数奇者倶楽部
ベジロット・オークションセンターのとある一室にて――。
カラン……と、ワイングラスの中に浮かぶ氷を彼は鳴らす。
いや……彼と断言するのは少々早計だろう。
なにせここは顔さえも視認できない程の薄の暗闇であるのだから。
少ない明りからわかるのはグラスの中に液体と氷が入っている事と、その彼らしき人物を含めて四人が一同に揃っている事。
その位の事だった。
「悪くないな」
彼らしき人物……いや、その声から男性と確定した彼はグラスを傾けた後そう呟いた。
その言葉に残りの三人は何も言わない。
ただ笑っている様にも見えるし、無視している様にも見える。
仲間の様でもあり敵の様でもあって、友の様にも見えて出し抜き合う関係の様にも。
彼らの関係性が見えない。
まるで秘密結社の様でさえあった。
薄暗闇の中という不気味な状況で集う中彼らは――『カチッ』。
スイッチの音と共に、部屋の明かりが照らされる。
「またやってんのあんたらは」
若い……いや幼い女性は部屋の明かりを付けながら、げんなりした様子で呟いた。
「おまっ! 雰囲気台無しだろ! 早くライトを……」
グラスを持つ男はそう叫ぶ。
残りのメンバーも恥ずかしくてマントで顔を隠そうとしたり突然の明かりに眩しくてオロオロしたりと情けない方向性で共通していた。
「馬鹿兄。別に馬鹿が馬鹿をやらないなんてのは無理だしどんな友達を作っても私はまあ、文句は言わないよ」
「友達じゃない! こいつらは我が結社の配下であり、そして潜在的な敵。つまるところの――」
「おい馬鹿。そんな余計な話はどうでも良いんだよ。そろそろキレるぞ? てめぇの道楽にこっちがどれだけ迷惑をかけられたと思ってるんだ? あ?」
妹のマジギレに男は静かに口を紡ぎ、椅子を降りて土下座をする。
男の言葉に嘘はない。
これは結社の集いであり、そして彼らは同胞でありつつも商売敵でありいつ裏切るかわからない関係性である。
だがそれはそれとして馬鹿な趣味に付き合ってくれる位皆仲良しだし、ついでに言えば妹の方がよほど怖かった。
なにせこの男、妹がいなければ人見知りし過ぎて文字通り何一つ出来なくなる。
農業以外は無能なのに妹がいなければ農業さえも出来ず、ただの無能と成り果てる。
外付け良心の妹に頭が上がらないのは当然の事であった。
「繰り返すが、お前がどれだけ馬鹿をしても構わん。むしろヒッキーまっしぐらなあんたが誰かと仲良くしてくれて嬉しい位よ。という訳で皆さんには怒ってませんからね」
「うぃ」
「それな」
「へい」
彼らは揃って首謀者らしき男の妹に返事をする。
わかっているからだ。
この場において誰が一番強いというかを。
そして、誰が一番馬鹿であるかという事を。
「この馬鹿はほっとけば年単位で人と会わず話さずという事にもなりかねない。寂しがりな癖にコミュ能力死に過ぎなのよ」
「それな」
「わかる」
「確かに」
マントで顔を隠す女性、大きな体で目を両手で覆う男性、小柄で細身の男性。
彼らは一同にその意見に頷く。
自分達も真っ当とは言えないが、彼程人付き合いが下手くそではない。
彼以上に人付き合いが酷い人間などいる訳がない。
もしいたら鼻でうどんを喰っても良い。
そう彼らが確信する程に、彼の対人関係は酷い物だった。
同時刻、海賊船の中でジャックは盛大にくしゃみをした。
彼の妹は小さく溜息を吐いた後、彼の友達達の方に目を向けた。
「ま、だから皆さんには本当に感謝をしているんですよ。いつもうちの馬鹿の相手ありがとうございます」
「それな」
「わかる」
「せやせや」
「ええ。だからこのごっこ遊び自体には文句はないんですよ。ですけどね……」
さっきまでのにこやかな表情は一瞬で消え、空気が冷え込む。
彼らは「ひえっ」と小さな悲鳴を漏らした。
「お兄ちゃん、私……言いましたよね? 部屋を暗くして飲み物を飲むなと……恰好付けて零して……それを私が掃除するの、何度目だと思ってるんですか?」
