした。
発着手続きにはまだ当分時間がかかり、それを待っていると出品タイミングを見逃す可能性が高い。
だからジャックはアメリアとヴォルフにだけ先に許可証を用意してもらい、そのまま送り出した。
正しくはルビィがそう提案しヴォルフが乗ったという結果だが。
「……行ったか。ああ、それで良い。それで……」
思わせぶりな事を口にするジャック。
ただ本音は自分も早くオークションに行きたいなんてびっくりする程浅い物だが。
「それで……これは一体何なんだ?」
走り去る二人を割と羨ましそうに見送った後、艦長席にてジャックは手に持ったキューブ状の物体について二人に尋ねてみた。
それは、非情に急いでいるというのにわざわざアメリアが慌てながらこのタイミングで用意しジャックに預けた物だった。
「それは情報媒体っすね。アメリアちゃんがあの時の戦闘データを用意してくれたっす」
「戦闘データ? どういう事だ?」
「ここに来るまでに襲われたアレっす。念の為っすけど、後々の事を考えて提出しておいた方が良いってアメリアちゃんが言ってたっすね」
アメリアの考えるもしもの最悪の状況。
それはあちら側が一方的に襲われたと虚偽の報告をしてきた場合にあった。
なにせこっちは海賊船。
マイナス方面に高い信頼性を持っているのだから、大した審査もせずそのちゃちな虚偽報告が通ってしまう可能性がある。
だからこそ、アメリアはこれを用意した。
こちらに一切非がない証明となる、戦闘データを。
「ほぅ。まああいつがそういうならそうなんだろう」
「そうっすね。アメリアちゃん凄いっすよ。ある程度音声データ消去しプライバシー隠した上で信頼レベルをほぼほぼ最上位にまで引き上げてたっすから。普通は出来ないっす」
「えっと、その信頼レベルってのは何だ?」
「ソースとしてどの位信じられるかの指標っすね。今は映像なり音声なり幾らでも作れるじゃないっすか?」
「まあ、そうだな。シミュレートと現実の差さえ俺にゃわからん」
「だから情報には信じられるかどうかの指標ってのがあるっす。アメリアちゃんの用意したデータはその信用度がめっちゃ高いっす。かみ砕いて言うならアメリアちゃんはこれが間違いなく本物だと証明出来る様にデータを作成してたっす」
ジャックはルビィの言葉に眉を顰めた後、呟いた。
「……もっとわかりやすく頼む」
「そのデータ出すと相手の嫌がらせを潰せるっす」
「はぁん。やるじゃねーかお手伝いさん。良い仕事だ」
ジャックは恰好付けて椅子にどざっと座りドヤ顔をする。
あの顔が自分の部下が出来る奴で誇らしいという顔であるとわかるルビィとガーネットはニコニコした顔でジャックを見ていた。
「まてよ? するってーとアレか? この中には、あの時の戦闘の記録があるって事だよな?」
「そうっすね」
「だったらさ……あの瞬間も見れるのか? あの……俺が戦闘に参加した雄姿とか、タキオンハウル重力子砲をぶっぱなしたあの瞬間とか、記録があるって事か?」
ジャックの言葉を聞き、ガーネットは一言呟いた。
「……コピー、とってあるっすよ」
「良いじゃねーか! あいつらの用事が終わったら帰り道で皆で見ようじゃねーか。俺達の雄姿をよ!」
「はいっす!」
「もちろんっす! ジュース片手にパーティーやるっす!」
そんな風に、彼らは何時も通りわいやわいやと騒がしい。
その様子を遠目に見ながら、いつ手続きの続き作成について声をかけたら良いか話しかける事が出来ず、スタッフはそっと頭を抱えながらその場で立ちすくんでいた。
間に合ったかどうかはわからないが、アメリアとヴォルフはオークション会場に到着する事が出来た。
受付は走って来たアメリアに注意する事もなく素通りさせ、それどころか会場先の扉に手招きしてくれた。
受付の中年男性は妙にニコニコしていた。
そうして会場内に入って……アメリアはぽかーんとした顔になっていた。
正直言えば、もっとお堅いものだと思っていた。
広がる光景は予想の正反対。
アメリアは貴族であった。
だから当然オークションに参加した事があるのだが、その時とはまるで雰囲気が異なっている。
特に客層が。
少なくとも、過去参加したオークションでは麦わら帽子を被った牧歌的な参加者なんていなかった。
ねじり鉢巻きをつけたおっさんなんて人生で初めて見た。
オークションというよりセリという言葉の方が似合う位だ。
とは言え、良く考えたら当たり前の事である。
