表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我儘令嬢と飼い犬執事  作者: あらまき
2-我儘お嬢様の農家体験記

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/78

我儘の代償

 心が――悲鳴を上げていた。

 不安が胸の中で暴れまわり、恐怖が体に浸透する。


 だから、何時もの様に、そこから逃げたくなってくる。


 現実を忘れ、目を閉じ、そのまま知らんぷりをして生きる。

 それでも駄目なら、逆切れしてヒステリーを起こして、誰かの所為にしてしまう。

 だって、自分は何も関係ないんだからと……。

 そうやって、我儘に生きてきたこれまでの自分が今回もそうしたら良いと甘やかしてくる。


 だけど……それは出来ない。

 逃げれば、ヴォルフはこのまま……。


 それに気づいてしまったら、逃げる事なんて出来る訳がない。

 だけど今度は……怖さで、押しつぶされそうになってしまう。

 本当にしんどい時に立ち向かう勇気が持てない位、逃げ癖が付き過ぎてしまっていた。


 ぺたんと、尻もちを付く様に崩れ落ちる。

 膝が痙攣しているかの様に笑っていた。


「どうしよう……どうしよう。どうしたら良いの。どうしたら……」

 寝袋の中で高熱を出すヴォルフを見て、必死に考える。


 全部まかせっきりだった。

 何かあった時はヴォルフに頼れば良いや。

 そう、思っていた。

 思ってしまっていた。


 不安が恐怖に代わり、心が逃げようとして、それに耐える。

 延々と、そんな考えが繰り返された。


 ヴォルフが死ぬかもと思うだけで、頭が真っ白になって、何も出来なくなる。

 だから……だから私は何も……。


 アメリアは零れそうな涙を堪え……思いっ切り、自分の両頬を叩く。

 パン! と気持ちの良い音が耳に届いて、そして痛みが走った。


 わかっている事が、たった一つだけある。

 泣いている暇なんてない。

 動けるのは、自分だけなのだから。


 両頬の痛みからアメリアはある事に気付き、立ち上がってそれを探しだした。

 今の今まで忘れていたが、あの堅物生真面目なヴォルフである。

 準備をしていない訳がない。

「ヴォルフの性格上わかりやすい場所に設置するわよね。だけど同時に表に見えない様にして……すぐに取り出せて……」

 きょろきょろと周囲を見渡すが、それらしい物は見当たらない。

 一瞬、焦燥感が体を襲いだすが、すぐに抑え込む。


「待って。そうじゃない。諦めるのは後で良い。考え方を変えて……」

 アメリアは少し考え、自分とヴォルフの身長差を計算に入れる。

 自分の目線で見当たらないという事は……。


「上か」

 アメリアは椅子を動かしてその上に乗り、周囲を見る。

 そして、棚の上にあるそれを発見した。

 簡易治療キットというそれを。


 とは言え、はっきり言って、それ自体を期待はしていない。

 所詮簡単な怪我を治す程度かちょっとした体調不良を治すのが精々で、文字通りの簡易治療。

 応急処置の手前位しかそれは出来ない。


 だけど、一つだけこの状況で役に立つ物が入っている。

 それは……。


「あった!」

 アメリアはキットの中からそれを見つけると、他の物を投げ散らかしながら取り出す。

 その、『ダイグノウスツール』を。


 このダグノウスツールというのが何かと言えば、ぶっちゃけ簡易の診察キットである。

 体調不良の原因をそこそこの精度で調べてくれる医者代わりの道具。


 そしてその結果がもし緊急性のある物だと判断された時……その道具は緊急救命船を呼び出すビーコンへ変わる。

 この辺りの様に通信衛星さえない辺境の地であっても届く様な、特別製の。

 つまり……ヴォルフを助けらえるという事である。


 少しだけ、本当に少しだけアメリアは安堵した。

 医者なら助けられると考えて。


「もう少しだけ待っててね。すぐにお医者さんの所に連れて行ってあげるから……」

 ツールを持ち、アメリアはヴォルフの胸にそれを押し当てた。


 ピッピッピッピッ……。

