遭遇戦2
逃げ纏う巨大な海賊船。
海の上でない事が恐ろしく違和感となるなんてこの星海にはあまりにも歪な外見だが、そのサイズは大型の中でもほぼ最上位。
ただ逃げるだけであっても全速力ならなかなかに迫力があるものだった。
その姿を、銀の船が追い立てる。
ミサイルを、レーザーを、キャノン砲を撃ち、中型とは思えない程の火力を叩きつけていく。
それでも、海賊船に傷はない。
サイズでは考えられない程機敏に回避し、また多少の被弾もシールドにより無効化されていく。
とは言え、シールドに関しては当然の事とも言える。
そのシールドの吸収量と最大容量こそが大型船最大の長所なのだから。
だけど、それは決して無敵という訳ではない。
攻撃が当たる度にエネルギーを消費しシールドを張り直しているのだから。
エネルギーと攻撃のトレードイン。
それがシールドと呼ばれる物の特徴であった。
攻撃が当たる為に艦内に揺れ、衝撃に襲われる。
緊急回避の度に軽減されているとは言え大きなGが襲い、ジリジリと危機感が迫って来る。
そんな状態でも、ルビィとガーネット以外はただ見ている事しか出来なかった。
「エネルギー容量マイナス三パーセント。ルビィ、もう少し回避に専念して!」
「これ以上は無理!」
「でもこれじゃあ……」
「わかってる!」
そう叫び合う彼女達の様子から、状況が芳しくない事は容易に見て取れた。
アメリアに至ってはなまじ中途半端に知識がある分、モニターと計器からより鮮明に絶望的な状況が理解出来てしまっていた。
相手の戦力は現時点確認済みの物だけで、六門の小型レーザーと一門の中型レーザー。
十二門のキャノン砲と六基のミサイル装置。
大してこちらは……未だ一度も攻撃が叶っていない。
何を積んでいるのかアメリアにはわからないが、全ての武装が射程か精密性かに問題があり使用できない状況らしい。
いや、むしろ逆だろう。
相手がこちらの射程を完全に見切り、その対策を取った武装をしていると考えた方がわかりやすい。
相手が高速機動艦でありながらも重武装というチグハグな状態なのは、ピンポイントでメタを張ったから。
そう見て取れた。
どうやら、相当恨みを買っているらしい。
ついでに言えば、相手がまき散らすミサイルやキャノン砲弾の残骸も時間経過による自壊が確認出来た。
環境の環境を汚染しない分解システムを内蔵した武装。
つまり、相手は国際法を順守しているという事だ。
宇宙を汚す行為は犯罪の中でもかなり重たい罪に分類される。
場合によってはこの場でそれを理由に救援を求められる位に。
今回は相手が順守しているからその目論見は叶わなかったが。
一方的な攻撃も当然国際法違反なのだが……こっちは海賊を名乗っている。
例え口だけであっても、外から見た時の印象が良い訳がない。
だから、相手に悲しい程に正当性が確保されてしまっていた。
被弾、回避、被弾、回避、被弾、被弾、被弾……。
モニターには絶望と言える情報しか入ってこない。
機動力は相手の方が優れていて、ジリジリと追いかけながらも一定の距離を取る。
そしてその距離からアウトレンジで……いや、ミドルレンジで攻撃を重ねて来る。
絶対勝てる間合いを取り続けるというのは戦略としても間違っておらず、非常に上手なやり方と言えるだろう。
正しく蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。
ピンチでありながらもアメリアはどこか感心にも似た感情を持っていた。
一方こっちは……。
いや、たった二人でこれだけの事が出来るのは本当に凄い。
一切オート自動操縦モードを使わずに回避行動を行えるパイロットが、この世界にどれほどいる事だろうか。
軍の正規パイロットでさえ部分的オートに頼っているというのに。
緊急時に回避行動を行う前の艦体パラメータ情報調査なんていちいちやってられない。
そういう細かい事は全部AI判定で『合否』だけを教えて貰う。
それが普通なのにだが、ルビィとガーネットはAIで行うべき事さえ全部自力で行っている。
純粋な技量だけで見ても所詮学生のアメリアとは雲泥の差。
その全てが二人は高度なレベルで習得されている。
――だけど……それでも、思ってしまうのだ。
――もしも、今、自分だったら……。
「お嬢様」
