全てが終わり、夢の後
気づけば……アメリアはあの農業極小惑星ではなくいつものお屋敷の広いベッドで天上を見上げていた。
アメリアの為に用意された惑星の、アメリアの為だけの屋敷の部屋。
何時もの部屋なのだが、贅沢過ぎて落ち着かず、そわそわした気持ちとなってしまう。
正直に言えばアメリアは話についていけておらず、何の状況もわかっていなかった。
あっという間に帰れないはずの自宅に戻って、そして治療用のナノマシンを摂取した。
アメリアは自分の手に目を向ける。
その手は、ボロボロだった事などなかったと言わんばかりに元通りの綺麗な手に戻っていた。
「もしかして違和感が残りますか?」
隣で椅子に座るヴォルフは不安そうに呟く。
アメリアとしてはもう何ともない事なのに、ヴォルフはまるでアメリアを病人の様に扱ってくる。
それが、アメリアには少しだけ嫌だった。
ヴォルフの言葉にアメリアは首を横に振り否定する。
「ううん。……何と言うか、現実味がないだけ。今のこの生活が夢の様にも思えるし、あっちの生活が夢だったとも思える。そんな……ふわふわした気持ち」
「そうですか」
「……ヴォルフ。状況を教えてくれる? どうして私は帰れたの? それと、これから私はどうなるの? あの星は? 結局一体何がどうなってるの?」
「順番に話します。まず、何故帰ってこれたかと言えば……レーヴェル公爵特製のナノマシンでさえ治療が出来ない重度の傷を負ったので緊急治療として一時避難……という形にしました」
「なるほど。そういう建前なのね」
そう言葉にするアメリアに、ヴォルフは溜息を吐いた。
「……流石に溜息は、ちょっと傷付くんだけど」
「では、ちゃんと言葉にします。何の建前でもなく大怪我だったので帰宅しました。だから本当にご自愛ください」
「う、うん。ごめん。次からはもっと気を付ける」
そんなアメリアの言葉を聞いて、ヴォルフは再度溜息を、しかもわざとらしく大きな声で吐いた。
次なんてあってたまるか。
でかかった言葉をヴォルフはぐっと飲み込んだ。
爪が合計六本消失し、指先が抉れ骨まで削れていた状態。
手首までの部位全てに傷が残りケロイド状の治癒跡まで残るそれは、まるでむち打ちと火傷を年単位で食らった拷問跡の様。
そんな状態だったのだから、緊急療養となっても誰も文句は言わない。
というか言える訳がない。
事実、その情報を知った侯爵や財団は全員揃って口を噤んだ。
アメリアに責任があると責めていた職員でさえも。
倫理的に、道徳的に、それ以前に大人として子供に化してしまった宿業に、誰も何も言葉にする事が出来ない。
子を持つ女性職員の中には口元を抑え泣き出す者さえいた。
ヴォルフの言葉は、決して大げさではない。
未成年がそんな拷問染みた事を自らするという結果に文句を言い、更にもっと苦しめという馬鹿がいれば、即座に差別主義者として社会から追放される。
彼らが偉そうにしていられるのは大人の責任を果たしているからであり、そしてその責任には本来子供を護る事も含まれていた。
自分の子供でなくとも。
だから誰にも妨害も受けずアメリアは治療を完遂した。
治療と言っても、ナノマシンを微調整し投与するだけの簡単な物だが。
「それでこれからどうなるかと言えば……まあ、このままとなるでしょうね」
「え? このままって?」
「治療で戻ってから、後はなあなあで元通りの生活になるかと思います。誰も文句を言えないだけの状況になりましたからね。後はまあ……ついでと言えばついでですが、旦那様の方もそろそろ動くでしょうし」
元々、九分九厘冤罪でこの状況である。
だから、サーザント・レーヴェル侯爵が動かない理由はない。
例え家族が相手であれ、レーヴェル公爵は贔屓をしない。
だからこそ同時に、誰が相手であっても絶対に冤罪を許さない。
物事を正しい形に、そして間違えた物を必要以上に厳しく断罪する。
そういう誠実さこそが、レーヴェル公爵の長所であり欠点でもあるからだ。
家族がいないヴォルフからしてみれば、もう少し家族に対しては贔屓しろと本気で、心から思う。
だから正直、その誠実さを長所とは呼びたくなかった。
「もう、戻らなくても良いの?」
アメリアの言葉に、ヴォルフは頷く。
「はい。その必要はありません。美味しい物を食べて、好きな事をして……そして色々な事を学んで下さい。将来やるべき事の為に」
「……そか。……元に、戻ったんだね」
「はい。元に戻りました」
そう呟くアメリアは、未だ現実感がないのかどこかぼーっとしている。
疲れたのだろうと考え、ヴォルフは邪魔をしない様部屋を出ようとして……。
「待って」
「はい。何でしょうか?」
「あの惑星は、あの農業したあそこはどうなるの?」
「ああ。失礼しました。もうしばらくは私が管理して、その間に色々と調査隊が入るかと」
「調査隊?」
「はい。念の為ですが……人参がやけに大きくなった原因があそこにあるかもしれませんので」
「そか。……そうだよね。……ああ、それだけは、未練だな」
「お嬢様?」
「いや、結局さ、あの人参、ちゃんと売れたのかわからないままだから」
