悦楽の信奉者
星明りが照らす、この小惑星では珍しい『夜らしい』夜の時間。
自転の速度が全く異なるこの星で普通の夜というのは普通の天体における日食よりも珍しいかもしれない。
心地よい寒さを肌で感じながらヴォルフが外で待っていた。
だけど、宙船の中から戻って来たのはベルだけだった。
「お嬢様は?」
「寝ちゃったわ。どうする? 連れてく?」
「いえ、そちらの方が良く眠れそうですのでお任せしても宜しいでしょうか?」
そう言った後、ヴォルフは何かを確認する様に、すん、と軽く鼻を動かす。
そして、そっと苦笑をベルに見せた。
「ええ、お嬢様はそちらでゆっくりとお休みさせてあげてください。どうやら大層高価なアロマを使って頂けた様ですので」
その嫌味を聞いて、ベルは微笑んだ。
「ありゃ。バレちゃった。とは言え悪い物は使ってないわよ? ちょっと心がリラックスするだけの物。だから一気に眠けが来ちゃったっぽいわね」
「そうですか。まあ、無理をしていましたからね。ありがとうございます」
「良いのよ。私の可愛い妹ちゃんだもの。さて……そろそろ良いかしらね」
ベルの言葉の意味を理解し、ヴォルフは静かに頷いた。
ヴォルフは女心とかそう言う事は良くわからない。
幼い頃からずっとアメリアと共に生きてきた彼は女性とお付き合いした事などなく、そして付き合いたいと思った事もない。
そんな女心がわからないヴォルフにとってベルという女性は完璧なる未知。
そう……ヴォルフに女心はわからない。
だけど、今だけはベルが何を考えているのかは理解出来ていた。
それは女心とかそういう物は一切関係がなく、どちらかと言えば男の世界のそれに近い。
敵意と呼ぶ程憎しみはなく、害意と呼ぶ程剣呑な物ではない。
それを言葉にするなら……戦意。
あいつと戦いたい。
あいつと力比べをしたい。
あいつを、ぶちのめしたい。
訓練の時感じるそんな感情を、今ヴォルフはベルからひしひしと感じていた。
好意的な、戦意とも言える感情を。
「さてヴォルフ君。ちょっち付き合ってくれないかね?」
挑発的な、そしてサディスティックな雰囲気を出しベルはそう言葉にする。
その言葉に、妹の従者であるヴォルフは従う他なかった。
家から離れ、農地から離れ広い空き地に移動して……そこでベルはヴォルフに棒状の何かを乱暴に投げて来る。
それをヴォルフは軽々と受け取る。
予想通り、それは剣だった。
持ち手から刀身まで全てが金属で作られた剣。
流石に刃は潰してあったが、それでも全力で殴れば死ぬ程度のダメージにはなるだろう。
それと同じ物をベルは左手に持っていた。
「どこに隠してあったんですか……二本も……」
「女の子は秘密が多い物よ」
そう言って、ベルは両手に剣を持ち、まっすぐヴォルフに向け構える。
冗談とか、揶揄いとか、そういう空気はない。
一瞬で空気が鋭いそれに代わる。
普段ヴォルフが習っている護衛用剣術の訓練の時と同じ……いや、それ以上に剣呑ならない空気。
それは、殺し合いに近い空気だった。
「私の可愛い妹が苦しんだ。傷付いた。今尚壊れかけている。だから私は貴方が憎い。護れなかった無能であるあんたが。だけど一方的にもアレだから、チャンスを上げるわ。貴方の力を証明してみなさい」
ベルは言いたい事だけ言って剣に集中する。
その様子を見て、ヴォルフは気付いた。
言っている事は理解出来る。
その理屈もまた正しい。
確かにヴォルフは断罪されるべきだ。
だけど……違う。
さっきの言葉には、恐ろしい程に軽く白々しい。
つまり……全く説得力がなかった。
「……雰囲気を出したいのでしたら、思ってさえいない事は言わない方が良いかと思いますが」
ヴォルフの言葉に、ベルはぺろっと舌を出し微笑んだ。
「ありゃ。バレた?」
ニコニコいたずらっ子の様な小憎たらしい笑み。
だけど、空気は一切緩んでいない。
むしろ引き絞られきった弓の様により張り詰められていた。
「それで、本音は?」
「そんな物ないわよ。強いて言えば面白そうだからかな?」
「……納得しました」
「え? これで納得するの?」
「いえ、納得したのは違う事です。やっぱり、ファイアハート様はお嬢様の姉君なのだなと。理不尽さが良く似ていらっしゃる」
「そうね。今日話した感じだと、あの子は私程じゃないけどこっち寄りみたいだもん。それで、どうするの?」
「どうもこうもないでしょう。……付き合う以外にないんですから」
ヴォルフは心底めんどそうに、剣を構える。
その様子を見て、ベルはニヤリと笑った。
「良いね。せっかくだから何か賭けようか? 貞操でも賭ける?」
「要りません」
「違うわ。ヴォルフ君のよ」
「断固としてお断りです」
「だったら実力を見せて頂戴。あんまり弱かったら色々と奪っちゃうわよ」
「趣旨も本題変わってるじゃないですか……」
「何でも良いのよ。楽しかったらそれで。で、準備は出来た?」
「いつでもどうぞ」
ヴォルフの言葉の直後……ベルは持っていた剣を、ヴォルフに全力で投げつけて来た。