ヴォルフに声をかけられ、アメリアははっと我に返った。
「ん? な、何? どうしたの!?」
「いえ、心ここにあらずの様子だったので」
「ご、ごめん! 集中しないとね。何かお手伝いを……」
「お嬢様」
じっと、ヴォルフはアメリアを見つめた。
その誤魔化す心を、窘める様に……。
「俺は、何もわかりません。モニターを見ても、機械を見ても、何が何やらで理解する事が出来ません。ですが……お嬢様はきっと現状が理解出来ているんですよね」
「それは……」
「お嬢様。……何か、出来る事があるんですよね?」
アメリアは、何も答えない。
だけど、ヴォルフは一方的に言葉を続けた。
「お嬢様の能力で何とか出来るんですよね? この場の打開策があるんですよね?」
「……買いかぶり過ぎだよヴォルフ……」
「そんな事はありません」
「どうして?」
「何故なら、お嬢様だからです」
「何よそれ。意味がわからないわ。……あの二人は凄いよ。私なんか足元にも及ばない位。だから……」
「実際に出来る事がないなら俺も言いません。でも、お嬢様……、彼女達の優秀さをただの言い訳に使っていませんか?」
「そんな事は……」
「安心してください。失敗しても俺が何とかしてみせます。絶対に。機械とかはわかりませんが、俺にも出来る事はありますから。だから……」
アメリアは、ヴォルフの顔を見てしまう。
その眼に気付いてしまう。
その、信頼しか籠っていない瞳に……。
子供の頃からずっとこうである。
例えどんな時であれ、意味もない信頼をヴォルフは向けてくる。
出来ないと言っても聞いてくれずに。
そんな目をされたら、もう駄目だ。
期待に応えないとなんて思ってしまう位には、その眼にアメリアは弱かった――。
「はぁ……。頑固で融通が利かなくて……本当に全くもう……どうしてこんな風に育ってしまったのかしらねぇ」
「すいません。ですが頑固なのはお嬢様譲りだと思いますよ?」
「言うじゃない」
アメリアは微笑み、シートベルトを外し席を立つ。
従者の期待に応える為、出来る事をする為に。
だけど、その前に一つやらないといけない事がある。
ある意味それが一番大変な事だろう。
アメリアはジャックの傍に移動した。
そして声をかけようとして……。
「ったく。幼馴染なのか知らねーけど……お互いわかってますなんて相棒アピールしやがって……。恰好良いじゃねぇか。くっくっくっ」
ジャックはそんな事を呟きニヒルに笑う。
嫌味でも悪口でも何でもなく、純粋にそういうやり取りが羨ましかったから悔しくて対抗心を燃やして。
なにせジャックは店に行って『いつもの』というやり取りに憧れるタイプの人間だからだ。
精神が子供とも言う。
「今はそんなやり取りをしてる時間は……」
「わかってる。何か出来る事があるんだろ?」
「うん。説明してる時間はあんまないけど、私は……」
「良いぜ」
「……へ?」
「好きにしろ。キャプテンとしての命令だ。艦長の名前以外なら、好きなもん使いな」
「そんな簡単に……」
「簡単じゃねぇ。俺の船を、誇りの旗をてめぇに預けるんだ。簡単な訳がないだろう」
「でも、だったらどうして付き合いの浅い私にそんなあっさり……」
いつもどこを見ているかわからないジャックが、しっかりとアメリアの顔に目を向ける。
その顔は……非常にムカつく程の呆れ顔だった。
「てめぇ、馬鹿だろ? 部下を信じない艦長がどこにいる? てめぇは俺の部下だ。それだけで十分だろうが。……ああ、安心しな。責任は俺が取る。失敗しても構わん。好きにやってみな」
ジャックの言葉は、ただの恰好付けでありいつもの何も考えてない様な口ぶりだ。
だけど……アメリアは、その言葉に勇気づけられた。
死ぬ程納得したくなくて、認めたくないけど……ジャックのその堂々としたそぶりから、父親と同じ矜持の様な物を感じ取っていた。
「後から文句を言わないで頂戴ね」
「そんな恰好悪い事しねーよ。それより……やるなら早くしてくれ」
「あの二人が心配だもんね」
「いいや。俺の膀胱が心配なのさ」
そう言葉にするジャックの足は、ガクガクと震えていた。
「トイレに行くなら今の内にどうぞ。もう少ししたらそんな余裕なくなるからね」
そう言葉にしてから、アメリアはジャックの傍から離れ、部屋の中央付近に移動した。
ありがとうございました。




