テイカー
彼はヴォルフとの約束通り、種を売ったその一週間後アメリア達の住む惑星に向かっていた。
「ちっ。めんどくせぇな本当に」
そんな事を言いながらなのに、彼はどこか楽し気な微笑を浮かべていた。
彼という人間を敢えて言葉にしようとするなら、その性根の様に少々以上に面倒臭いとなるだろう。
ひねくれ者で、貴族嫌いの女嫌い。
だけど一番嫌いなのは自分の顔で、出来るだけ見せない様に、見ない様ににする為古臭い宇宙服なんて見に付けている。
頑固でわからずやで、我儘で傲慢。
どうして行商人なんてやっていけるのか不思議な人物と言っても良い。
そして、ヴォルフにとって数少ない友人の一人。
彼、『テイカー』という偽名を名乗る男を知るならば、それだけで十分だろう。
テイカーにとってヴォルフとの取引はほとんどボランティアに等しい物であった。
なにせ購入商品は基本財団の物であり、テイカーはそれを配送するだけ。
利益なんて雀の涙……いや、辺境過ぎるこの辺りまで来るとはっきり言って輸送費だけで赤字である。
一応野菜の売り手でもあるから星鉄人参の出来次第ではテイカーにも利益は入るのだが……当人と財団の取り分とを考えるとそれもまた怪しい。
いや、それ以前にテイカーはヴォルフ相手に金儲けをするつもりさえなかった。
利益優位主義者なんて名前を名乗ってる通り、彼の商売は非常にシビアでかつがめつい。
二度とこいつと商売はしないと思った人間も決して少なくはないだろう。
だから今回も今までと同じ様にすれば……やろうと思えばごっそりと中間手数料を奪い取る事も出来た。
だけど、彼は今回それを選択しない。
テイカーにとってヴォルフは友人である。
理由は、ただそれだけ。
だけどそれだけが、彼にとっては非常に重要な事であった。
彼という人間は、非常に面倒な性格をしている。
だが友情に厚い事だけは確かであった。
むしろ、わざわざこうして配送の手筈を整え、出来るかどうかも怪しい野菜の売り手にもなって、そして相談も聞いてなんて少々厚すぎるフシさえある位だろう。
「全く……本当しょうがない奴だあいつは……」
そんな俺だけがわかってるぜみたいな事を呟きながら、彼は惑星に着陸した。
「さて……あいつの事だからまあひどい失敗はしていないだろうが……大丈夫かねぇ。あの我儘お嬢様と二人っきりで」
テイカーにとってアメリアという存在は不俱戴天と言っても差し支えない程の敵である。
なにせ貴族で女で、その上我儘で我が友ヴォルフを振り回しているのだから。
だからテイカーも何度もヴォルフをスカウトした。
自分の右腕になって欲しい。
何なら社長の座を譲ってやっても良い。
そうやって、アメリアから引き離そうとした。
だが、それは全て無意味な事と終わる。
彼は、従者であった。
そうしてテイカーは地上に降りたち、すぐそこで待っていたヴォルフに片腕を上げ挨拶をした。
「ようわんころ。初めての農業は上手くいったかい?」
「ああ。良く来てくれた。実は二つ程相談があってな……」
挨拶もなしにいきなりの本題。
ヴォルフらしからぬ態度にテイカーは顔を顰めた。
「いきなり相談だぁ? 何やらかした?」
「ああ。まず……数日前に俺は倒れた」
「……は? いや、薬か? それとも医者んとこ行けば良いのか? 生身が得意な医者でここから近いのは……」
「いや、そっちは良い。そうじゃない。その間の星鉄人参の事だ」
「……本当に大丈夫なのか?」
「ああ。とはいっても完治と言う訳じゃなくまだ微熱とだるさはあるから栄養剤とかアンプルとかあればあとで売って……」
「ちょっと待ってろ!」
テイカーは宇宙船の中に走って行き、そして袋詰めにした高級な薬を投げる様に手渡した。
「金はいらん。俺用の奴だだからな」
「いや、それは流石に……」
「良いから受け取れ。ただでさえひでー目に遭ってるあんたから薬代を貰うのは流石の俺様でも心が苦しい。見舞いと思って受け取ってくれ」
「……助かるよ、テイカー。ありがとう」
「おう。いつか数百倍にして返してくれよ」
数百倍。
それはテイカーがヴォルフにいつも言う口癖の様な物であった。
だが実際彼はそれを受取る事はないだろう。
それは相手が素直に好意を受け取れる様にする為の、ただの優しい嘘でしかないのだから。
「んで、相談の一つは薬の事か?」