 症状特定の為の電子音が鳴り続ける。

 その音はやけに長かった。

 電子音が鳴る度に、不安が加速する。

 もしかしたら治らないのか。

 思った以上に不味いのか。


 そう思っている中……モニターに、診断結果が表示される。

『脱水症状を感知。経口補水液を投与してください。経口摂取が叶わない場合は……』

 がくっと、全身の力が抜けた。


 この診断ツールは、こういう融通が利かなかったり判断ミスをしたりする。

 だから、良くも悪くも緊急用の道具でしかなかった。


「そうじゃない! もっとちゃんとした病名を……いや、だけどそれはそれとして脱水症状は何とかしないと。後汗も拭かないと……」

 アメリアはオタオタしながら寝袋を脱がせ、汗を拭いて上体を起こし、治療キットの中にある経口補水液を取り出し、ヴォルフにストローを加えさせ体内に摂取させる。


 そして祈る様な気持ちで再度診断ツールを使用して……。


『スピド星域型ガルトウィルスB型を感知。症状、発熱、意識混濁』

「……はぁ? 何それ。もう少し詳しく……いや、ちょっと待てよ。たしかそれって……」

 アメリアは自分の記憶を掘り起こし、そして……その病名を思い出した。

「ああ……『スピド病』か!」

 ぽんと手を叩きながら、アメリアはその大昔流行した病の事を思い出した。

 

 スピド星域型ガルトウィルス、通称スピド病。


 それに感染すると一週間から一月程で三十九度程の高熱と意識混濁を引き起こす。

 他にも鼻炎や咳などを起こす事もあり、酷い場合は肺炎症状も現れる。

 つまり……インフルエンザと同性質のウィルス性疾患である。


「ただのスピド病でしかも軽傷だからビーコンが起きなかったのか。でも……妙ね」

 スピド病が発症したという例は近年ほとんどない。


 大半はナノマシンの治療により発症せず、病気対策のナノマシンがなくともワクチン一つで完全に予防出来る。

 だから起きる訳がないのだが……。


 アメリアは考え込み、頭をぼりぼりと掻く。

 ヴォルフがワクチンを打ち忘れた。

 そんな事ある訳がない。

 だとしたら何かが……。


 アメリアは悪いと思いながらも、テーブルを開きヴォルフの私物を漁る。 

 そして手帳を見て開き……。


「……あった。やっぱりワクチン接種日も記載されてるわね。だけど……横線を引いてキャンセルしてる? 一体何が……あ……ああ……そうか。この日は……」

 思い出した。

 思い出してしまった。


 今着ている服で、この日に何があったのか。


 その日、アメリアにちょっとだけ嫌な事があった。

 今となってはそれが何があったのかさえ覚えていない。

 滑って転んだとか、お茶が零れたとか、その程度の事だったはずだ。


 だけど無性に腹が立ったから……その日、アメリアは苛立ちを物欲で発散する為、買い物に出かけた。

 荷物持ちとして、ヴォルフを連れて。

『あんたの用事なんて聞いてないわ! ついて来なさい! これは命令よ!』

 そう、声を張り上げた。

 その事だけは、覚えている。


 そうして我儘で巻き込んだその日、今着ている様なお気に入りの服と巡り会えたのだから。


 つまり……現状は全て、アメリアの所為。


 今度は違う理由で、アメリアは床にへたり込む。

 罪悪感が、後悔と混じり襲い掛かる。

 自分が過去どれだけ醜かったのか、アメリアは初めて気が付いた。


 愚かで、我儘で、誰にも愛されない我儘娘。

 それが……アメリアという女の本当の姿。


 あの頑強なヴォルフが意識を失う程辛い思いをさせてしまった。

 いや、それだけじゃない。

 スピド病が大した事ないのはナノマシンかワクチンの接種者のみ。

 そうじゃない場合は、十分重症化する恐れがある。

 つまり、自分の所為でヴォルフが死ぬかもしれないという事に代わりはない。


 自分が悪いのは、醜いのは理解した。


 だけど……それでも……その我儘の代償は、せめて自分が払いたかった。

 涙を一粒零しながら、苦しそうなヴォルフを見る。

 胸が、締め付けられる様に痛かった。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