選んだ明日は土の味
早朝のメイド係は大分と数が減った。
あの五人がかりでようやくという不人気職はどこへやら。
アメリアの我儘が減った事により今では二人で事足りる。
何なら一人でも何とかなる位だ。
それが、彼女達メイドは非常に寂しかった。
どの位寂しいかと言えば……かつてはメイド長以外誰も希望せず、押し付け合いになっていた早朝起床組。
それに募集が殺到としてしまった位である。
少しでも触れ合いたい。
そして、元気になって欲しい。
メイド達皆心の底からそう願っていた。
見事名誉ある早朝係に選ばれた二人のメイド、その片割れは主の部屋の前に立ち静かにノックをする。
以前は起こさずドアを開けていたが、最近ではアメリアがメイド達よりも早く起床する為、この様な形となっていた。
だけど――今日に限っては返事がなかった。
メイド二人の顔が一瞬強張り……そして……ぱーっと笑顔になった。
――お嬢様がお寝坊してる!
それは、元の自堕落で我儘にに戻ったかもという期待でもあった。
あの日から一週間。
大分生活も安定してきた事を考えると、そろそろ元に戻ってもおかしくはない。
そう、お嬢様の本性は我儘ゴリラのヒステリー様なのだから。
メイドはニマニマとした笑顔のまま、そっとドアノブを持ち、音を立てない様ドアを開ける。
寝坊したアメリアを起こしたら怒られるかも。
ヒスを起こして元に戻るかも。
そんな良くわからない願望を持ちながら部屋に入り――彼女達は、誰もいない空のベッドを目撃した。
まるで使ってないかと思う位綺麗なベッド。
その上にあるのは、一枚の手紙だけだった。
『ごめんなさい』
手紙には、簡潔にそれだけが書かれていた。
メイド達は現状が認識出来ず、笑顔のまま硬直する。
そして徐々に顔を真っ青にして……そして、彼女達は叫んだ。
「た、大変です! お嬢様がいらっしゃいません!」
「誰か! 誰か! すぐに来てください! 大変なんです!」
そう叫びながら、彼女達は屋敷中を走り回った。
「何やってるんだろうなぁ……」
アメリアは、一人ぽつりと呟く。
自動の、小型宇宙船の中で。
もう迷惑をかけない様にしようと思っていた。
そのはずだった。
なのに……家出した。
最低最悪の我儘過ぎる。
貴族として許されない事……いや、人として許されない事だ。
「結局変われなかったなぁ……」
ヴォルフが倒れて、死ぬかもと思って……それで怖くなって……。
だから良い子になろうと思った。
もう誰の迷惑にもなりたくない。
こんな事をしているけれど、今でも本気でそう思っている。
だというのに、本当に何でだろう。
自分でも、本当にわからない。
どうしてわざわざ恵まれた生活を捨てて、そんな苦難の道を選ぼうとしているのか。
貴族として護られて来た何も出来ない小娘が、それを捨てたらどうなるか。
責任を取る事さえ出来ない罪を犯せばどうなるか。
碌な末路が残っていない事は、わかりきっている。
「若さ故の過ちって事で、きっと後悔するでしょうねぇ」
最初からそうわかっている。
なのに……。
そして、宇宙船は到着した。
あの、苦難と受難の待っていた小さな惑星に。
降り立って……アメリアは大きく深呼吸をする。
どうしてこんな馬鹿をしたのかわからない。
わからないけれど……一つだけ確かな事があった。
この小さすぎる星は、息苦しくなかった。
酸素濃度は変わらず、それ以外は全て劣悪。
だけど、呼吸が苦しくなくて、そして自然と笑顔に成れる。
ヴォルフが楽しそうにしていた理由が、少しだけだが理解出来た様な気がした。
「……本当は、一緒に……ううん。それは我儘過ぎるね」
一人の孤独を味わいながら、アメリアはそんな苦笑をする。
もうこれ以上、彼の手を煩わせるのはいけない。
そんな事、誰に言われずともわかっている。
ヴォルフは誰よりもアメリアの我儘に苦しんだのだから。
「さて……まずは準備をしましょう。前の時の様に何もない訳じゃなくて、今度は少しだけど色々持って来てるし……」
