最初の零から二人から
それは、正しく覚悟であった。
アメリアがこの農業小惑星に自らの意思で戻って来るという事は即ち、貴族としての責務を放棄する覚悟……つまり、家族を捨てる覚悟という事に他ならない。
サーザントはアメリアを捨てたつもりはなく、ヴォルフもそうは思っていないが、アメリア自身はそれだけの覚悟を持ってこの惑星に戻って来た。
我儘お嬢様なはずの……いや、我儘放題だったからこそ、アメリアは強く反省をした。
自分はちやほやされる資格なんてないと。
自分なんて、貴族である価値はないと。
愛される資格のない自分は、我儘なんて言ってはいけない。
だけど、当然ながら勝手に家出して来たのだからこの家出もまた迷惑な我儘である。
それも家を護る事こそが命題である貴族として考えたら決して許されざるレベルの。
だからアメリアは責任を取る為、そしてこれまでの迷惑をかけた分のお詫びとして、自分が持つ資産をばらまいた。
自分の惑星を管理に関わってくれた従業員、父の従者達等々、迷惑をかけたと考える全員に。
貴族だからこそ受け取る資格があったと考えたお金は、全て還元しきった。
それでもまだ、アメリアの手元には三千万UDという一般市民の年収五年分相当が残っていた。
父や母から受け取ったお小遣いやお年玉。
また学問において成果を残した際の報奨金、他にも学園生時代機械適正を利用したちょっとしたテスターのお手伝いをした時の給料等。
そういった家族直接から貰った物と自分で稼いだ物。
それだけが、貴族ではないアメリアが持つ事の許された金額。
だが、それさえもう手元にはない。
ヴォルフに使わせてしまった金額を全額返済して、その後の端数で農業に必要そうな機材とヴォルフの持ち家であるあのボロ屋の改築、そして旧式の食料変換機用の調味料データチップを幾つか買ったら、あっさりと底を付きた。
アメリアは、本当の一文無しとなっていた。
家の改築内容は外観と内装をもう少しマシな物となる様にした事に加え、二部屋程追加しただけ。
農業研究用の部屋と、もう一つの寝室。
つまり、ヴォルフの為の寝室である。
本当は今の寝室をヴォルフに明け渡して自分が寝袋で……と考えたが、その案にヴォルフが許可を出すビジョンが見えなかったから一部屋足す事にした。
実の事を言えば、建築を依頼した時点では一人での家出であった為、ヴォルフは連れて来る予定はなかった。
それでもわざわざヴォルフ用にもう一部屋作ったのは……まあ、アメリアなりの未練であった。
幸いヴォルフが来てくれた事により、その部屋が無駄になる事はなかったが。
そうして、本当の意味で一文無しとなり色々な意味でさっぱりして……アメリアの新生活がスタートする。
貴族という身分を捨てたのに、それでもついて来てくれたヴォルフとの二人三脚の不自由貧乏生活が。
今でも、アメリアは自分が何でこんな選択をしたのか理解出来ずにいる。
責任を取るならともかく、家出なんて我儘をどうして選んだのか。
わからないが……後悔はしていなかった。
振り回した家族や迷惑しかかけていないヴォルフには申し訳なくは思うが、それでも……不思議と後悔だけはなかった。
「見事な物ですね」
ヴォルフはその部屋を見て、世辞ではなく本音でそう思った。
その、農業用の研究室を見て。
二部屋は彼らの寝室で、一部屋はキッチン等食事関連。
そして残った一部屋としてアメリアは研究室を設立した。
研究室と言っても少しだけ他の部屋より広くて、専門書幾つか入った本棚とテーブル、ガラス製の実験道具が幾つかあるだけの簡易的な物。
現時点ではミーティング以上に使える物ではなかった。
「お父さんに謝っといて。書斎の本を勝手に持って来た事」
「必要ありません。お嬢様の書斎ですから」
「それでもよ。こんな親不孝な娘だから……」
「そんな事ないと思いますけどね。それで、あっちに……」
ヴォルフは窓側の方に目を向ける。
くぼみの様な不自然な形の三カ所。
そこに外から冷蔵庫サイズの機械が設置出来る様に設計されている事が見て取れた。
今はまだ、何も設置されていないが。
「うん。色々と機材買ったから。と言っても予算的に本来設置する予定だった三つの内一つしか買えなかったけど」
「良くわかりませんが、何が届くんですか?」
「今回はワイズ社製の遺伝子抽出、調整マシン。それのスタンダートアルファタイプ。名前は……ワイズDNAベーシック一号だったかな?」
「……えと、その、遺伝子調合? とやらで何が出来るんです?」
その言葉に、アメリアはぴたっと固まり……そして、我慢出来ずくすりと笑った。
「ごめんなさい。笑ったら失礼だけど、何でも出来るヴォルフが機械になると戸惑うのがおかしくて……」
「俺は割と不器用な性質ですよ。それで、お嬢様。こんなどうしようもない機械音痴な俺でも、ちゃーんとわかる様に簡単に説明して頂けますか?」
「ごめんなさい。拗ねないで。えっとね、まずは種、野菜の遺伝子データの確認かな。それが本当にその野菜かとかちゃんと発芽するのかとか。それと簡単な調整。まあ……不良の種を確認したり、普通に育つ様にしたり出来るかな」
「それは凄い。でも……正直要ります? 不良品の種なんてそんな引くもんでもないし……わざわざ一粒ずつ確認する必要はあまり感じないのですが……」
「将来的には育てるのを楽にしたりも出来るし、一粒が惜しい高級な種とかもあるから。とは言え、確かに今の私達にはあまり役に立たないかな」
「ではどうして?」
「基礎だからよ。他二つの機械を使う時これが絶対必要なの。だからこれ単体ではそこまで役に立たずでも、まずはこれを買わないといけないの。それに……」
「それに?」
「あの人参みたいに訳がわからない状態になった時にさ、今度は自分の手で調べられるかなと思って」
何となく、アメリアの感傷がヴォルフにも理解出来た。
「……なるほど。まあ、わかりました。ですが俺じゃ協力出来そうにないですね。そちらはお任せします」
「うん。代わりに、力仕事はお願いね」
「もちろんです。存分にこき使って下さい。それでお嬢様。さっそくの相談なのですが……」
「うん。何かな?」
「何の種を育てますか? 一応補助金制度利用の為に残った期限の一月と二週間以内に僅かでも利益を出したいのですが……」
「え? 私が決めるの?」
「はい。これはお嬢様の我儘で始まる農業なので」
そう言われたら、アメリアは何も言えなくなってしまう。
「……むぅ。ヴォルフ、本棚から適当に野菜が乗ってる本を持って来て頂戴。話し合いましょう」
「了解です」
ヴォルフは本棚を見てから、辞典ぽい奴と初心者向け農業雑誌を取り、テーブルに並べた。
ありがとうございました。