妹の言葉に兄は答えない。
ただ、真摯に土下座をし頭を上げないだけ。
何を言っても言い訳になるとわかるからこその、男の唯一出来る誠実な行為であった。
ちなみに怒られるのを知っているから、残り三人は何も飲み物を飲んでいない。
これまで散々怒られて来たのだからそれ位理解していた。
何故か一番怒られている馬鹿兄は理解していない様だが。
妹は盛大に溜息を吐いた後、テーブルに置かれた兄のグラスを手に取り一気に飲み干す。
これで許してやると言わんばかりに。
そんな兄の痴態を見ながらのぶどうジュースは、悲しいけれど割と美味しかった。
才能だけはあると言わんばかりに。
そのまま、妹はワイングラスとジュースの容器を持って、無言で部屋を去って行った。
数秒程土下座を維持した後、男は部屋の明かりを消し椅子に座り直し意味深な笑みを浮かべだした。
「くくっ。さて、本日の会合を始めようか」
この流れで話戻すとかこいつどんなメンタルしてるんだ。
そう思った三人だがそれは言葉にしなかった。
そうする位の優しさを彼らは持ち合わせていた。
「それで、今日の様子はどうだ?」
彼の言葉に唯一の女性が堪えた。
「午前に参加したけど……まあいつも通り。代り映えのない物だったわ」
「そうか……つまらんな。常識に支配された凡人しかいないというのは。我らの様な新世界を生きるに相応しい……野心的な奴は現れんものか」
「落胆するのは……早い、かも」
小柄な男の言葉に、彼はぴくりと耳を動かした。
「ほぅ……。何かあったのか?」
「う、ううん。そうじゃないけど……ほら、今やってる午後二、それに……新しい名前が……」
「ほぅ。新入りか」
「それも……農家経験一月未満の、本物の新入り」
「ほうほうほうほう! タイミング的に初売りかその次位か。それでニュービーがここに出品するような物を! 自薦か、他薦か?」
「た、他薦。品種は……星鉄人参」
「ふむ……あのじゃじゃ馬をわざわざか。……ふむふむふむふむ。良いではないか。久々に我らが結社に引き入れるに相応しいかもしれぬ相手が出たか。とは言え、ただの失敗の可能性もある。これは念入りにテストしなければならぬかもしれんあぁ……ふふ、ふふふ……ふぅーわっはっはっはげふっ。ご、がっはがっが」
慣れぬシャウト寄りの高笑いに彼は咽せ、大柄の男性がそっとその背中をさすった。
「す、すまんな。そう言う事なら、まずは見せてもらおうではないか。そのニュービーの実力とやらを」
男は涙目で咽るのを我慢しながら部屋の壁を透過モードに変え、オークションハウス内の様子を映し出す。
まるでガラス張りの特別席……みたいな雰囲気にした後、彼らはそっとオペラグラスでその様子を眺めだした。
モニターなのだからズーム機能を使えば良いだけというのに。
「さあ……この高みに登れる資格があるか確かめてやろう。この……変わり物野菜愛好家の集い『数奇者倶楽部』に!」
キリっとした顔で彼はそう叫んだ後……静かに部屋の明かりをつけ秘密結社モードから友達とのだべりモードに変えた。
「なぁ。さっきのカボチャ安すぎない? いくら甘さが全くない品種とは言えあんなたたき売りみたいな値段で終わるのは……」
オークションの木槌の音と共に終値が表示され、彼は友達にそう愚痴る。
「たぶん、時期が悪かった……」
「あとここにいる客層って大半が加工業か料理関係じゃん。そりゃ甘くないカボチャは買わんわ」
「甘いのが……美味しい……」
仲間達の意見を聞きながら、彼は頷きノートを取り出しメモを取る。
そんな野菜品評会をしだしてから少しして、妹が再び部屋に入ってきて彼らにケーキと、ストローがついたグラスにジュースを注ぎテーブルに配っていった。
非常ににこやかな、年相応な顔で彼女は楽しそうながら真面目に考察する兄を見つめていた。
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