小さなバッグ一つを持ちながら、アメリアはいそいそとあのみずぼらしい一軒家の方に向かう。
そして扉を開け……。
ガチャっという、非常に嫌な音を、アメリアは耳にした。
ガチャガチャと扉を動かそうとする。
だけど、扉は溶接されたかのようにその場に固定されていた。
「そりゃそうか。鍵がかかってるよね。はは……」
さっそく前途多難な状態に、アメリアは死んだ目で乾いた笑いを見せる。
そんなアメリアは、背後からすっと何かを手渡された。
「ん? あ、カードキー。ありがとうございます」
アメリアはカードキーを受け取ってから通し、扉を開いた後……ようやく状況が頭に入って来て……おそるおそる、背後を見る。
そこには……いつも通りの仏頂面をしたヴォルフがいた。
「……ヴォルフ……さん」
「はい。何でしょうか。アメリアお嬢様」
「えっと……その……ご、ごきげんよう?」
「ご機嫌はあまりよろしくありませんがありがとうございます」
「い、いえいえ。えっと……その……どうしてこちらにいるのか尋ねても?」
「それはむしろ俺の方が聞きたいのですが?」
「あうっ」
「お嬢様。一体何故こんな事を?」
「えっと……その……ごめんなさい。迷惑ばかりかけて……本当に……。本当に悪いと思ってるの! でも……」
ヴォルフは小さく溜息を吐いた。
「お嬢様。俺は別に怒っていません。だから、教えて下さい。どうしてこんな事をしているのですか? 本当にわからないんです」
「……えっと……その……私にもわからなかったり……したりしちゃったり……あはは……」
「何ですかそれ」
「強いて言えば……ただの我儘……かな」
しょんぼりしながらのアメリアの言葉に、ヴォルフはぴくっと反応する。
そして腕を組んで考えた後……。
「我儘なら、しょうがないですね」
そんな、今までのヴォルフならあり得ない、甘すぎる言葉を吐いた。
「え?」
「お嬢様の我儘は今に始まった事じゃありませんから。それなら仕方がないなと」
「え? え? あの、何かヴォルフ楽しそうなんだけど気のせい?」
「気のせいですよ。ええ。それで、他にどんな我儘がありますか? 出来るだけ聞きましょう」
「え? なんで?>
「良いから。おっしゃって下さい。どんな我儘がありますか?」
「えっと……前みたいに畑仕事したい……かな。今度は手が痛くない形で。後は……」
「ふんふん。ちょっと待って下さい。メモを取りますので」
「いや、なんで私の我儘にそんな熱意が籠ってるの!? ねぇ!? ちょっと怖いんだけど! ヴォルフ笑ってない!?」
「笑ってません」
「いや、今笑ってたって! どういう事! ヴォルフどうしたの!?」
パニックになるアメリアを横に、ヴォルフはどこか楽し気な表情で慌てるアメリアの姿を見ていた。
アメリアは何もわからない。
ただ、寂しくも怖くもなかった。
彼が居れば、それだけで……。
深夜……彼の元に通信が届く。
衝撃的で、そして意味のわからない通信が。
『と言う訳で、お嬢様は自主的に島流しに遭いました。ですので、その辺りは上手く調整してください』
通信先からそう聞こえると、彼はそっと溜息を吐いた。
――本当に、訳がわからない。私は本当に親失格だな。
そんな事を彼、サーザント・レーヴェル侯爵は考える。
どうして何でもある世界から、わざわざ何もなく苦しい目にしか遭っていない世界に行ったのか。
何故助かる道を捨て自分から苦難に飛び込んだのか。
三つの小惑星と中規模惑星一つ。
そして最高峰の宙船と自由。
サーザントが与えた物その全てを捨て、極小の何もない惑星に苦しみに向かう。
長く生きて来たサーザントなのに、まるでわからない事しかなかった。
娘の心情を予測する事さえ出来ない。
ただ一つだけ言えるのは……贖罪なんて理由ではない。
ヴォルフの言い分から、それだけは確かだろう。
「本当に、それで良いのかい?」
改めての確認である。
