美味しくなんて期待出来ないしてはいけない
「と言う訳で、お嬢様の作った星鉄人参を彼に検査して貰った結果……」
ヴォルフの言葉に、アメリアはドキドキと心臓を高鳴らせる。
「……食事に関しては問題ないという事が判明しました」
その言葉を聞いて、アメリアはほっと安堵の息を漏らした後……再度不安な表情となった。
「と言う事は……その……売る事が出来ないとか……」
「いえ。そうと決まった訳ではないんです。正直、よくわからないんですよ。何分あのサイズになった理由が不明で……とは言え、成分調査の結果は問題なし。サイズが違うだけですので売買に関しても決して問題はないとは思うのですが……」
「でも……売れないかもしれないんだよね? ごめんなさい……私の所為で……」
そう言って、アメリアは俯く。
今のアメリアは我儘ではなくなっている。
これだけ自分を責め続ける人が、何を言っても卑屈に捉える人が、我儘である訳がない。
とは言え、このままでいいとはヴォルフは思わない。
これなら我儘であった方が良かった。
全然アメリアらしかった。
「まあ、そういう訳ですので、食べるのに問題ないので……最初の約束通り、食べましょうか?」
ヴォルフの言葉に、アメリアはきょとんとした顔をする。
食事が辛いから、野菜でも良いから一本食べたい。
そう言葉にしたのは僅か数日前の事だが、彼女にとっては忘れるのが当然な位、昔の事であった。
「お嬢様。やはり俺が……」
不安そうな顔でヴォルフはそう言葉にする。
だけどアメリアは微笑みで、首を横に振った。
「大丈夫よ大げさね」
そう言いながら、アメリアは鍋で星鉄人参を煮込んでいた。
バターは当然塩もコショウないから合成スープの中に浸して煮ているだけの、簡易スープ程度にしか出来ないが。
「どこが大げさな物ですか。その手では痛いでしょう。だから俺が……」
「いやオタマを混ぜるだけだから。……それに、正直言うとちょっと楽しくもあるの」
「楽しい……ですか?」
「うん。大きな包丁とか、鍋とか、そういった一切自動化の入ってない調理器具って使った事なかったからさ、最初はちょっと怖かった。けど……やってみたら案外簡単で、これはこれで合理的なのよね……」
「そうなんです?」
「うん。……まあ、この面倒さを楽しめるのは、たぶん、今の私だからだけど……」
そんな事……と言おうとしたが、止める。
その言葉は、間違っていない。
我儘な頃のアメリアならばきっと、ただ文句を言って投げ出していた。
「では、俺はスープ皿を用意しておきます」
「お願い。……ただ、もうしばらくは煮込んでおきたいかな。……せめて味が変わってくれる事を願って」
そう言って、アメリアは苦笑する。
「そうですね」
アメリア程辛くはなかったが、ヴォルフもこの食生活は何とかしたいとは思っていた為その気持ちは痛い程理解出来た。
そうして、料理が出来上がる。
とは言え……それは料理と言う程大した物では決してない。
なにせいつもの栄養価だけはある薄味合成スープに輪切りにした人参を突っ込んでちょっと煮ただけ。
それを料理と呼ぶのはちょっとばかし烏滸がましく感じる。
それでも、星型の人参はお洒落でちゃんとスープっぽくなって、外見だけは相当マシにはなっているが……。
「ちょっとだけ美味しそうに見えるね」
星型の人参を見て、アメリアはそう呟く。
輪切りにも関わらずあまりにも大きくて、まるでスープじゃなくて人参が主賓の様な有様となっている。
ただまあ、アメリアの期待感は相当に低くなっていた。
なにせただ煮ただけなのだから。
ヴォルフはいつも通りの仏頂面。
仏頂面のまま、アメリアに頭を下げた。
「ありがとうございます。頂きます」
「あ、うん。どうぞ。美味しくなかったらごめんね」
「いえ、大丈夫です」
そう言って、ヴォルフはちょっとしたステーキサイズの人参をフォークで突き刺し、口に運びがぶりとかぶりつく。
柔らかいけれど、分厚く切ったからか確かな歯ごたえが感じられた。
「……なるほど。マトモな歯ごたえがあるというだけで嬉し――」
「ちょっ! ヴォルフ!? どうしたの?」
「へ? お嬢様。一体何が……」
何故か慌てているアメリアを見てヴォルフは首を傾げた。
「だってヴォルフ……泣いて……」
言われ、ヴォルフは初めて気が付いた。
自分の目から、涙がこぼれている事に。
「ああ……そうか……そういう事か……」
ヴォルフは天井を見ながら、この感情を理解する。
それは……感動だった。
「な、何!? どうしたの!? 何からしくなさ過ぎて怖いんだけど! というか私ヴォルフの涙とか初めて見た様な気がするんだけど!?」
「はっきり言いましょう。凄く美味しいとか、そう言う事はありません」
「え!? じゃあ不味かったの?」
「いえ、思ったより美味しい位でした。作って貰っての無礼な発言、お許し下さい」
「ううん。それは良いけど……じゃあ……どうして……」
「食べれば、わかります。はい」
訳がわからないままにヴォルフに気圧されながら、アメリアはスプーンで人参を一口サイズに切り分けて掬い、口に咥える。
人参独特の歯ごたえがあり、薄い塩味に野菜特有の強い甘味が混ざって、口の中に上質な味が広がった。
とは言え、ただそれだけ、その程度。
美味しいなんてとてもではないが言えず、本当にそれ以前の話でしかない。
だから当然、これまで食べて来た美食と比べたら大した事はないのだが……。
「何で……何で涙が……ああ、そうか……。ヴォルフが感じたのは、この気持ちか……」
ほろりと涙を流しながら、アメリアは呟く。
アメリアが屋敷で食べていた料理は最上級の食材をふんだんに使ったシェフの拘りの逸品。
それと比べたらアメリアが煮込んだだけの人参なんてのは比べる事さえ失礼なレベル。
だが、比べるべきは美食ではなく、昨日までの食事。
昨日までのぽりぽりとした合成食料とこの薄味スープ。
栄養は十分あって、適量食べたら誰でも完全理想体型。
完璧な食事と言っても良いだろう。
だけど……それは決して料理ではない。
あれらが料理であるとは、アメリアは絶対に認めない。
そういう意味で言えば、ただ人参を入れ煮込んだだけであっても、まあまあ程度の美味しさであっても……。
それでも、これは紛れもなく料理であった。
「お嬢様。私達は今、ようやく人に戻れました……」
「そうね。うん、私達は……人じゃなかった。あれは……人が食べる物じゃなかった……。ありがとう……人参さん。私達は貴方を血肉して明日を生きるわ」
彼らは無心で、食事に勤しむ。
感情を表に出しながらの食事は、虚無を感じない食事は、本当に久しぶりだった。
馬鹿みたいに大きな人参だったのに、人参もソテーやら生やらで色々と食べていたら、気づいたら一本まるまるなくなっていた。
ありがとうございました。




