見た目は大人、頭脳は子供
艦内両側面に配置される無数の計器、その数字、指針が慌ただしく暴れまわる。
その全てが正常に稼働しているからこそ、この海賊船は宙を自在に駆ける事が出来る。
恐ろしい事に、本当に恐ろしい事に、この海賊船は部分的オートさえ使用していない。
ただただ純粋な人力操作のみで、宙を泳いでいた。
オート操縦に頼らない事自体はそう珍しい事ではない。
むしろ熟練のパイロットであれば自動操縦の違和感から毛嫌いする人の割合は多くなる。
ただし、それは通常運行でかつしっかりと人数がいる場合の話。
この海賊船を少数で操縦する場合とは、事情は大きく異なる。
擬似AIの同調も、電脳による接続も、何もなく、一切の補助具なし。
数十人は必要である状態で、たった二人だけで、彼女達はこの船を操っていた。
「……ジェネレーター安定。調整お願い」
ルビィの言葉にガーネットは計器を走らせる。
「ブーストの急速稼働状態解除、チェック……ブースト周りは全てグリーン」
「艦体安定状態に以降、これより通常飛行に移行」
「移行了解。ジェネレーター周辺のチェックグリーン。シールド容量を通常飛行モードに合わせ削減……八割削減完了」
「通常運航に二割も使うの?」
「一割で行く予定。残り一割は事故を想定し一時間位は時間をかけて減少させていく。」
「了解」
ルビィとガーネットのその掛け合いは正直驚異的な物だった。
なにせ本来必要な乗員、アメリアの計算では火器関連を除外しても最低三十人は必要である。
それを、彼女達はたった二人で行っていた。
それは能力で言えば驚異的過ぎる物だった。
特に、元貴族であるアメリアの目からすれば。
貴族の場合搭乗員の募集には全く困らない為、特化した専門技能を持った搭乗員しか雇わない。
パイロットならパイロット、オペレーターならオペレーター。
多くても一人三種類の職務を掛け持つのが精々だろう。
逆にこんな風に何でも出来るというのはオールワークスメイドと同じく、貴族から見れば器用貧乏でしかなくありがたがられない。
だから尚の事、アメリアの目には彼女達の異質な能力がはっきりと見て取れる。
アメリアの目からは、彼女達の能力は器用貧乏どころか器用万能。
アメリアの船を操作する選ばれたエリート達と遜色ない様に映っていた。
アメリアが雇っていた乗組員同等かそれ以上の技能を持つオールワークスなんてのはもう存在があり得ない位破格過ぎる。
しかも外見通りの年齢なら十代後半から二十代前半で。
そして仕事量は一人頭専門職二十人相当。
何度あり得ないと叫んでも足りない位。
少なくとも、父であるレーヴェル公爵がそれを知れば直々にスカウトをする。
というか貴族を捨てたアメリアでさえ欲しいとどうしても思ってしまう位だ。
「ふっ。飲まれてるな。まあ仕方がないだろう。この海賊船の恐ろしさの前でにはな!」
どどーんと、黒ずくめの艦長はアメリアとヴォルフに叫んで来た。
「いや、そっちは別に。ちなみにヴォルフが大人しいのは船酔いです」
アメリアの言葉にルビィは首を傾げた。
「え? そんなに揺れました?」
「ううん。そういう体質だから気にしないであげて」
「ああ、はい。酔い止めありますけど要ります?」
「……下さい」
若干けだるそうにしながら、ヴォルフはルビィから薬とグラスを受け取った。
見ている限りだけで、ルビィは操舵とその関連全て、ガーネットは通信、ナビ含めたオペレーター関連全てを担当している。
権限で見ても、ルビィが艦長権限を持ちガーネットが副艦権限を持っている様子。
本来の艦長は何もせず椅子に座りふんぞり返っているだけ。
広大なる宙を悠々と泳ぐ様になり、ガーネットは叫んだ。
「アニキ! コンディションオールグリーン、安全状態に入りました!」
ガーネットの言葉に男は小さくニヒルに笑う。
「はん。良くやった。さて……お前ら、これから何をするかわかるか?」
「わかりませんアニキ!」
「しばらくは暇になるかと思いますけど、何かありますか!?」
「わかってねぇなお前ら。……新入りが入ったんだぞ? 歓迎会――やるだろ?」
ニヤッと、まるで人を殺す算段をしている様な顔で、男はキラキラ光るご機嫌なとんがりキラキラパーティ帽を取り出して来た。
「流石アニキ! とりあえずの移動の足代わりなのに勝手に新入り扱いしてしかも歓迎会まで開くなんて。なんて器が広いんだ!」
「私達の時もそうだったけど地味にアニキは祝い事するの好きですよね! マメな男! 上司適正ナンバーワン!」
「ふっ。人として当然の事だ。ああ……だが先に言っておく。この船でのアルコールは料理用だ。美味い酒は期待するな」
