海賊船は本日も平穏なり
海賊船という名の宙船の中、アメリアは一人静かな時間を味わっていた。
心配性のヴォルフが去って、置いて行った紙製少年向けコミックを読んで……そんな最中ノックもなしに乱暴にドアが開かれる。
「な、何事!?」
慌て茫然としているアメリアに、ルビィとガーネットがとびかかる様にというか飛びつき抱き着いて来た。
「大丈夫! 痛いところない!? 呼吸出来てる! 頭痛は!?」
「ごめんなさいアメリアちゃん……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
叫び問診というよりも狂乱するルビィとただただ静かに泣きながら謝罪をするガーネット。
あまりの事にアメリアは何も言う事が出来ずただ抱き着かれ茫然とする事しか出来なかった。
「……大変よルビィ! アメリアちゃん反応がないわ!」
「ああやっぱり負荷が……今すぐオペの準備を! 絶対に助け――」
放置すると本当にたいへんな事になるという事実に気付き、ようやくアメリアは再起動しはっと我に返った。
「いやいやいやいやストップストップストーップ!」
大きな声で叫び、手を伸ばし二人を押しのけた。
「え? アメリアちゃん?」
「大丈夫だから!? 診断もパスしたから!」
「でも……でも……あんな無茶をして鼻血が……」
「いや、大げさにされて恥ずかしいけどアレ初戦闘で興奮しただけだから!」
「……へ?」
「本当に問題ないの! 何ならまた接続してみせようか?」
「……本当の本当?」
「うん。ほら、元気一杯だから。むしろそこまで仰々しくされる方が困るって」
そう言ってアメリアは笑ってみせる。
実際本当にその通り健康そのものであり、既にあの程度の事はどうでも良くなっている。
何なら読んでいたコミックが割と良いところで続きを早く読みたいとまで思っている位にはどうでも良い事だった。
「……うん。それでも……私達はアメリアちゃんに謝らないといけないの」
二人はアメリアから少し離れ、しょんぼりした様子で正面に立った。
「いや、二人共私の指示ちゃんと聞いて頑張ってくれたじゃん。謝る事なんてそうないよ?」
強いて先の戦闘で謝る必要がある人がいるとするならば、見逃しが多くて被弾につなげたジャック位だ。
だがその彼も失点と呼ぶ程ではなく、仕事は思ったよりも出来ていた方だった。
あくまで思ったよりも出来ていたという程度であり、他の人と比べたら大分アレだったが。
「……そうじゃないの。そうじゃなくて……」
ルビィは言い辛そうに、泣きそうな顔でそう言葉にする。
その言葉を、ガーネットが続け拾った。
「……手を抜いてたのよ。私達は」
「――は?」
「……怒る気持ちもわかるっす。アメリアちゃんはあんな無茶をしたのに……私達は……ちっぽけな女心何かで……」
「いや、ちょっと怒ってるとかじゃなくて、それ本当の話?」
二人は、アメリアに懺悔する様な重苦しい表情を浮かべ頷いた。
静かに、アメリアの顔色が青くなる。
怒ってなんていない。
むしろそれが事実であるのなら、ただただ恐怖でしかない。
たった二人で船を全部操作し全力戦闘していたというのに、それでさえまだ全力でなかったという。
それが真実ならば、もはや単なる化物だ。
「ごめんなさい。……でも、本気ではあったの。ただ……まだ手段が残っていただけで……」
「嘘でしょ……」
「……煮ても焼いても良いっす。私達はそれだけの事をアメリアちゃんに――」
「だから怒ってないって! ただ驚いてるだけだから。それに」
「それに?」
「ルビィとガーネットが意味なく手を抜く訳がないって事はわかってるわ。それなりの理由があったんでしょ? 全力を出せなかった理由が」
短い付き合いであるが、アメリアもそれ位はわかっている。
というかルビィ、ガーネットがジャックの危機に全力で対処をしない訳がない。
「……アメリアちゃんにはさ、話したよね。軽くだけど、私達がアニキをリスペクトする理由」
「え? ああ、うん。聞いたよ」
短い間で、女だけの時間で、それは確かに聞いた。
詳しい事は省かれたが、命の危機にジャックに助けられ、その上ジャックは彼女達を助ける為に大切な物を山ほど捨てて、彼女達が失った物を取り戻してくれたと。
逆に言えば、それ位しかアメリアは聞いていないが。
ルビィは静かに右手を伸ばす。
そして――その手を展開してみせた。
かしゃり、かしゃりと機械音を響かせ、手がバラバラに変形し、全てが蜘蛛の足の様にバラバラに稼働する。
銀色に輝く内部が露見し、人のソレではなくなった不気味な形。
無機質と有機物の境界線に立つその手の指の数は、本来の五本から三列十本の合計三十本となっていた。
「……え?」
「文字通りね、私は死にかけた。体で無事な部分なんて全然なかった。再生機で補う事さえ出来ない程に。だから……私の体は大半が機械での代価なの」
「それ……は……」
アメリアは何も言えない。
確かにこういう時代だ。
諸々の事情で体を機械に変える人もいるし、自ら望み機械の体を部分的に換装する者もいるだろう。
だが、それでも心は違う。
機械の体を受け入れる心というのは、人間が持つに難しい物。
だから、機械換装は部分的にのみ可能と考えられる。
体の大半を機械に換装する人は極めて少ない。
二割を超えたら、自己が何なのか定義出来なくなると考えられていた。
その人間離れしきった異形の機械腕を見る限り、最低でも五割。
話を聞く限りは八割以上が機械であると想像出来てしまった。
