さよならサプライズ大好きお姉ちゃん
数日程滞在して嵐の様に遊び回った挙句、ベルは何事もなかったかのようにあっさりと帰っていった。
好き放題するだけして、何の情緒も感じさせないまま、余韻も与えずあっさり去っていくその様。
それは比喩でもなんでもなく、天災かの様であった。
去り行く宙船を見て、アメリアは微笑む。
急に静かになったというのに、寂しいという気持ちが微塵も湧いて来ない。
寂しささえ感じない程、ただ騒がしい想い出だけが残った。
そしてたぶん、またすぐ会えるからと思えるから……だから寂しくないのだろう。
もしかしたらわざと騒いで元気付けてくれたのかもしれない……と一瞬でも思ったが、たぶん違う。
良くも悪くもベルは言葉通りの人間だからだ。
気遣いとかではなく、本心で自分が楽しいと思う事をしているに過ぎない。
つまりそれは、本心でアメリアと遊びたかったからここに来たという事の証明でもある。
だから、アメリアは愛されていると実感出来嬉しく感じていた。
「……とは言え、またすぐ来られたらそれはそれで疲れそうだけど……」
「ん? お嬢様。何か言いましたか?」
「いや、何でもないわ。ところでヴォルフ」
「はい。何ですか?」
「ベルからのお土産貰ってたけど何だったの? 私はぬいぐるみだったけど……もしかしてヴォルフも同じ?」
お別れの際渡されたサプライズプレゼント。
可愛らしいパンダのぬいぐるみを手に持って、アメリアは尋ねる。
大してヴォルフは虚無の瞳で、部屋の奥から両手で抱え段ボールを持って出て来た。
「……それ、何?」
「カブの……種です」
「……何で?」
「わかりませ……せん……。特に何の変哲もない普通のカブの種が……段ボールぎっしり……」
そう、苦渋に満ちた表情で、ヴォルフは呟いた。
「いや、ベル姉さんの事だからそう見えて特別な種なんじゃ……」
ヴォルフはそっと、段ボールの上を開けて見せる。
中に見える種は、市販品の袋に入ったままとなっていた。
嫌がらせじゃあないと思いたいのだが……その可能性もヴォルフは否定出来ずにいた。
静かな物だった。
一度宙に出れば、宙船はほとんど揺れない。
特に、ベルの乗る様な高性能な物だと。
ワインを片手にベッドでくつろぐベルの姿は、もはや自宅とほとんど同じ物となっていた。
ベルはお酒が好きである。
だが、未成年と一緒だったから酒を控えるという程度の分別は、彼女だって持っていた。
静かなノックが聞こえた後、カシュっと音がなり扉がスライドし開く。
「失礼します」
一声かけ、艦長室であるベルの部屋に従者が入って来た。
バニーガール姿で……。
別段ここがパーティー会場という訳でもカジノという訳でもない。
じゃあどうしてこんな恰好をしているかと言えば、ただのベルの気まぐれである。
本当に深い意味はなく、ただの気まぐれで、この宙船の搭乗員全員が、バニーガール姿となっていた。
まあ、次の出航では別の服になっているだろう。
ちなみに全員バニーが義務である為当然男もバニー姿。
だから一部部署ではバニーガールおっさんのたまり場なんて地獄の様な有様となっており、皆打ちのめされたボクサーみたいな苦渋に満ちた表情で仕事をしていた。
「みーちゃんじゃん。どしたの?」
「いえ、リベルニアス様がいない間に届いた連絡を纏めさせて頂きました」
「ああ、そかそかありがと。んで、私が愉しいと感じそうな内容はあった?」
「ありませんでした。ただ……」
「じゃ別に良いわ。責任は全部取るからそっちで上手くやっといてー。ああでも私じゃなきゃ駄目な内容になったりみーちゃん達が困ったりしたら連絡頂戴」
「――承知しました。差し出がましい事を尋ねるのですが……」
「何よ他人行儀ねぇ。何でも聞いて頂戴。スリーサイズから好きなプレイ内容まで何でも――」
「いえ、それはどうでも良いです」
「えー」
「それで、久方ぶりに見たアメリア様はどうでしたか?」
「んー? とっても可愛かったよ。流石は私の妹って感じ」
そう言って、ベルは微笑んだ。
その答えを聞き、みーちゃんたる従者は主に見つからぬ様、こっそりと安堵の息を漏らす。
もしこれでベルの興味を本格的にひこうものなら……『愉しそう』なんて感想が出よう物なら、最悪が待っている可能性さえもあったのだから。
「それよりさ、そろそろ良い頃だと思うのよ」
「えと、すいません。何がでしょうか?」
「ほら、三か月前の。うちに喧嘩売ってきた……」
「ああ……テロ崩れですか……」
従者はその言葉を聞いて三か月前の事を思い出した。
レーヴェル侯爵家に対し不満を抱いている集団が一か所に集まり、何かを企んでいる。
そういう連絡を受け、ベルに調査命令が下った。
そして、情報を手にしてベルの行動は……放置だった。
本来ならそんな事許される事じゃあないのだが……確実性を求めるとか他所へ潜伏されないとか、それっぽくてそれでいてある程度正しさのある言い訳をベルは使い今日まで放置してきた。
その言い訳が通る程度には、ベルはこれまで失敗の少なき実績を重ねていた。
どうしてそんな事をしたのか、あの時はその考えが理解出来なかった従者だが今なら理解出来る。
一網打尽にする為?