「いや、あれば助かのは確かだが相談の本題ではない。……相談ってのはまず、お嬢様の事だ。俺が倒れている間に無茶をしてらしく……」
「はっ! いつも人を振り回してたからバチが当た――」
「テイカー。……それ以上言うなら俺は……」
それは、怒気を通り越して殺気に近かった。
「わかった。悪かったよ! 一体アレのどこがそれだけ良いのかわからないが、お前の前じゃ黙っててやるさ」
「いや、すまない。過剰に反応した。今回はちょっと俺も心が痛めてる。後悔してる。……だからさ、無理を承知で頼む。お嬢様の薬を用意して欲しい」
「そこにあるの勝手に使えば良いだろ」
「いや。駄目なんだ。……とにかく見て欲しい」
「……は? おい。お前何言ってるのかわかってるのか? お前……あろうことか、俺にあの我儘お嬢様と顔を合わせろと?」
「顔じゃなくて良い。手を見て欲しいんだ」
「悪いがお前の頼みでもそれは無理だ。そもそもなぁヴォルフ。それ以前にお前は俺の呪われた顔の事を知っているだろ? それなのに……」
「お嬢様は大丈夫だ。そもそも顔は見えん」
「もしもがあるだろうが!」
「そのもしももあり得ない。だから頼む。顔とは言わん。手を見てくれ!」
テイカーは拒絶を示す為、腕を組んでそっぽを向く。
だがそれでもヴォルフは折れる事はなく、必死に頼み込み続けて……十分後。
珍しく、テイカーの方が先に折れた。
『一言も口を聞かない』
『手を見せたらすぐに追い返す』
その条件で、テイカーをしょうがなく、不承不承で、死ぬ程嫌だけど、ヴォルフの提案を受け入れた。
こいつは昔からそうだ。
普段から頑固ではあるが、アメリアの事になると猶更頑固になって梃子でも動かなくなる。
だから、しょうがなく。
本当にしょうがなくだった。
そしてテイカーの前に、彼女が姿を見せる。
万人が見たら万人が振り返る様な美貌。
特に、今は憂いた表情である為いつもよりも魅力は五割増し。
我儘な部分は一切見えない今のアメリアを見れば多くの男は魅了され、きっとこんな場所におらず結婚しどこかの惑星で相当持て囃された事だろう。
まあ、そんな美貌であってもテイカーにとっては吐き捨てる様なゴミでしかないが。
「お嬢様。彼に手を」
アメリアはこくんと頷き、そして両の手を見せる。
それを見て――テイカーは絶句した。
『……は? お前……一体何をしたらこんなに……』
しゃべるつもりはなかった。
だけどもしもの時の事を考えて、変声機を作動させておいたがそれが功を制した。
あまりの酷さに、テイカーはつい口を挟んでしまっていた。
爪がある指の方が少なく、指先が部分的になくなっている。
傷と傷が幾つも生み出され交わりまるで模様の様になっている。
手全体が、そんな様子で他人事なら吐き気さえしてくる位。
拷問でもここまでは酷い外見にはならないだろう。
一言で表すなら、見るだけで吐きそうになる。
そんな傷痕だった。
「俺が倒れている間、お嬢様はずっと畑の方を……」
『馬鹿か。いや馬鹿だ。お前……それはこいつが特別製だから出来る事で……普通はもっと色々な手段を用意する。なんでお前まで素手で……』
「俺が……やるつもりだったから……」
テイカーは悔やんでも悔やみきれないヴォルフの声で、状況を理解する。
つまり、アメリアは知らなかったのだ。
他の手段がある事を。
素手で強引になんてヴォルフにとって最も都合の良い手段しか用意されていなかったから、アメリアはそれを行っただけ。
そしてそれこそが、ヴォルフが後悔する最大のポイントとなっている。
要するに、ヴォルフがアメリアを甘やかした結果がこれなのだ。
アメリアも畑仕事に従事させれば良かった。
当然、素手ではなく他の手段で。
例えばだが、わざと星鉄人参を一つストレスを与え萎えさせ硬くして、それをスコップ代わりにする。
これは星鉄人参一つ駄目にし、他の星鉄人参の質も少々下がる。
だがそれでも、手を傷付ける事はない。
こんな有様になるよりは間違いなくマシな結果であった。
『もう良いぞ。行け』
テイカーの言葉を聞いて、アメリアは一礼をして静かに去って行く。
正直、本当に黙ったままでかつ言われたら言い返さず消えるとは思わなかった。
『……何か、拍子抜けだな』
「落ち込んでるんですよ」
『まあ、あんな手になりゃ当然か。それまでは相当綺麗な手だっただろうし』
「…………」
『どうした? 何が言いたい?』