「同じ損失でもルビィと私は微妙に違うっす。ルビィはメインが怪我とかの物理的な損失。私は……病的な物だったっすね」
そう言って、ガーネットは耳の奥からすーっとコードを一本引っ張る。
アメリアはそれを良く知っている。
脳波コントールよりも原始的で、物理操作よりも尚密接に繋がる物。
機械と脳をダイレクトにリンクする為のジャック端子。
それがあるという事は体内に機械を持っているという事であり、そして脳を生体コンピューターで補助している事を示している。
電脳という技術もあるが、今回それは関係ない。
純人間という種族で完全電脳化に耐えられた者は今のところ誰もいないからだ。
ただ、ガーネットは限りなく電脳に近い状態となっていた。
「一番酷い時は脳が半分死んでいたらしいっす。まあ、孤児でスラム街にいた私には良くわからない事っすけど。……そんな私を、何の見返りもなく助けてくれたのがアニキっす」
ガーネットはそう言葉にし、続きを言おうとして……。
「もう良いから何も言わなくて!」
アメリアは叫ぶ。
そう、何も言わなくてもわかっている。
それが、どういう物なのか。
「でも……」
ルビィの言葉を更に上書きする。
「要するに、女の子に見られたいから使いたくなかったってだけでしょ! その位の気持ち恋した事がない私だってわかるわよ!」
「アメリアちゃん……」
「謝罪もいらないわ! というか欲しくないわよそんな謝罪。だからこれでおしまい! 良い!?」
「……ありがとう。アメリアちゃん」
「別に感謝される事なんて何もないって」
「……うん。でも、だからこそ覚えておいて欲しいっす。私達はこういう事が出来るって。命じてくれたら踏ん切り付くから」
「……ん。そんな事ないと思いたいけど……二人の覚悟も受け入れる! その時は私の口からちゃんと命令するわ」
「助かるっす」
「んでさ、一つ聞きたいんだけど……そのキャプテンは二人の体について何か言うの?」
アメリアはもしあいつが機械の体を嫌がったりそれで女性に見られないなんて事を言っていたらぶん殴ってやると思いながら、そんな事を尋ねてみた。
二人は生暖かいというか困ったというか、そんな温ま湯みたいな表情を浮かべた。
「……羨ましそうにするっすね。かっこいいってべた褒めしながら……」
そこに嫌味や妬みはない。
ただの、純粋な子供心のみである。
「……それは……複雑ね」
「うん。複雑っす」
「嫌がりもしないけど、女にも見て貰えないというか最初からあまり見られてないというか……複雑っす」
アメリアもそのジャックの反応があまりにも予想通りすぎて苦笑する事しか出来なかった。
長く一緒に居すぎたからか、あいつがただ子供なだけか、それとも両方か。
アメリアにはわからない。
女心がわからないと男が言う様に、男が何を考えてそんな事をしているのかアメリアには理解出来そうになかった。
「ところで私からも質問なんすけど、良いっすか?」
ガーネットはアメリアに向きそう尋ねた。
「ん? 別に良いわよ。何?」
「えっと、アメリアちゃん恋をした事がないんすか?」
「うん。婚約者とかいた事はあったよ? めっちゃ気が合わなかったけど」
「……本当に恋をした事がない?」
「え? うん? どしたの二人共。そんなニヤニヤした顔をして」
「んーん。何でもないっすよー」
「そうそう。何でもないわよ。微笑ましいとかそう言う事思ってないから」
アメリアはニヤニヤする二人の気持ちが良くわからず、静かに首を傾げながら『続き早く読みたいなぁ』なんて事を考えていた。
ぱちんと、コマを弾く音が一つ。
マス目に合わせ動かされたそれを、二人は見る。
「……それで、大丈夫だったんだな?」
ジャックはヴォルフの部屋にて、静かにそう尋ねた。
ヴォルフは頷く代わりにコマを一つ動かした。
「はい。間違いなく」
「そうか」
ぱちん。
「直接尋ねたないのですか?」
ぱちん。
「野郎が女性の部屋に行くと嫌がられるだろうが」
ぱちん。
「キャプテンってそういうところ気にしますよね。意外と」
「女心は良くわからないからな。右腕左腕にも良く迷惑をかける。それでも気を使わないと駄目だろ。キャプテンってのは、皆の見本になってこそなんだから」
ぱちんぱちん。
「そういうところ、素直に尊敬します」
ぱちんと、一つ音が鳴る。
そこで、ジャックの手は止まった。
「……待ったは、アリか?」
「いや、別に良いですけど……多少巻き戻っても詰みだと思いますよ」
ヴォルフの言葉にジャックは眉を寄せる。
ジャックの用意した『海賊対海軍』というボードゲームは厚紙で出来たマップと船を示すコマにて構成された非常にレトロなゲームだった。
海軍側はミサイルを使い海賊を殲滅するか、船を動かて海賊船に触れ全員捕縛すれば勝ち。
海賊側は伏兵と大砲を用いて海軍を出し抜き、奥にある宝を得て離脱するか海軍を掃滅すれば勝ち。
シンプルかつ運要素が大きなゲームで本来ならそれほど実力差が出るゲームではないのだが、あまりにもジャックの目論見がわかりやすすぎてヴォルフは負ける気がしなくなっていた。
「……もう一度だ。次は負けねぇ」
「別に良いですけど、次はキャプテンの方が海軍で行きませんか? それなら勝率そこそこありますよ?」
「はっ! 悪の男であるこの俺が正義など背負える訳がないだろう。まあ見ておけ! 次こそ海賊の在り方を俺が教えてやる」
そしてジャックが海賊コマを手にしたその時が、負けが確定した瞬間だった。
ありがとうございました。




