似たもの姉妹
アメリアとベルが直接出会った回数は、家族と思えない程に少ない。
会って話した回数は公的な場も含めてもこれまでで五十回にも満たないだろう。
一週間以上長期で一緒にいた記憶さえアメリアにはなかった。
とは言え、これはなにもベルだけではない。
ベルが特別少ないのは間違いないが、アメリアは家族の誰とも長時間一緒に過ごした記憶がなかった。
別段放置されているとかそう言う事ではない。
そもそも、こういった家族が離れ離れに暮らす事は、広い領地を持つ貴族的に言えば別段珍しい事でもなかった。
金銭を度外視すれば、遠距離での連絡する方法など幾らでもある。
銀河程度の距離なら今の人類にとってそこまで大きな障害でもない。
ハグといった肉体的な接触も家族的には大切な愛情表現である事は否定出来ないが、この宇宙時代においては会話を交える事、魂を通わせる事はそれ以上に重要な事と考えられる。
だから、離れていても仲の良い家族、逆に離れたからこそ仲の良い家族という関係は幾らでも転がっている。
離れながら傍に感じる事を美談と考え、それが常識だと刷り込まれている程度にはそういう家族も増えていた。
家族が狭い部屋で寄り添うには、この宇宙はあまりにも広大過ぎた。
まあ……特殊な長距離通信設備をちゃんと用意しながらも私用では全く使わなかった父親、サーザントに関してははっきりいって親失格と言っても良いが。
とは言えそれでも父親は父親。
ベルよりはまだ会った回数は多い。
アメリアが家族の中で特別ベルと会っていない理由はそう難しくない。
なにせベルはこの性格である。
飽きっぽい彼女がずっと同じ場所にいられる訳がない。
家族行事の社交界もしょっちゅうサボって好き放題。
魚を釣りに行くなんて理由で縁の深い貴族の誕生日パーティーをバックレた時は流石に一同皆絶句した。
そんなベルだから、公的な場位でしか家族と会えないアメリアとの接点は驚く程少なかった。
そんないついなくなるのかわからないベルだが、これでもしっかりと実績は出している。
好き放題なんて大きなマイナスを毎日の様に築きながらも、彼女はレーヴェル侯爵家の中で父に続き二番目に貴族としての責務を果たしていた。
父サーザント侯爵の正式な会合の場で付き添えるだけの能力があるのは、現時点ではベルのみ。
優秀な兄であってもまだ足りていない。
しかも、ベルが付き添いに認められたのは今より三年前の十五歳の時。
アメリアよりも若い年の時には既に公的な場での侯爵のお付きとして認められるだけの能力を……いや、才能を持っていた。
問題児なのにその問題を補ってあまりある才能を持つが故に、彼女は兄を差し置いて望まぬ次期侯爵の座に付いていた。
だから、構図としてはこうなる。
やりたくないけどしょうがないからやっても良いかな程度の考えの、侯爵最有力候補のベル。
ベルに劣るから必死にベルを越えようとしている責任感の高い長男とその補佐を務め必死に息子を鍛える父サーザント。
ベルの立場は悪役のそれに非常に酷似しており、そしてベルもまたその悪役の現状を楽しみ越えるべき高い壁として兄の前にノリノリで立ちはだかっていた。
このまま越えず侯爵が内定しそうな程分厚く高い壁として。
サーザントは能力主義である為、不服ながらもベルを認めてはいる。
だが同時に、ベルが侯爵となる事を誰よりも恐れているのもまたサーザントである為、贔屓を嫌うサーザントでも長男に肩入れしていた。
とは言え、そんな後継者の話はアメリアには関係がない。
アメリアにとってベルは優しいけれど滅茶苦茶で、それでいて訳がわからないただの家族である。
こんな唐突にバーベキューされても正直何がしたいのか、どうしてこんな事をしているのか、本当にわからなかった。
「あははーあめあめ何難しい顔してるのー?」
そんな声と共に、ベルは後ろからぎゅーっとアメリアに抱き着いて来た。
