遅すぎた目覚め
絶望的な程のけだるさ。
一週間徹夜をした後の様な、そんな感覚をヴォルフは味わっていた。
だけど、決してそれだけではなかった。
優しく抱かれる様な心地よさ。
ヴォルフは目を覚ました時……苦しさと共に不思議と春風の様な心地よさを感じていた。
静かに、目を開く。
その眼の前には、アメリアの顔があった。
真顔で、こちらをじっと見るアメリア。
美しき令嬢、我が主。
それはヴォルフにとって少しばかり予想外過ぎる出来事であり、ヴォルフの脳が一瞬で硬直、停止する。
だから状況がわからず、ただ茫然と、アメリアを見る事しか出来なかった。
「……良かった。目を……覚ましたのね」
見つめ合う中、アメリアはそう呟き、震え……ぽたりと、一滴の涙を零した。
更にヴォルフは混乱状態に陥る。
一体何があったのか、さっぱりわからない。
わからないが……あのアメリアがこんな静かに泣いているのだ。
普通な状況の訳がなかった。
ヴォルフは体を起こそうとして……さっきまで感じていた心地よさを一瞬で失い、吐き気がこみあげて来る様な気持ち悪さと酩酊感を味わう。
それが貧血等の体調不良による物だと、ヴォルフはかつての経験から理解出来た。
「無理しないで。五日も眠っていたんだから」
「い、五日!? そんな……どうして……」
「……ごめんなさい。全部、私の所為なの……」
そう、アメリアは呟く。
それが、ヴォルフにとって一番の衝撃であった。
こんなしおらしいアメリアを見るのは初めて――いや、七歳の時約束した誕生日パーティーを父親にすっぽかされた時以来だった。
「一体何があったんですか……」
ヴォルフは静かに体を起こし、そしてソレを始めて目にする。
その……アメリアの手を。
ヴォルフの髪の毛が一気に逆立ち、視界が一瞬で真っ赤に染まる。
劫火よりも滾る怒りが溢れんばかりに湧き上がって……自分の体調の悪さなど既に欠片も気にならなくなっていた。
「これ……どうしたんですか?」
極めて冷静でいる様自分に言い聞かせながら、怒りを必死に抑えながらヴォルフは尋ねる。
水仕事をする母親とか、そんな次元じゃあない。
火傷の様なボロボロになった痕に何枚も剥がれ再生していない爪の痕。
それはまるで、拷問された痕の様だった。
「ヴォルフみたいに出来なくて……」
「俺みたいに……もしかしてお嬢様あの畑を!?」
「うん」
「何で……何でそんな無茶を……そんな……」
「あはは……最初の二日位までは起きたら治ってたんだけど……ここ最近は全然治らなくて……ナノマシンが切れたかな?」
そう言って、アメリアは力なく笑った。
「毎日って……どうして途中で止めたかったんですか!? そんな……どうして……」
「お金が、欲しかったから」
「お金があってもそんな手じゃ何も……」
「薬が……いると思ったの! ヴォルフを治す薬が……」
決意と悲壮感の叫び。
くらっと、したのは、貧血の所為だけでは決してなかった。
ヴォルフはベッドに倒れ込んだ。
自分の所為でアメリアがこうなった。
白鳥の様な手が失われた。
その事実は、ヴォルフにとって絶望に近かった。
「だけど、もう大丈夫そうだね。熱も下がったし。良かった」
そう言って、アメリアは力なく笑う。
変わった。
アメリアの様子は明らかに前と違う。
前の様な我儘じゃ……いや、活発で元気な頃と違う。
塞ぎがちで良く落ち込んでいた幼い頃に戻っている。
「……俺の所為で、申し訳ありません」
ヴォルフは自分の罪を自覚し、ついそう呟く。
だが……それは明確な失言だった。
少なくとも、普段のヴォルフなら絶対に言わなかった。
「違う! ヴォルフは何も悪くない! 全部私の所為だ! ヴォルフが倒れたのも、こんな場所にいるのも……全部全部……私が我儘で愚かだったから……分を弁えなかかったから……」
いつものヒステリーと違う叫び。
その慟哭の様な叫びの後、アメリアは涙を流す。
一日の内、泣いている時間の方がもう長くなっていた。
ヴォルフは天井を見て、ゆっくりと息を吐く。
我儘な頃も、大人しい時も、アメリアは変わらない。
何時だって、強情なところだけは。
だからきっと、言葉ではもう意味がないだろう。
これ以上何を言っても、アメリアは変わらない。
自分を責める事を、決して止めない。
「ありがとうございます。お嬢様。看病させるなんて従者失格ですね。でも、もう大丈夫です」
「……え? ヴォルフ? どうしたの?」
「いえ、この場合従者として、こう言わないと思いまして。……後は任せて下さい。全部上手くやります」
改めて、ヴォルフは誓った。
アメリアの笑顔の為に生きる事。
そして、アメリアが再び自由に生きられる様に。
その為に、再び従者として相応しき振舞いをしようと――。
ありがとうございました。




