『馬車』
玄関にて用意された靴を見て、アメリアは静かに微笑を浮かべる。
いつだって、気分の良い物であった。
まっさらで汚れのない、新品靴という物は。
ただ見るだけで気分が良くなる。
特にそれが父親からのプレゼントであるというのなら猶更だ。
我儘で好き放題のアメリアではあるが、靴だけはいつも、父から命じられた物を履く。
とは言え命じるのが父親であり、そして侯爵である為逆らうつもりはなく、そして例え逆らえたとしても……こと靴の事に関してはアメリアは逆らうつもりも理由さえもない。
定められた靴を履くなんて変わった命令はレーヴェル公爵家の家訓とか何とかそういう理由らしいが、詳しくはアメリアも知らない。
というか興味もない。
ただ、侯爵に用意された靴のサイズはいつも完璧で、歩きやすくて疲れ辛く、それでいてデザインもこれまでアメリアがダサいと思った物は一度もなかった。
いつだって自分の予想よりも何倍も可愛くて、恰好良くて、センスのいい靴が父から贈られてくる。
だから、新しい靴の日は喜びが沸き上がる日となっている。
この瞬間、自分は父から愛されていると感じられて。
「本当、パパって靴のセンス凄いよね。一体どういう理屈なのかしら」
「もう少し、お嬢様が大きくなれば教えていただけますよ。贈る理由も含めて」
「私もう十六よ? 十分成人でしょ。……って、ヴォルフは知ってるの?」
「ええ」
「何で?」
「調べましたので」
「そっか。じゃ、教え――」
「駄目です」
「何で!?」
「お嬢様から調べる楽しさを奪いたくありませんので」
「むぅ。ヴォルフってさぁ、本当そう言うとこあるよね。融通が利かなくて面倒で」
「自分でもそう思います。さあ、早く準備を」
「はいはい」
そう言いながら、若干ムッとした顔でアメリアは靴を履き、すぐ笑顔に戻った。
彼女はまるで妖精の様な可憐な笑顔でステップを踏む。
楽しそうに、幸せそうに……。
「……ヴォルフ? どうしたのじっと見て。貴方も私の靴が気になったの?」
「い、いえ。失礼しました。何でもありません。お時間がありませんので急ぎましょう」
「そう? そんな急ぐ程じゃないでしょ。すぐそこなんだから」
「それでも、もしもがありますので」
そんな少し急かすヴォルフの様子を見て、きっと自分が登校した後仕事が詰まっているのだろうとアメリアは考え素直にドアの外に出た。
「ま、主人としてその位の気遣いはしないとね」
「え? 何ですか?」
「何でもないわ。ほら、付き合いなさい」
「ええ。喜んで」
そう言って、ヴォルフはアメリアの左斜め後ろから追尾する。
従者として一歩後ろに追従する。
それはアメリアからしたら面倒だと感じる事ではあった。
だが、否定はしない。
その面倒さは全て、ヴォルフがアメリアの為を想ってやっている事なのだから。
婚約者が存在しているアメリアの為、不要なトラブル対策として隣を開け、婚約者以外の誰も傍に寄せようとしない。
その位は流石にアメリアでも理解出来た。
「あのさ、ヴォルフ」
「はい。何でしょうか」
「私が学園に行った後あんた何してるの? いや、忙しいのはわかってるわよちゃんと。だけどあんたの主として聞いても良いと思って……」
「そう……ですね。毎日違う事をしておりますが、本日目下の予定は剣の訓練ですかね」
「へぇ! あんたにしてはセンスある事してるじゃない。でもどうしてそんな事してるの? 今時剣での戦闘なんてないでしょ。ぶっちゃけ戦うなら別に剣でなくとも……」
「護衛としての能力を高めておきたくて。それと、剣でしたら儀礼の場でも持ち合わせる事がありますから」
「ふーん。良いわね。一応主とお礼を言っておくわ。その調子で励みなさい」
「光栄です」
「……あんたとの付き合いってどの位だっけ?」
「十年程ですね」
「そ。……良い拾い物したわ。グッジョブよ過去の私」
そう言って、にししとちょっと品なく笑うアメリア。
その様子を見て……ヴォルフも微笑を浮かべて……。
「ん? あんた今笑った?」
「いえ、笑っておりませんが」
「本当?」
「ええ、笑う様な事などありませんでしたから」
「そか。……いや笑ってたでしょ?」
「気のせいです」
「えー!」
わいやわいやと騒がしく話すが、それに文句を付ける者はいない。
というよりも、今この場には二人を除き他に誰もいない。
なにせ、この領地は全てアメリアの為に用意された物であり、他の誰も入る事が出来ないのだから。
騒ぎながら歩いているあっという間に港に到着する。
港には、まだ馬車は来ていなかった。
「何よ。まだ時間に余裕あるじゃない」
アメリアがそう言ってぶすくれると、ヴォルフは上を指差した。
「いいえ。ギリギリでした」
アメリアは指先に釣られ空を見る。
そこには、小さな四つの光が灯っていた。
こちらに近づく、緑色の四つの光が。
光は、すぐその正体を現した。
空を覆い尽くす、白き鋼。
アメリアが学園に登校する為だけに用意された、アメリアの為の船。
星の海を駆ける宙船、宇宙船『トール・ペガサス号』。
貴族の公的移動手段として用意された宙船を、彼らは『馬車』と呼称する。
馬車は耐熱性能が高く多少の損傷なら再生する特殊金属にて舗装されたその場所、ヘリポートを彷彿とさせる通称『港』に着陸すると、主を迎える為その扉が開かれた。
「ではお嬢様。行ってらっしゃいませ」
「ええ。行ってきます。ヴォルフもまあ頑張ってね」
ひらひらと手を振りながら、アメリアは馬車に搭乗していく。
扉が閉まると四つの惑星航行用エンジンが激しいパルス光を放ちながら重力を軽減し、浮上しそのまま空に還っていった。
それをヴォルフは静かに、じっと見守る。
その姿が見えなくなるまで、じっと……。
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