お手伝い見習い希望(仮)
朝になり、目を覚ましたアメリアは身支度を整え管制室に向かった時には既に全員がそこに揃っていた。
どうやら、思った以上に部屋が快適過ぎて寝過ごしたらしい。
まだまだなり立てとは言え農家として少し恥ずかしい気持ちを覚える。
アメリアは少し慌てた様子で皆に声をかけた。
「おはようございます。すいません遅刻しました」
「おはようございますお嬢様。そう言う訳ではありませんのでご安心を」
「そう? ところで……それ、突っ込んで良い?」
アメリアは迷いを見せる様な表情で、ヴォルフの恰好について尋ねてみた。
「……笑って下さい」
「笑う程似合ってない訳もでもないよ?」
「……それはそれで複雑ですね」
そう、黒一色となったヴォルフは呟いた。
ヴォルフの服装は黒一色のスーツに中折れ帽子となかなかにハードボイルな感じになっていた。
ニュアンスで言えば若干ジャックと似ているが、雰囲気は全く異なる。
ジャックはその外見だけは本当に極悪であり、十分に殺し屋の様な雰囲気が出ている。
ギロリと睨めばちょっと気の弱い人なら震えあがるだろう。
まあ、口を開けば全て台無しになるが。
一方ヴォルフの場合は悪党という程の外見ではなく、かといって善人にも見えず清潔感もない。
強いて言えば……ホスト崩れの様な雰囲気が出ていた。
またはちょっとガラの悪い用心棒。
かなり贔屓目に悪者に見たとしても、マフィアの下っ端が精々だろう。
大幹部らしさのあるジャックには到底及ばない。
「ヴォルフは予備の服とか用意してなかったの?」
「用意していましたけど……何故かこれが用意されてて……」
アメリアとヴォルフはジャックの方に目を向けた。
「俺の右足となる男だ。その位はキメても良いだろ?」
相変わらずな似合わない気障な笑みを浮かべながらのジャックの言葉。
それを聞いて、ヴォルフは脱力した表情を浮かべていた。
「うん。まあ……似合うけど……」
「けど、何でしょうか?」
「何と言うか……服装が変わったら……」
「はい」
「寝取られた気分」
「淑女が使う言葉じゃないですよお嬢様」
「今の私は海賊だから」
「ああもう……」
ヴォルフは困った顔で、盛大に溜息を吐いた。
「さて……と、ルビィさん、私はどうすれば良い? とりあえず操縦の内容とか出来そうな事は紙に羅列してきたけど」
「わざわざ紙に書かなくても部屋備え付けの端末からメッセで良かったっすよ?」
ルビィの言葉に、アメリアはぽかーんとした顔を浮かべた。
「あ、端末通信なんて存在すっかり忘れてた。……あの惑星暮らしそんな長くなかったのになぁ」
「元々あまり端末で連絡する事ありませんでしたからねお嬢様は」
「友達いなくて悪かったわね」
「いえ、失礼しました。そういう意味じゃなかったんですが……」
「わかってるわよ」
そう言いながらもどこか拗ねるアメリアにヴォルフは困った顔を見せる。
そんな二人を微笑ましい目で見ながら、ルビィとガーネットはアメリアからその紙を受け取った。
「あら、本当に優秀っすね。何でも出来るじゃないっすか」
「そうっすね。お嬢様とは思ってたけど、もしかして軍人の家系だったりする?」
ルビィとガーネットは微笑み頷きながらそう言い合った。
「いえそんな事は……。それにこの船を操作する二人にはとてもとても……」
「あはは、こんなん誰でも出来るっすよ。慣れっすよ、慣れ」
絶対嘘である、そんな訳がない。
慣れで大型船を小型船と同じ感覚で扱える訳がない。
きっと想像もできない様な経歴があるのだろう。
「……はぁ」
何も言えず、アメリアはそっと溜息を吐いた。
「ほぅ。新入りはそんなに優秀か?」
ジャックがアメリアの能力に興味を持ったのか、ルビィに尋ねてきた。
「はいっす! エリート教育プログラムの上澄みレベルはあるっすね。若く美しく優秀。素晴らしいと思うっすよ」
「間違いないっす。将来有望過ぎる位っす」
「そうか。お前らが言うのならそうなんだろう。……くくっ。やはりお前が俺の宝だったか」
そんな嬉しそうなジャックの反応を見て、ルビィとガーネットは急にすんと表情を落とした。
「でも年頃の女の子っすから変な事したら駄目っすよ?」
「そうっす。肩を叩くのは当然、下手に声をかけるのさえも辛い思いをさせたりするし、場合によっちゃ犯罪になる可能性もあるっす」
「……ちっ。めんどくせぇ。だけど新入りに嫌な思いをさせるのも女を傷つけるのもキャプテンのやる事じゃねぇな。お前ら、やったらいけない事は後で教えろ」
「もちろんっす!」
ルビィは満面の笑みで頷いた。
「ん? 待てよ? だったら俺はお前らにも気を付けないといけないんじゃないか? 肩を叩くとか今まであったが……」
「私達は幾ら触っても何しても良いんです!」
「そうっす! 私達は右腕と左腕。この海賊船の初期メンバー。そんな事程度じゃ私達の絆は壊れないっす!」
「はっ! そうだったな。お前らは俺の右腕と左腕だ。腕に遠慮する馬鹿はいないな」
「そうっす!」
そう、二人はジャックに迫る様な行きおいで叫んだ。
「だったら、話を戻そう。右腕、左腕。そして新しい俺の右足。そこまでは良い。その新入りの、アメリアはどうすべきだと思う?」