「お姉さま。酔ってます?」
「ううん。お酒は飲んでないよ? 独りで飲んでも寂しいし」
「そ、そうですか」
「それにーお酒を飲んだらこの後のお楽しみが出来なくなっちゃからねぇ」
そう言って、ねっとりじっくりとした笑みをベルは浮かべた。
「お楽しみ……ですか?」
「そう! お楽しみ! 気になる? 気になっちゃう? まあそうよね気になるよね!」
「え? え、ええ……まあ……」
「じゃ、あめあめを私の宙船にご招待しちゃいまーす! さあさあ」
ベルはアメリアの手を掴み、椅子から立たせてぐいぐいと引っ張る。
そんなベルとアメリアの後ろを……ヴォルフは静かに追従した。
「……ヴォルフ君も来るの?」
「お邪魔でなければ」
主を護る為、鉄面皮でヴォルフは答える。
幾ら姉とは言え教育に悪い。
そんなベルとアメリアを二人っきりにするのはいささか……いやとても心配であった。
悪い遊びを覚える程度ならば良い。
最悪の場合、戻って来れない様なとんでもない目に遭ってしまうかもしれない。
文字通り何をするのか本当にわからない。
だから、例え次期侯爵候補であるベルの不興を買ったとしても、ここは無理をする。
それが忠臣ヴォルフの導き出した答え、鋼の意思であった。
「邪魔じゃないわよ。でも本当に良いの?」
「もちろんです」
「あらそう。じゃあお願いしちゃおうかしらね。一緒に来るんだから背中位は流して貰えるわよね?」
「……へ?」
ヴォルフの表情が、崩れる。
即座に、だくだくと滝の様な汗が流れ出した。
「あの……ご予定って……もしかして……湯あみの事でした?」
「うん!」
ベルは思いっ切り首を縦に振ってみせ、にっこり満面の笑み。
何事にも折れぬと誓った鋼の意思は一瞬にして溶解し、即座に戦略的撤退を決めようとくるっと背を向けるヴォルフ。
そんなヴォルフの肩を、ベルに掴んだ。
逃がさないと言わんばかりに……。
「一緒に入るんでしょ? ちなみに、うちの浴槽ではバスタオル禁止だから」
ニコニコと、脅す様に尋ねるベル。
それに対し、ヴォルフが出せる答えは、一つしかなかった。
「……か……」
「か?」
「勘弁……してください……」
後ろで真っ赤になるアメリアを見ながら、ヴォルフは落ち込んだ犬みたいなしょんぼりさを出しながらそう呟く。
どこまで冗談なのか本当にわからない。
だけど、やる時はとことんやらかすという、そんな凄みがベルにはあった。
だから、見逃して貰えたのはきっと、運が良かったからだろう。
そう、ヴォルフは考える事にした……。
その風呂場の大きさは、宙船の中とは思えない程広かった。
マーライオンみたいな良くわからない大理石の置物の口から紅茶色の湯が浴槽に流れ続け、白いバラの花びらを揺らせる。
天井には黄金の巨大なシャンデリアが吊り下げられ、ギラギラと強く輝いている。
そんな風呂場の浴槽の中で、アメリアは香り高い湯の心地よさを味わっていた。
どこか、居心地悪そうに。
豪華な物は決して嫌いじゃあない。
だけど、少しばかり派手過ぎて、アメリアは落ち着かなかった。
「考え事?」
そんなアメリアにべったりとくっつきながら、豊満な胸を押し付けながらベルが尋ねた。
「いえ。あの……リベルニアスお姉さま。質問が……」
「のんのん。それはのんのんだよあめあめ! 姉妹で二人っきり。公的な場でもないのにかたくるしいのはのんのんのん! ほら、もっとチャーミングに」
「えっと……ベル姉さん……と呼んでも?」
「お姉ちゃんでも可よ! 可愛い可愛いあめあめ」
ベルと話しているとアメリアは自分が常識人だと思えてきて、少し不思議な気持ちになれた。
「ベル姉さん。質問があります」
「しょぼーん。それで、何かなあめあめ」
「えっと、さっきのヴォルフの、その……一緒にお風呂というのは……本気で……」
「もちろん本気よ」
「で、でも、彼は男で……」
「だから面白いんじゃない」