見せしめとして次の被害を防ぐ為?
いいや、そんな真っ当な理由じゃあない。
その方が……ある程度育ってくれていた方が、ぶち壊す時に派手で『愉しい』からだ。
だから……ベルは笑っていた。
「ああ……本当……愉しみね」
嗜虐的でもなければ暴力的でもない。
ただの、純粋な娯楽を求める笑み。
これから殺戮をしようというのに、無邪気に笑う様。
それが、異様に恐ろしかった。
殺し合いでさえただの娯楽としか考えないからこそ、ベルは誰よりも純粋と言える。
そして、そんな笑みが妹に向けられなかった事を、従者は心の底から神に感謝した。
「そう言えば……結構奮発したけれどあめあめとヴォルフ君はプレゼント喜んでくれたかしら……」
その言葉に、従者は嫌な予感を覚える。
あの派手好きなベルの口から奮発という言葉が出て来たのだ。
ちょっと主婦が「奮発して牛肉買っちゃった」とかとは次元が違うのは間違いない。
「あの……何を贈ったんですか?」
「ん? INOボックス!」
「……何ですか、それ……」
「知らない?」
「はい……」
「じゃあ、『タイムマシンの部分的成功と失敗』って話については知ってる?」
「はい。流石にそれは義務教育の範囲ですので。えと、タイムマシンを作る事は容易いが現状の理論だと過去に向かう事は敵わず、未来にしか進まないという理論でしたよね?」
「まあ、大まかにはね。更に言えば、『道具は未来に送る事に成功している』けれど『生物を未来に送る事は成功率が五割程度と芳しくない』から未来へのタイムトラベルでさえ成功とは言えない。だから部分的成功」
「そうでしたね。それで、それがどうかしたんですか?」
「その研究の副産物の一つでね、特定状態で時間の流れを緩やかにする空間の生成に成功したの。莫大なエネルギーを使って小スペースだけというあまり意味のない物がね」
「……はぁ。また凄い物が生まれてたんですね」
「そう。んで、面白そうだなって思って……試しに作ってみちゃった」
「……は?」
「色々私なりに工夫をしてね、それっぽい物こしらえたのよ。そしたら箱の中の時間が相当遅くなるなんてびっくりどっきりな玩具が出来ちゃって。んで使い道を考えて、ほら、冷たくない冷蔵庫って考えたら、農家的に便利じゃない?」
ニコニコと、『私良い仕事したわー』みたいな顔でベルは言い放つ。
従者は困惑した顔のまま、一つ気になる疑問を投げかけた。
「その……説明書とか、同封しましたか?」
「え? してないよ。見たらわかるでしょ。ちゃんとその辺で買った種入れといたし」
従者は目を丸くした後……その能天気さと天才故の浅はかさに盛大に溜息を吐いた。
悦楽主義者で天然で派手好きで……。
全くもってここで働くと、退屈だけはしない。
そんな、苦労染みた溜息を、彼女は再度吐いた。
ありがとうございました。