「……はい? どうすべきって、えっと……」
ルビィは少し困った顔で尋ね返した。
「決まっているだろう。アメリアの呼び名だ。一人だけ何もなしってのは可哀想だからな!」
いや別にどうでも良い……とも思ったアメリアだがわざわざ否定すると変に落ち込みそうだから黙っておく事にした。
正直言えば、ジャックの行動は幼稚なごっこ遊びだと思っている。
だけど、それでも、そのジャックが全ての中心にいる。
あのルビィとガーネットが心から従い尽くしている。
である以上、アメリアもヴォルフも流石に空気を読んだ。
「ふむ。難しいっすね。割と何でも出来るっす。正直左足でも良いんですけど……」
「女を足蹴にする趣味はない」
「っすよね。……うーん。……アメリアちゃんは何かあるっすか? 希望?」
「え? ……うーん。そう言われても……」
腕を組み、アメリアは考える。
どうでも良いとはいえ、はっきり言ってこれはチャンスだ。
なにせここで自分が決めたら恥ずかしい呼び名にならなくても良い。
下手に任せたらどんな痛い名前が付くのかわかったものじゃあない。
とは言え思いつくかと言えばそうでもなく……。
腕を組み、考え……ぴこーんと、アメリアの頭に電球が灯った。
「あ、『お手伝いさん』でお願いします」
「……何か……地味じゃないか? お前の従者は『俺の右足』なんだが……」
ジャックは嫌そうな……というよりも『遠慮するな』みたいな顔でそう提案してきた。
「ううん! 私はこんな感じなんで! ほら、新入りだしわかりやすい事も大切だし、海賊のお手伝いさんってのも可愛いし浪漫もあるし! ね?」
強引に、押し切る様にアメリアはそう言い切る。
ジャックは納得した様な表情は見せないが、渋々と言った顔で頷いた。
「まあ、本人の希望だ。とりあえずはお手伝いさんという事で仮決定だ」
ジャックの言葉にアメリアはほっと息を撫でおろした。
「それでも仮決定なのか……まあいいや。という事なんて何か雑用あったら私に任せてね。それなりには出来るから」
そう笑顔でアメリアが言葉にすると、ガーネットは先程の閃いたアメリアみたいな表情を見せ、アメリアの両肩を背後から触れた。
「だったら……アメリアちゃん。ちょっと付いて来てくれないかなー。ルビィ。後任せたわ。十分程したら戻るわ」
そう言ってガーネットは権限をルビィに任せ席を立ち、アメリアの手を引っ張り移動しだした。
「あの、ガーネットさん?」
「私もルビィも呼び捨てで良いわ。それよりいらっしゃい。良い物あげるから」
慌てるアメリアを気にせず、ニコニコした顔でガーネットは強引に、アメリアを引き連れ奥に消えていった。
「ごめんね? あの子も後輩が出来て、それも同性だったから喜んでるのよ。私達はこんな感じだからさ」
ルビィの優しい声色にヴォルフは首を横に振った。
「お嬢様はあれで妹タイプですからね。それも姉に振り回される感じの」
「あはは。目に浮かぶ様だわ。ま、同性じゃくてもヴォルフ君も遠慮せず、困った事があったら何でも私達に言ってね?」
「ありがとうございます。では一つ……お願いしたい事が」
「うん? 何何?」
「ガーネットさんにですが……一つ、手ほどきを。従者としてあの動きは感嘆する物がありました。是非学びたいと……」
「……うーん、私達我流だしなぁ……。まあ、せっかく頼ってもらった訳だし考えてみるわ。ちなみに、ガーネットに出来る事は私が、私が出来る事はガーネットが大体出来るわ。一部の特殊技能を除けばね」
「それは素晴らしい。優秀が先生が二人いるという事ですね」
「とは言え……学ぶ必要ないと思うけどねぇ。君も君で強いし、十分特殊だし……」
ヴォルフはぴくりと眉を動かす。
それは小さい隠し事。
アメリアは知っているから対外的なタイプの内緒話。
ヴォルフは少しばかり特異な体質を持っていた。
「……わかりますか?」
「これでも船医を兼ねてる身だからね。だから……薬、良く効いたでしょ?」
「そうですか……。精密検査されない限りバレない自信があったのですが……」
「でしょうね。ちなみにお嬢様はそれを?」
「もちろん知っています。協力してもらってますので」
「そ。だったら問題ないね。それならどうして隠しているのかわからないけど」
ルビィはそう言ってヴォルフに微笑んだ。
「……てめぇら何の話をしてる? 仲間外れみたいで寂しいじゃねぇか」
まるで悪者みたいな気取った言葉だが、彼の場合は文字通り言葉通りの意味でしかなかった。
「すいません! 医者と患者のプライバシー的な話っすアニキ!」
「そうか。だったら聞かない!」
そう言って、ジャックは耳を塞いだ。
「安心してください! もう話は終わりましたから!」
ジャックは手を横に戻し椅子に座り直した。
「……一体どっちが本性なのか」
ニコニコして三下口調のルビィと、あの一瞬見せた素早い動きのソルジャーであったルビィ。
ヴォルフにはそれがもうわからなかった。
「ぱんぱかぱーん! はいご注目っすよー!」
ガーネットの声が背後から響き、全員が後ろを向く。
そこには、メイド服を身に纏うアメリアの姿があった。
ありがとうございました。