「……私、ベル姉さんの事がわからないわ」
アメリアは頬を赤らめ、ちゃぽんと、口元まで湯舟に使った。
「可愛いねぇ本当。食べたくなっちゃう。ま、私はこんなんよ。昔からずっとね。……でも、私からしてみればねあめあめ。貴女の方がわからないわ」
「私?」
「そうよ。だってさ、言っちゃ悪いけど貴女って置物貴族として育てられたじゃない」
その言葉にアメリアは否定しない。
ベルは能力故に次期侯爵の最有力候補として生き今も尚政務を幾つか担っている。
長男はそんなベルを侯爵にしない為に、自分の欲ではなくベルという不安要素を侯爵にしない為今尚必死に学び続けている。
要するに、彼らは貴族としたちゃんと、跡継ぎレースに参加していた。
まあ、他所の貴族と違って家族仲はそれほど悪くない。
跡継ぎレースだってベルの破天荒な性格ゆえに『こいつに任せたらどうなるかわからん』という恐怖から行っているに過ぎず、いざ困った事があれば兄と姉、父皆で協力し解決する程度には家族仲は良い。
そんな政治の世界にどっぷり浸かる長男長女と異なり、アメリアは完全放置で自由に好きな事をさせてもらっていた。
何も知らない無垢なる貴族もそれはそれとして需要があるからだ。
そしてその事をアメリアは理解した上で、受け入れている。
……受け入れているつもりには、なっていた。
周りから見ればそんなたおやかさは欠片もないだろうが。
アメリアは自分が侯爵に成れる事はないと、わかっていた。
出生の順番的には当然として、能力的にも。
姉は文字通り天才だ。
才能のみで父の補佐が出来、父の出来ない事さえも閃きと広い視野で解決に導く。
姉と比べたら兄は劣るだろうが、それでも兄は秀才である。
ひたむきに努力し積み重ねる姿勢は父のそれと同じで、誰もがその実直さ、真面目さに好感を持つ。
対して自分は、何もない。
兄にも姉にも勝てる気がしない。
父の仕事を理解する事さえ難しいだろう。
才能がない。
それがわかっているから、父はアメリアにせめて自由を与え、アメリアも迷惑にならない様自由に生きていた。
アメリアはそれを当たり前として生きていたはずである。
だからこそ、ベルは疑問だったのだ。
「あめあめはさ、何不自由なく暮らせている籠の中の鳥だったのに、どうして全部捨てたの?」
嫌味でも何でもない。
それはベルにとって、単純なただの疑問。
アメリアの性格はわかっている。
我儘で好き放題、散財が大好きで世界は自分を中心に回っている。
ベルはそれを別段を責めるつもりはない。
方向性は正反対だがベルもまた大層な我儘で迷惑娘、つまり同類である。
責めるどころか嬉しい位だ。
だから、その選択が理解出来なかった。
籠の中の鳥で満足していたのに、どうして自分から出ていったのか。
こんな何もない場所に何で戻ってきたのか、本当にわからなかった。
だけど、アメリアはベルの質問に答えられない。
その問いがわからないのは、他の誰でもなく、自分自身なのだから。
「えっと……わからないんです」
「別に敬語とか良いわよ。むしろ止めてくれた方が嬉しいわ」
「あ、はい。わからないの。私も……。何で私こっちに来たのかしら……」
「……そか。わからないか。じゃあさ、後悔してる? してるなら私が元に戻してあげるわよ?」
アメリアは首を横に振った。
「わからないけど、後悔はしてないのね?」
「後悔はしてるよ? でも、きっとやらなかったらもっと後悔してた。だからこれで良いと思うの」
「……そか」
ベルは微笑み、アメリアの頭を優しく撫でる。
ベルとしては、今のアメリアの方が好ましく思えた。
元々最愛なる素敵で可憐でチャーミングでラブリーな妹である。
可愛くない訳がない。
ただ、ベルは籠の中の鳥よりも、自然の世界で生きる動物の方が好みであって、今のアメリアは昔のアメリアよりも何倍も魅力的で、面白そうだった。
「だけど……今のままじゃ良くないわね」