ここに並ぶのは市販に流通出来ない野菜。
だとしたら、それはもう煌びやかな空気になる方がおかしい。
そう、ちょっと考えたらわかる事なのだが、オークションという言葉に釣られ無駄に高貴なイメージをしてしまっていた。
「お嬢様、どうも間に合ったみたいですよ」
ヴォルフはそう言葉にした。
「そうなの?」
「はい」
「どうしてわかるの?」
「パンフ貰ってきました。今八品目みたいです。それでお嬢様のは十品目ですので大丈夫です。休憩もありますので二十分位は時間ありますね」
「ほほーありがとヴォルフ。パンフもうちょっと見やすいよう下げてくれない?」
ヴォルフはアメリアの目線に合わせる様パンフレットを下げ、ついでに前かがみになって自分の目線をアメリアに合わせ顔を並ばせパンフに目を向けた。
「今が……豆? あんまり詳しい事はパンフには書いてないね。私のだって星鉄人参ってだけだし」
「そうですね。前情報があまりないって珍しいですね。普通こういう時は全部情報を公開して書い手を探すべきなのに……」
「んー逆じゃないかな?」
「逆……と言いますと?」
「全部情報を公開して、その上で売れそうにないから敢えて情報を絞ってるんだと思う。ウィンドウショッピングでさ、探してた訳じゃないけど特別な物に出会ったら欲しくなる的な感じで」
「……なるほど。俺としては良くわかりませんが、トライアルテストの様な物なんですね」
「ごめんその例えはちょっとわからないわ」
「失礼しました。それより席につきましょうか。俺飲み物貰ってきますので」
「ん、わかったわ」
ヴォルフが一礼して去った後、隣り合った二席を見つけアメリアは席を確保する。
そのすぐにヴォルフがコップを二つ持って戻って来た。
「どうぞ」
「ありがとう。これは何?」
「麦茶です」
「……麦茶」
「はい、これしかありませんでした」
「……まあ、そうね。いや、別に文句がある訳じゃないの。ただ……麦茶かぁ……」
「どうして麦茶なんでしょうね」
「想像もつかないわ」
「でもこれ割と美味いんですよ」
「へぇ。……あら本当ね」
一口飲んだ後、アメリアは想像よりずっと味わい深くて不思議な関心を覚える。
ただ、それはそれとしてどうしてオークションハウスで麦茶一本なのかという疑問は残り続けていた。
鼻を駆け抜ける麦茶の香りの様に……。
八品目の豆、収穫するまでに一年かかる上冬にしか収穫出来ないなんて天邪鬼な枝豆が売れ残った後、次なる品が届き女性アナウンスが説明を始める。
台座に置かれた小麦ははるか昔より語り継がれるラーメンという料理に適した小麦らしい。
どういう原理でどうしてかわからないがラーメンの時だけ本来の味を発揮し、それ以外の料理には小麦の甘味や風味が全て消滅する。
これを使ってパンを焼くとバターの味と苦みのみになるそうだ。
量は合わせて三百キロで値段は開始二千UDからだった。
先程の豆と異なり、始まった瞬間に多くの人が手を上げ競りに参加して、一瞬で三千UDまで値段がつり上がっていた。
「……そんなにラーメンって人気なの?」
「どうでしょう……俺は嫌いじゃないですが……」
「食べた事あるんだ」
「はい。兵士訓練の時に。お嬢様のあの星で売ってましたね」
「私知らない……いや、そりゃそうか。あの時の私が兵士達の食べる物欲しがる訳なかったわ。それでどんな味なの?」
「とても説明が難しいですね……。スープパスタ的な料理で、独特の風味がありますね」
「へぇ……。ヴォルフが食べた物ならちょっと食べてみたいわね。用意出来る?」
「時間はかかりますが出来ますよ。ただインスタントの物になりますが」
「じゃあ余裕が出来たらお願いするわ。それとも、アレを競り落として作る?」
「いえ、ラーメンは作る物じゃなくて食べる物です。ちょっと手作りは……。少なくとも、俺じゃあ作れませんし作り方も想像出来ません」
「そうなのね。それでもこんなに熱狂するのね……」
競りに参加しているのは二十人位で、全員が絶対買うというような熱意でいるのが見て取れる。
手作りが難しい料理なのにどうしてこんなに熱心なのか、アメリアもヴォルフもわからなかった。
「……最初は面食らったけど、楽しいわねこの雰囲気」
オークションではあるが気軽な雰囲気で、全体的に牧歌的でのんびりできて。
それでいて嫌味のない騒がしさは時折感じられる。
簡単に言えば、落ち着ける。