今回の事でサーザントも流石に懲りていた。
娘だからちょっと後回しにしても良いだろうと思っていたら、娘がセルフ拷問して要治療である。
そのナノマシンの効能を知るサーザントだからこそ、本当に悔やんだ。
アメリアに投与されているナノマシンは最悪腕が切り落とされても治療出来るだけの能力を持っている。
それが治療出来ないという事は、それ以上のダメージだったという事だ。
場合によっては、死んでいてもおかしくなかっただろう。
幾ら人でなしと言われる位過程を顧みたい彼であっても、娘がそんな目にあって後悔しない程酷い男ではなかった。
『はい。それがお嬢様の希望で、意思でした』
サーザントは溜息を吐いた。
「わかった。それが希望というのなら……」
『はい。十分に利用してください。これは使える手でしょう?』
ヴォルフの言葉にサーザントは苦笑する。
「そうだね。要治療を受けた後、責任感から自ら再び責務を受ける。これはアメリアを追い詰めた奴らに反撃する良い一手になるよ」
いつもの様に冷静に、平等に、そして政治的に。
サーザントは、そのつもりであった。
『……えっと、旦那様?』
「ん? どうかしたかい?」
『いえ、その……先程の言い方でしたら……その……政敵への対応ではなく、お嬢様を追い詰めた奴らに復讐するような言い方でしたが……』
言われてきょとんとした後……サーザントは我に返った。
是非を正すのではなく、追い詰める事が目的。
今、サーザントは、何時もの中立から気づかぬ内に外れていた。
「なるほど……。どうやら、私の様な外道にも家族を想う気持ちとやらが残っていたらしい。うん……我ながら意外だね」
そう言って、サーザントは楽しそうに笑った。
『お願いですから、お嬢様とちゃんと話して下さい。本当に……』
「そうだね。時間が空いたらそちらに行くよ。その時まで、君達がまだその惑星にいたらだけど」
『まあ、お嬢様ですからね。飽きる可能性は十分にあります』
「だね。とは言え……それならそれで良しと思うよ。ああそうそう、そろそろ惑星の名前は決めておいた方が良いよ。とりあえずさ、その惑星の所有権を君達の両名という事にしておくから」
『ありがとうございます。……では、報告を終わります。次の連絡は……』
「しばらくは出来ないでしょ? とりあえずさ、長く続ける予定だったら連絡出来る環境を整えておいて欲しいかな。直通の長距離通信とは言わない。近場の通信環境までアクセスできる程度で良いからさ」
『まあ、目指しては見ます。難しいでしょうが』
「はは。まあ、後は頼むよ。……ああ、それと、もしも手を出したりしたら早めに連絡してね。お祝い持っていくから」
『俺でも本気で怒る事はありますよ? 手を出す訳ないでしょう。俺なんかが。では、失礼します』
そう言って、ヴォルフは乱暴に通信を切断した。
「ありゃ。本気で怒っちゃったか。はは、若いねぇ」
サーザントは揶揄う様なそぶりで笑った後――急に、真顔に戻る。
彼は今極めて冷静を装いながら……どこまでやるのかを考え出した。
少しだけだが、今までは気持ちと目的に矛盾があった様に感じる。
だけど、今はそれが消えていた。
真偽を示し、是非を正す。
そうしようと思っていた。
だけど、少しだけ目的をずらす。
アメリアを苦しめた奴らに、傷付けた奴らに裁きを下す。
間違った事はしない。
法を破らず、貴族としての責務を忘れず……。
その上で、アメリアを切り捨てた男、アメリアを利用して自分を蹴落とそうとした政敵、その他諸々。
その全員に、後悔させる。
変わらず貴族として振舞うサーザントだが、その根本にあるのは何時もと違ってまごう事なき私欲であり、家族への愛だった。
「さて……そういう事なら、ヴォルフの助言もあった事だし、家族との交流も兼ねてどちらかに協力を頼もうかね。どちらが良いかなぁ……」
そう呟き、サーザントは自分の長男と長女の連絡先を見比べた。
ありがとうございました。