ベルは困った顔でそう呟いた。
「……何が、ですか?」
「貴女、ほとんど笑えてないもの」
その言葉に、アメリアはぴたっと動きを止める。
ベルの言葉は、完璧なまでに、アメリアの問題の本質を付いていた。
屋敷のメイド達が悲しんだのも、ヴォルフが悔やんでいるのも、結局はそこ。
そうでなければお淑やになった事を皆が――ヴォルフ以外の皆が喜んでいる。
憂いた笑みを浮かべる位で、前の様な本心の笑みを浮かべない。
楽しそうでない、常に抑圧した状態。
そんな状態が続いて良い訳がなかった。
「でも、皆に迷惑をかけて……」
「別に良いじゃない。迷惑かけたって」
「でも……」
「でももだってもないわよ。私をみなさいよ。ナンバーワン迷惑魔。悪の大魔王様よ?」
立ち上がり腰に手をあて「がははー」と笑うベル。
そのあまりにも見合ってないおっさん仕草にアメリアはついくすっと笑ってしまった。
そんなアメリアの笑みを見て、ベルは微笑を浮かべた。
「別に良いのよアメリア。我儘でも。だって、それが貴女だったらしょうがないじゃない。少なくても、我儘な方が良いわよ。自分を押さえつけるよりは全然ね」
そう言ってウィンクをするベル。
その仕草が酷く魅力的で、だからこそ本当にそうなんだってアメリアは思えた。
「……ありがとう。ベルねぇ。だけど……押さえつけてる実感ないの。どうしたら良いかな? ……うん。このままじゃ駄目だよね。でもどうしたら良いかわからなくて……」
「簡単よ。貴女が何をしたいか考えて、そうすれば良いの。周りの迷惑を考えずにね」
「……んー。私何をしたいんだろ。良くわからないや」
「それは困ったわねぇ。私なんて具体的なやりたい事だらけで困ってる位なのに」
「ベルねぇらしいね」
「でしょ? ああ、でもそうね。とりあえずは生活環境をもう少し快適にしてみたらどうかしら? 手伝ってあげるわよ? これでもお姉ちゃん大金持ちだから。どうしたい? 何ならもっと良い惑星プレゼントしちゃうわよ?」
そう言われてその事を考えて……一つだけ、アメリアは自分のやりたい事が何なのか、わかった様な気がした。
「ありがとうベルねぇ。だけど、何もしなくて良いよ」
「本当? 欲しい物沢山あるでしょ? 図書館惑星を作って隣に持って来るとか出来るわよ?」
「あはは。ヴォルフ辺りが聞いたら本気で喜びそう。だけど、いい。というよりも、して欲しくない」
「どうして? 遠慮はいらないのよ本当に」
「うん。してないよ。ベルねぇは遠慮したら怒るタイプっぽいし」
「当然よ。遠慮しないから家族。そうじゃなかったら他人と同じじゃない。で、どうしていらないの?」
「だってさベルねぇ。考えてみて」
「うん」
「今さ、何もなくて凄く不自由でさ、だからどうにかしたいじゃん」
「うん」
「それをさ、自分が頑張って、自分の努力で自分の好きな様に改善する。それって、凄く贅沢じゃない?」
全部自分でやるからこそ、きっと楽しい。
そう言葉にするアメリアの目は、キラキラと輝いていた。
――ああ、そうか。この子はただ、私と同じで籠の中で満足しない鳥だっただけか……。
ベルはこっそりと微笑んだ。
「なるほど。そりゃ邪魔したら駄目だ。プラモデルを人が作る様な物だったわね」
「プラモデル……って、何?」
「何でもないわ。まあ、良かったわ。あめあめにやりたい事があって。お姉ちゃん応援してるわ」
「ありがとうベルねぇ」
「良いのよ」
そう言って、よしよしと撫でるベル。
そんなベルに、アメリアは甘える様に体を預けた。
この時……アメリアがやけに素直で甘えた事に、ベルは特に違和感を覚えていなかった。
基本他者との距離感がバグっているベルにとってこんな事は当然の事でしかないからだ。
その原因が『のぼせている』からだと気付いたのはもう少し後……アメリアの顔が真っ赤になってふらふらしてきてからだった。
ありがとうございました。




