水やり大好きアメリアさん
実の事を言えば、前回島流し直後の時と違って今回は何も焦る必要がない。
生活に困る様な、そんな状況に陥る可能性が限りなく低いからだ。
ヴォルフの預金通帳は十二分にあって、またアメリアは知らないけれど父サーザントもこの状況を理解している。
唯一の時限要素である補助金制度もアメリアの重度の怪我により遅延と長期猶予が認められており、よほどの事がない限り打ち切りもない。
というかこれで打ち切りなんてしたらレーヴェル公爵領並びに財団関係者は児童虐待の疑いさえかけられる。
あの頃はアメリアは悪であったというレッテルを張られていたが、今はそれがない。
むしろ被害者として同情を集めている。
そうなる様に、サーザントが動いているからだ。
正義という名の刃を振るい、アメリアを追い詰めた諸々全てを屠らんとする程の勢いで。
だから今、彼らがすべき事は焦って成果を出す事ではなく、地道な下地作り。
要するに、畑仕事の経験を積む事となる。
更に言えば、今回は前と違ってアメリアが非常に協力的である。
協力的……というよりも積極的と言った方が正しいかもしれない。
自罰的な意味もあるが、好奇心による部分も決して少なくない。
能力が高いアメリアが協力してくれる事により、育てられる作物の選択肢は以前よりずっと増えた。
とは言え、それでも選択肢はそう多くないが。
なにせ彼らにモチベーションがあったところで、どちらもまだニュービー未満の素人農家。
技術も、道具も、知識も、何もかもが足りていない。
だからとりあえず……余裕が出たら育てたい作物をピックアップしながら、彼らは育てやすい野菜の種を適当に植えていた。
何故かベルから大量に貰った、やたらと多いカブの種を中心に……。
「本当はさー、私、機能作物を育てたかったんだよねぇ」
じょうろで周囲に水を撒きながら、鼻歌混じりにアメリアはそんな事を呟いた。
『機能作物』
それは本来作物が絶対に持ち得ない特異な特性を持つ作物の総称である。
具体的に言えば光や大量の酸素を作り出したり、広い範囲の土壌を改変したり、動物を操ったり……。
例えで言えば、アメリアが真っ先に育てたいと思ったのは重力トマト、通称『グラビトマト』である。
実がなるまで育てばトマトが周辺に擬似的な重力場を発生させる作用を持つ為、無重力化となる場所で重宝される。
例えば、製作途中のステーションや軍事拠点など。
とは言え、機械に頼った方が確実でかつ安心安全である為、あくまで緊急時の予備や機械の使えない工事中などの特殊状況位にしか使われない。
良くも悪くも命綱兼お守り程度の物である。
逆に言えば、電力を含むエネルギーを一切使わずに安定した重力を手に出来る為こういう辺境の小惑星にとっては育てる価値がある作物と言えるだろう。
まあ、アメリアの目的はそういう転ばぬ先の杖ではなく、ただサッカー等の外遊びをする為だが。
この惑星に取り付けられた廉価でしょっぱい重力発生装置ではまともにボール遊びも出来ない。
だからその為にグラビトマトを育てたいなんて考えていた。
ちなみに、グラビトマトは育てる事はそう難しくなく、ついでに言えば味も美味い為使わずとも決して無駄にはならない。
通常のトマトに比べ非常にジューシー。
スープにしたらトマト味が強すぎて他の味が消える位には濃厚な味わいがある。
じゃあどうして諦めたのかと言えば……育てる事自体は簡単なのだが、重力の調整をする知識と技術に不安があるからだ。
種子時の遺伝子調整で重力場を調整出来るのだが、仮にも重力の制御である。
ただの素人が行って失敗したら何が起きるかわかった物じゃあない。
ブラックホールを作りだす程は無理だとしても、重力が十倍とか二十倍になる可能性は十分にあった。
「もう少し簡単で資格や免許が必要ない機能作物から手を出したらどうですか?」
横で水やりをするアメリアの様子を見ながらヴォルフはそう提案した。
ヴォルフが見ているだけなのはジョウロが一つしかないからでもあるが、例え二つあってもヴォルフは見ているだけだっただろう。
アメリアが野菜への水やりを自分の仕事であると思っているから、よほど畑を拡張しない限りは。
「グラビトマトは売らないならどっちもいらない様な比較的ゆるい野菜だけどね。んで、簡単な機能作物と言えば例えば?」
「すいません。あんまり知らなくて……。でもあるんじゃないです? 初心者向けなのが」
「んー……だったら『光サボテン』とかどうかな? 正式名称は長くて忘れちゃったけど」
「光サボテンですか? 名前的には凄そうですが……」
「いや本当に大した物じゃないわよ。ベッドサイドのランプ程度の明かりだもの」
「そうなんですね。育てたいのは利益の為ですか?」
「ううん。そうじゃないわ。ヴォルフが読書好きだからよ」
「俺が関係するんです?」
「うん。というか本好きに」
「ほう……。少し興味がありますね」
「光サボテンの明かりって目に優しくて読書に向いてるのよ。ぼやっとしているけど、それでも文字がはっきり見える、そんな淡い光。雰囲気ある上文字が見やすい光に包まれ静かに読書をする夜の時間。ね? とっても素敵でしょ?」
「そうですね……ええ、本心から素敵だと思います」
例えるなら、暖炉の明かりがともった部屋だろうか。
うすぼんやりとした部屋の中で、二人が本をめくる音だけが聞こえる部屋の中。
それはヴォルフにとってはどんな時間よりも美しく、そして素晴らしい時間の様に思えた。
「まあ、これはこれで失敗したら大変な事になるけどね」
そう言ってアメリアは苦笑した。
「どうなるんです? 眩しくて何も見えなくなるとか?」
「ううん。光の強弱は変わらないわ。ただ……サボテンだからさ、育ちやすいの。だから……失敗すると凄く大きくなる。そうなると……風情がなくなるのよ」
ヴォルフはベッドの隣に天井まで届く巨大な光るサボテンを想像する。
それはそれで見てみたい気もしないでもない。
だが、ロマンチックさが欠片もないのは間違いないだろう。
「っと、今日の分は終わり。ヴォルフ。これからどうする?」
「そうですね。ちょっと勉強の方がハイペースだから休むべきと思いますが……」
「私まだ余裕よ?」
「すいません。俺がきついんです」
「ああ、ごめんね」
「いえ、馬鹿ですいません。ただ……知識が先行しているのも確かなので……畑をもう一つ作りませんか? 幸い種は腐る程ありますし……カブですが」
「良いわね。とは言え沢山あっても困るし小さい畑を一つ作りましょうか。プランター気分で」
「そうですね。じゃあ場所を決め――いえ、ちょっと待って下さい。どうやら用事が出来たようです」
ヴォルフはアメリアの傍により、背で庇う様にしながら呟いた。
「へ? 何かあった?」
ヴォルフは静かに宙を指差す。
それから数秒してから……小さな星の様な光が一つ、まっすぐこちらに近づいて来るのをアメリアは見た。
あの時、ベルが遊びに来た時と同じ様に。
ありがとうございました。