「あ、別に良いわ。私達そもそも飲める年齢じゃないし」
「……俺とした事が。ガキに酒を進めるなんて許されない事をするところだったぜ……」
「いや、悪者なんじゃないの?」
「悪には悪のルールがある。それを破る奴は悪党じゃなくて外道って言うのさ」
海賊は良くて未成年飲酒は駄目。
いまいち良くわからないが彼なりの悪の美学……なのだろう、たぶん、きっと。
「というかさ、歓迎会する余裕あるの? むしろ私操作手伝った方が良くない?」
アメリアはルビィとガーネットに尋ねた。
「ん? ああ、大丈夫っすよ。通常運転なら一人でも操作出来るし」
「えぇ……」
軽々ルビィは言っているが、宙船の操縦というのは十台の連結した車を同時に操縦する様な物である。
この規模ならサブ十人にメイン三人に纏め役のリーダー一人位が最低限の操縦人数となる。
そのはずなのに、実際ルビィはよそ見さえする余裕がある様子だった。
「とは言えアメリアさんも手伝ってくれたら嬉しいっすね」
「……うーん。ルビィみたいにと求められたら流石に困るけど……まあ最低限の操舵位なら出来るわよ。どのポジションでも」
「十分凄いっすよ。アメリアちゃんってやっぱりお嬢様だったの?」
「元ね」
「ごめんなさいっす。立ち入った事聞いちゃったっすね。ま、短い間だけかもしれないけどよろしくねアメリアちゃん」
「はい。……えっと、それで良いんです?」
「へ?何がっすか?」
「いや、私何か部下になったぽい感じですけど……その、ずっと居ないとみたいな……」
「別に大丈夫っすよ。ねぇアニキ」
男は何時もの様にニヒルに恰好付け笑った。
「俺の船の外にいようと中にいようと、俺の部下である事に違いはない。そうだろお前ら?」
「そうっすよ! アニキの部下になれて私達は幸せっす!」
「それでもアニキの傍を離れたくない私らが他の部下の分まで働くっす! まあ部下は今この場の四人しかいないっすけど」
ルビィとガーネットの相変わらずの持ち上げ芸。
いまいちアメリアは彼らの関係性が見えなかった。
ただ、この航海を楽しめるという予感はあった。
そう感じる位彼らは愉快で、そして親しくなれそうだった。
「……普通に効いたわ」
ヴォルフは少し驚いた顔で、そう呟いた。
「薬?」
「はい」
「珍しいね。良い薬だったのかな」
「かもしれません。後で聞いておきましょう。ここまでピタッと止まる事はそうないのですが……」
「揺れが少ないってのもあると思うわよ。ルビィさん腕確かだもの」
「なるほど……」
ヴォルフとの会話をそこで打ち切り、アメリアは今この場にいる全員尋ねた。
「ところでさ、いい加減私聞きたいんだけど、良いかな?」
「ん? どうしたっすか? お花摘みなら案内を……」
「いや、そうじゃなくて……その、そろそろ艦長の名前を教えて貰いたいなと……」
男はアメリアの言葉を聞き、どしっと館長席に座り直す。
そして足を組んで――。
「人に名前を尋ねる時はどうするんだったかな? レディ?」
ふふんと小馬鹿にした態度で黒ずくめの男はそんな事を口にする。
イラっとした。
ぶっちゃけかなりイラっとしたが……言われてみれば、男に名乗っていなかった事をアメリアは思い出した。
「……わるぅ御座いましたね!」
「ちなみに映画か何かの恰好良い言葉を真似して恰好付けているだけですので、言葉の裏には特に何もないっす」
ガーネットはそうアニキの行動に注釈をつけた。
「私はアメリア。アメリア・レ……いや、ただのアメリアよ艦長。こっちはヴォルフ。私の従者」
「そうか。俺の名はキラー・ジャック。この海賊旗という魂に導かれた、欲望の使者だ」
ふっと笑いながら気取った言葉。
アメリアはそれを聞いてから、ルビィとガーネットの方にちらっと眼を向けた。
「船の名前同様アニキの名前はコロコロ変わるんでキラーの部分は聞き流して下さって構わないっす。つまり偽名っすね。ジャック、アニキ、艦長、キャプテン。この辺りで呼べば良いっすよ」
「ありがとう。じゃ、よろしくね。艦長」
「ああ――。少し、重要な事を話そう。――ジュースは何が良い?」
「いや、ジュースは後で良いからその内容教えてよ。重要な何を……」
「だから、重要な事だろう? 今日のパーティーの主役二人のジュースを決める事は。今この場でそれより大切な事があるか? いやない。炭酸が好きかどうか、そもそもジュースよりお茶が良いか、水の拘りは、この産地以外口にしたくない、と色々あるだろうが」
いかにも真剣な口調で馬鹿な事を言うジャックに、アメリアは何とも言えないもにょもにょした表情とふんわりした気持ちになった。
ありがとうございました。