「いえ。お嬢様は一度として、手の事を悔やんではおりませんでしたので、そう考えた事もない様で……」
『……じゃあ、あいつは何を悔やんでいたんだ?』
「……自分の、我儘だそうです」
その言葉に、馬鹿にする様な軽口を返す事は出来なかった。
外部の奴が気軽に言ってはならない様な、そんな気配を感じたからだ。
だからテイカーはそこには何も触れず、小さく、溜息を吐いた。
「おいわんころ」
「なんだ?」
「あのおぜうさまのナノマシンの型番はなんだ? おぜうさまだから当然入ってるだろ? それなりに良いのが」
「RE:INのナンバー3302のベータ」
「……何だそれ? というかベータって何だ」
「レーヴェル公爵直属専用のナノマシン」
「ナノマシンを一族専用にオートクチュールするとかイカレてるのかあいつら」
「というかお嬢様専属に調整したナノマシンだな。ベータは二番目投与の意味。順番に投与する複合強化式の……」
「そっちはわかる。……ふむ。再生能力ってどの位かわかるか?」
「皇族クラス」
「冗談は言わなくても良いというか言う様なタイミングじゃないだろ」
「冗談じゃないぞ。少し言い過ぎたかもしれんが。準皇族クラス……いや、それだとちょっと弱すぎるか」
「……おい。だったらなんでああなってる。皇族クラスってのは、ちょっとした骨折でさえ放置でも数日で完治する領域だろうが」
「そうだな」
「だったらおかしいだろ。治らない訳が……」
「あれが正常であるとナノマシンが誤認する位に慢性的に手を傷付けていたからだと……」
言葉の意味がわからず、テイカーは一瞬頭が真っ白になる。
そして、あの傷が一度に付いた物ではなくおよそ五日程繰り返し傷つけた物であるという事実を理解した時……ぞっとした、恐怖を味わった。
指を抉る様な傷を、自分から繰り返す。
自傷行為とかそういう程度の話じゃない。
もはやそれは、人の精神が行える範囲の行動を越えている。
「……化物か」
「人ですよ。……ただ、人よりちょっと優しいだけの、我儘だった」
「……そうかい。治療ではないが、何とかする方法は簡単だ」
「本当か!?」
「ああ。というかレーヴェル公爵領の方に声をかけとく。専用ナノマシンがあるって事は正規の生体データがそっちに保存されてるはずだ。それを調整しナノマシン再投与で全部片が付く。というか他の方法じゃかなりきつい」
最高級ナノマシンであの状態であるのなら、治療という手段を用いた時の難易度は相当高い。
少なくとも、医者としてみれば再生は諦め、作り直しかサイバネ治療の方を推奨すると想像出来る位に。
「そうか。じゃあ旦那様に連絡を……」
「取れないだろ? だから俺の方から取っておいてやる」
「すまん。頼む」
「ああ。それで……頼みたい事ってのはもう終わりか?」
「いや。もう一つある」
「ああ……そうだったな。手のショックで忘れてたわ。んで、何だ?」
「最初に言った通り俺が倒れて、その間お嬢様は俺の介護をしながら農作業をしていたんだ。だから……その……正直、何と言えばいいか……」
「あー……。まあ、努力しただけで何とかなる物じゃないしな。失敗したのはしゃーないしゃーない。何なら種位なら融通利かせるぞ? 失敗前提だったから余分に用意してるし……」
「いや。そうじゃなくて……その……いや、俺も何て言えば良いかわからなくなってきた。とりあえず、現物を見て欲しいんだ。どうしてこうなったのかわからなくて……」
「わかった。収穫ボックスに入れておいてくれたか?」
「いや。畑の中だ」
「……あん? どうした? 収穫時に硬くなってたらもうどうやっても硬くなったままだぞ?」
「……とりあえず、その……そこからで良いから、見ていてくれないか?」
そう言って、ヴォルフは畑の方に走って行った。
「……訳がわからんな」
愚痴り、溜息を吐きながらも、テイカーは数十メートル程先にいるヴォルフの様子を観察する。
そして畑に到着したヴォルフがその星鉄人参を引き上げるのを見て……掌を眉の上に置き、眉を顰めた。
それは……人参というより巨大な大根……いや、その言葉でさえもまだ足りない。
少なくとも、子供位の大きさはあった。
「これ、どう思う!?」
超巨大星鉄人参を持ちながらのヴォルフの叫びを聞き、テイカーは腕を組んで考え込む。
そして、満面の笑みで答えた。
「知るか!」
そう答える事しか、彼にも出来なかった。
ありがとうございました。