そう感じるのは、きっと貴族の立場ではなく農家の立場でここにいるからだろう。
そうアメリアは感じていた。
「お嬢様が楽しめて何よりです」
「ヴォルフはそうじゃないの?」
「そうですね……。俺も結構楽しめてますよ。少なくとも、本来のオークションよりは全然」
周りに配慮しある程度言葉を濁しているが、ヴォルフはオークション嫌いである事をアメリアは知っている。
理由はかなり多い。
金持ちが集まる事、欲深い奴が集まる事、アメリアを厭らしい目で見たり見下した目を向けたりする奴らが多い事。
護衛として参加するという意味でも、レーヴェル公爵家の従者としても、そしてただのヴォルフとしても、オークションという場は好きには成れなかった。
あそこには、醜い欲望とそれに伴う憎悪しか感じられなかった。
だがここにはそんな空気は一切ない。
大半がおっさんばかりで、女性そのものが少ない。
女性でかつ若く美しいというだけでアメリアは相当目立つはずなのにそんな事はなく誰もアメリアに見向きもしない。
気づいていないのではなく、居るとわかってもどうでも良いとして気にしていない。
そしてオークションやパーティーの時に良く感じた、欲に妬みに包まれた血走った目がどこからも向いて来ない。
気楽で、そしてアメリアが横で楽しそうにしている。
それだけで、ヴォルフは救われる想いであった。
「ヴォルフも楽しめてるって事?」
「ええ、そう……ですね。もう少しいたいと思う位には」
「それは良かったわ。ありゃ。ついに五千UD越えちゃった。普通の小麦の何倍の値段かしら」
「そろそろ落ち着きますかね」
「どうかしら。だぶんだけど、決着までもうひと悶着ありそう」
「そうですか?」
「うん。そんな空気。それになにより……」
「なにより?」
「その方が面白そうだから!」
まるで昔のアメリアの様に元気に答えるその様子に、ヴォルフは胸に熱い何かを感じる。
元気になったとも、我儘に戻ったともまた違う。
そんなアメリアの様子が気になるヴォルフなどおかまいなし、あっちを見たりこっちを見たりパンフを見たりと慌ただしいアメリア。
そしてパンフを見ながら、ふと平然とした声色で呟いた。
「ねぇヴォルフ?」
「はい。何ですお嬢様」
「ヴォルフも楽しんですよね?」
「はい。間違いなく」
「だよね? だったらこれデートだね」
ヴォルフは噴き出した。
「ぶっ! お、お嬢様!?」
「何?」
「いや、何とかじゃなくて、そんな……」
「男女でオークションとかデートそのものじゃない? まあちょっと雰囲気違うけどね」
そう言って、アメリアは微笑む。
アメリアとしては、大した意味はない。
自由に恋愛する権利のないアメリアにとってそれは本当に、単なる世間話であった。
だけどヴォルフは何も考えられない程に混乱していた。
想像さえしていなかったヘヴィ級ボクサーのパンチの様な言葉に衝撃を受け、どうにか失礼のない様に返答しないとと思いながらも言葉が出てこなかった。
「え、あ、その……」
「ん? なぁに?」
アメリアはじっとヴォルフの方を見つめ、言葉を待つ。
きょとんとした様子で見上げるその仕草は随分と可愛らしく、普段意識しない様にしている事さえ脳裏に浮き上がって来る。
それでも何とか、従者として、傍に仕える者として主に恥をかかせない様にしないといけないけどこの場で肯定するのも違うし褒めるのもおかしな話だし可愛いとか言うのはもっとズレているというか……。
頭の中で言葉がぐるんぐるん。
そんなあからさまな程挙動不審なヴォルフを見て……アメリアは、くすりと微笑んだ。
「貴方、そんなにこういう話題が苦手なの?」
「……え、あー……失礼しました。何分女性と縁がない人生でして」
「そりゃずっと私の傍にいたものね。それとも私の所為じゃなくてヴォルフは男性の方がお好みとか?」
「勘弁してください……。本当にその噂流れた事あんですから……」
「あはは。ごめんごめん。ま、偶には揶揄わせてよ。こんなチャンス滅多にないんだからさ」
「……はぁ。本当に偶にでしたら良いんですけどね」
若干拗ねた様な口調で苦笑するヴォルフにアメリアはくすくすと笑いかける。
それを見てこれは偶にじゃ済まないなぁとヴォルフは小さく溜息を吐いた。
そんな二人の世界に入った彼らを、すぐ後ろの席で手続きを終えたルビィとガーネットが頬を軽く朱に染めながら、じーっと凝視していた。
ありがとうございました。