それは、リベルニアス・ファイアハート・レーヴェル最大の欠点であり最悪の長所と言っても良いだろう。
言葉にするなら、『悦楽主義』とでもいうべきか。
彼女にとって生きる事は愉しさそのもの。
それ故に後先考えぬ事も多い。
そして困った事に、そんな生き方が許される程度には彼女の能力は高かった。
あらゆる素質に恵まれ、あらゆる才能が開花される。
努力を必要としない秀才、器用万能と言っても良い。
そして当然、戦闘に関しても彼女は天才である。
殺し合いという物は古来より、娯楽となる程度には愉しさが混じるのだから。
いきなり不意打ちで剣を投げた様に、彼女は最初から正々堂々なんてつもりはない。
どんな手段でも使うつもりで戦っている。
それはヴォルフが嫌いだからじゃなくて、むしろ気に入っているから。
この程度じゃ潰れないという信頼にも似た愛と言っても良い。
大好きな妹が選んだ男がこの程度で死ぬ訳がない。
とは言え、その愛は明らかに過剰な物だが。
ベルは懐から短い筒を取り出す。
筒を握り軽く振ると……白い光の粒子が集まり、刃を形成する。
実体を持たない光の剣、所謂プラズマサーベル。
この宇宙時代であってもほとんどお目にかからない、色々な意味で珍しい武器である。
大昔、人々が星空に飛びたてず焦がれた頃のSFに出て来そうなデザイアのそれは、見た目の様に特別強いという物でもない。
ただ、少なくとも剣での決闘に限定すれば反則の武器と言っても良いだろう。
なにしろつばぜり合いとなったその瞬間に、相手の剣を溶かしてしまうのだから。
更に、ベルは靴に内蔵する小型重力制御装置のスイッチを入れる。
自身にかかる重力の方向性をある程度変化させるという物。
それにより、高速移動に大ジャンプ、空中移動という若干の立体機動が行える様になる。
そういった曲芸が出来る、普通の人間には扱いきれない高度な『玩具』である。
プラズマ粒子輝く剣を持ち、人の目が認識出来るかどうかギリギリの速度で空から突進するベル。
ヴォルフならこの位余裕でしょなんて重たすぎる期待を胸に秘めながら。
死んでしまうかもしれないなんてのは考えない。
やらかした後の事まで考えられないから、彼女は悦楽主義者と呼ばれ兄や父から厄介者扱いされている。
そして切りかかるその瞬間……ベルは見た。
ヴォルフが、二刀流となり構えるその姿を。
どうやら自分が亜音速で投げた剣をそのまま掴んで自分の物としたらしい。
――一体どんな動体視力をしてるのか。
ベルは楽しくてつい笑ってしまった。
ヴォルフは襲い来るプラズマサーベルに右手の剣を差し出す。
つばぜり合いに成るその瞬間、刃は光に触れ蒸発し溶解しだした。
だが溶け貫通するその寸前にヴォルフは剣を右手から離し、左手の剣でベルの側面に思いっきり横から振りかぶった。
その剣を、ベルはガードさえしない。
刃の潰れた剣を食らったところで精々腕か腰が砕ける程度。
逆にこちらは当たれば殺せる。
なら、ベルが止まる理由はなかった。
このまま剣ごと、ヴォルフを真っ二つにする。
そんな勢いで一切油断も容赦もなくベルは剣を振るって……気づいた時には、光の剣はすぽんと手から抜けていた。
「はれ?」
ふわりと宙に浮くキラキラと輝くプラズマサーベル。
そのグリップ部をヴォルフは見事な回し蹴りで吹き飛ばす。
キランと星にならん勢いで、それは広大なる宇宙に消えていった。
「……え?」
何をされたのかわかないベルは、はて? と首を傾げヴォルフの方を見る。
気付けば、ヴォルフの剣による殴打の痛みさえ訪れていなかった。
じーっと、見つめられ、解説待ちと考えてヴォルフは顔を顰める。
「一瞬、俺の左手に意識が向いたでしょう? 剣が来ると思って」
「うん。でもまあ死なないならどうでも良いやと思ってほっといたけど」
「その一瞬視線がズレた瞬間に、右手でビーム剣の底を下から叩いたんです。軽くしか握ってらっしゃらない様でしたので」
「なるほどなるほど。だからすぽんて抜けたのか。……えっと、これで終わり?」
「はい。俺は溶けた剣とまっさらな剣。ファイアハート様は素手。誰が見てもわかる勝ち方じゃないですか?」
「……消化不良なんだけど。せめて骨位折ってくれないと。今からでも殴りつけてみない? 私痛いのも大好きだからさ」
「……俺がお嬢様の姉君を傷つけられる訳ないでしょう」
「むぅ……。しょうがないわね。今日はそれで負けてあげる」
「それで、俺はお嬢様の従者であると認めて頂けるのですね?」
「ん? ああ、そいやそんな話してたっけ?」
「はい」
「大丈夫よ。貴方を認めてない人は誰もいないから。付き合ってくれてありがとね。ヴォルフ君」
そう言って、ベルは振り向き微笑むんだ
全く似ていない笑顔ではあったのに、それでも、ほんの少しだけ、ヴォルフはその笑みが眩しいと感じてしまう。
その事に何故か敗北感を覚え、ヴォルフは何ともいえない悔しさを覚えた。
ありがとうございました。