「売ってもらう様頼んではいますから、結果がわかったら報告します。とは言え……長引いている事を考えますとあまり期待は……」
テイカーに全部任せているのに、未だ連絡がない。
彼は誠実……少なくとも、ヴォルフには誠実である。
そんな彼が手こずっているという事は、結果は芳しくなかったのだろう。
「そか。ごめんね。私の所為で」
「お嬢様に悪い部分は何も御座いません。実際、美味しかったですし。だから後は……どうかゆっくりお休みください」
そう言葉にしてから、ヴォルフは部屋からそっと退出した。
部屋を出てすぐ、ヴォルフは大量のメイドに取り囲まれる。
彼女達の表情には皆一同に同じ。
暗く、悲しく、そして深い怯えが入っていた。
「どうかしましたか?」
ヴォルフの言葉を聞き、早朝メイドのリーダーがそっとそれを代表として提出する。
その、嘆願書を。
あの日から、アメリアは我儘ではなくなった。
メイド達に厳しく当たる事もなく、嫌味を言う事もない。
何かをしてもらったらお礼を言う様になったし、何か悪いところがあるなら変わるから言って欲しいとも伝えてきた。
優しいご令嬢になった。
それが、この結果。
この大量の嘆願書は、全てのメイドが同じ事を書いていた。
色々綺麗な言葉で並べ立てているが、嘆願書に書かれている内容は全て……元の我儘娘に戻って欲しいという願いだった。
「ヴォルフ様。お願いします。あの姿をどうにかして下さい」
「殴っても叩いても良いです。まあ元々暴力だけは振るわない方でしたが。でも、どれだけ乱暴になっても構いません。今の姿は見て居られません!」
「ああ……お嬢様……あんなお姿に……何と不憫な……。
嘆願書を持つメイド長は、いつも毅然とし、凛々しい。
そんな彼女でさえ、今は目に涙を溜めている。
彼女達は、我儘なアメリアに付き合わらせ、八つ当たりをさせ、酷い暴言を吐かれている。
それでも、彼女達は教育係であった。
アメリアの親代わりになろうとして、これまでこの屋敷に居た人達である。
そんな彼女達が、何かに怯えるアメリアを見て、喜ぶ訳がなかった。
大人になり我儘じゃなくなったのなら良い。
そうして成長したのならば、それは喜ばしい事だ。
だけど、これは違う。
これは……ただ子供が傷付き苦しんで、自分を更に傷つけ続けているだけだ。
我儘な大怪獣?
元気があって可愛かった。
暴言ゴリラ?
全然良い。
その位のメンタルでないと混沌と謀略の貴族社会を生き抜く事など出来る訳がない。
反省しない?
長所じゃないか。
ふてぶてしい主の方が、部下達は安心する。
別に良かったのだ。
可憐でなくても、優しくなくても。
彼女が彼女らしければ、それで良かった。
彼女達は皆、誇りを持っていた。
アメリアというつぼみを大輪にするという、その使命と誇りを。
そしてそれは、ヴォルフも同じ気持ちであった。
「わかっています。ですが……俺でもどうする事も……」
「なんとおいたわしや……毎日、我々が起こしに行くよりも早くに起きていて……あれはきっと夜も眠れずに……」
「ああいえ、それはただの習慣です」
あちらの生活を知るヴォルフはすぐに否定した。
「あ、そうなんですか」
「はい。農家の朝は早いので」
「……なるほど。……やっぱり、お嬢様に農業というのは、少々無理がありましたね……。考えなくてもわかる事ですが」
そのメイドの言葉は、絶望的なまでに正しい。
アメリアには向いていなかった。
そのはずなのに、ヴォルフは一瞬だけイラっとしてしまう。
間違っていない言葉であるはずなのに。
「……ヴォルフ様? どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。しばらくは、皆様の手でお嬢様を癒してあげてください。しばらくすれば……たぶん、いえきっと元に戻ると思いますので」
そう言葉にするが、メイド達はそれを信じない。
婚約者に裏切られ、親に庇われず、島流しになって拷問の様な傷を自ら付ける。
しかもそれがあの好き放題生きていたアメリアの受けた所業。
まさしく天国から地獄である。
だからこそ、メイド達は泣かずにはいられなかった。
その心の傷は、想像する事さえ容易ではなく……。
だけど……ヴォルフは違うと考えていた。
当事者であったから、何となくわかるのだ。
世間一般の言う『酷い生活を受けた』というのは少しばかり違うと。
あの時、自分が倒れた事を除けばアメリアは割と上手にあの環境と付き合っていた。
鋼のメンタルとゴリラマインドが良い方向に働いていた。
だから傷付いたのは、きっと自分の所為だ。
そう理解する事は出来る。
それと同時に……何となくだが、今のアメリアには心の傷があるだけじゃない様な気もする。
何かを演じている様な、そんな違和感が……。
嘘や演技をしている訳ではない。
あれは本当に傷付き、落ち込み、過去を反省している姿である。
それを、長い付き合いのあるヴォルフが間違える訳がない。
たけど、それだけじゃあない。
間違いなく、アメリアは、何かを隠している。
本心か、欲望か、何かわからないが、何か重大な感情を。
単なる気のせいかもしれないが、ヴォルフにはそう思えて仕方がなかった。
ありがとうございました。




