変わったロケットからこんにちは
翌日の午前――。
この辺鄙な惑星に着陸する宇宙船を見ながら、アメリアはぽつりと呟いた。
「随分と可愛らしい見た目ねぇ……」
形状自体は昔からある縦型のロケット形状に近い。
ただ、どんぐりみたいにずんぐりしたデザインに白色基調で、そして可愛らしい丸窓なんて付いている。
まるで絵本に出てくる様な形となっていた。
この形がどこかで見た様な気がして思い出して……そしてアメリアははっとする。
それは、タケノコに良く似ていた。
「色々と理由があるんですよ」
「例えば?」
「非金属とか」
「えっ?」
「星鉄人参を運ぶ仕事も行ってますからその為の特殊素材です」
「ああそうか。鉄とか色々嫌いなんだっけ?」
「収穫した後は問題ないんですけどね。ただ、商売のイメージもありますし他にも厄介な物を運ぶ為にあの様な形になったとか」
「ふーん。おっ。降りて来たわね」
がたがた揺れながら着地するその姿は、爆発しそうで少しだけ恐ろしかった。
「それじゃ、お嬢様はここでお待ちを。俺が相手をしてきます」
「いや何でよ。私が主でしょ?」
「今回は俺の知り合いなのと、後あんまり女性が好きな奴じゃないんで」
「えー! 滅多に誰かに会えないのに?」
「すいません」
そう言いながらもヴォルフは譲る様子を見せない。
あの我儘を聞くのが仕事のヴォルフがそこまで頑なと言う事は、女性が好きじゃないというよりも女性嫌いなのだろうとアメリアは予想した。
「……わかったわよ! でもここから見る位は良いでしょ?」
「はい。では失礼します」
ヴォルフはそう言って、ロケットの方に歩いて行った。
ロケットから出て来たのは、これまた絵本に出て来そうな分厚くゴテゴテした宇宙服姿。
錠剤一つで宇宙空間に適応出来、パイロットスーツも小型化しスタイリッシュでぴっちりと服に張り付く様な形になったこの時代にはあり得ない旧式の遺物である完全密閉型。
ヘルメットの分厚いガラスは中の顔を一切写さず、ボディラインも完全に隠れ性別さえも判断が付かない。
ただ、身長はヴォルフに並んでいるから十中八九男性だとは思うが。
そんな姿はどこか特徴的で面白くて、やっぱり話を聞きたかったなとアメリアは後悔した。
これで……これでもし約束相手がヴォルフでなければ、アメリアは好奇心に導かれ突撃していただろう。
後先の事なんて当然考えず。
だが、ヴォルフ相手にそれは出来ない。
一応でも何でも、ヴォルフはアメリアの従者である。
ヴォルフに従者としての責任がある様に、アメリアにも主としての責任があった。
宇宙服はヴォルフに大きな白いボックスを三つヴォルフに渡した後、そのまま宇宙船の中に戻っていく。
そして寂しそうに手を伸ばすアメリアに気付く事なく、出発していった。
「ヴォルフ! 何あの面白そうな姿! ちょっと紹介してよ!?」
アメリアはワクワクした顔で、ヴォルフに尋ねた。
「無理です」
「……え?」
「無理です」
「……どうしても?」
「はい」
「何で?」
「……あまり、人の過去を言いたくないのですが、女性に酷い目に遭わされた方ですので、その……」
「ああそう。残念。でもわかったわ。だからか」
「何がですか?」
「こっそり手を振ったりジャンプしたりしたけど反応がなかったから」
「何してるんですか貴女は……」
「えへへ、ごめん」
「ただ、それはたぶん見えていなかっただけですよ。あのスーツ視界性悪いらしいので。とりあえず……はい、こちらをどうぞ」
ヴォルフは白い箱の内から小さな道具を一つ取り出し、アメリアに手渡した。
「何これ? プレゼント? ありがとう」
「そんな余裕ありませんよ……。前に言っていた教本です」
「あそう」
「俺よりお嬢様の方が賢いので先に学習していて頂けますか? 俺は星鉄人参の部分の最低限だけ学習して明日にも種植えに入りますので」
「構わないわ。良い暇つぶしになりそうだし。ただ……そう言う事なら早いうちにタブレット位は欲しいわね。勉強時のメモ帳代わりに」
「そう言うと思いまして……」
そう言って、ヴォルフはアメリアにもう一つの白い箱を渡した。
「え? もしかして……」
「いえ、期待させて悪いですがただの電子メモパッドです。普段は学習用に、それとこれから別行動も増えると思いますので何かあれば伝言板代わりに使ってやり取りをしようかと」
「あ、そう……。ええ。まあ良いわ。じゃ、私はさっそく勉強してくるわ。退屈だし。あんたはどうするの?」
「今日は俺も勉強するので隣宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。その代わりティータイムをよろしくね」
「了解です。砂糖は生成出来ませんので……ノンシュガーティーですが」
アメリアはしょんぼりとした表情をする。
するが……砂糖が欲しいなんて子供みたいだと思ってそれを口にする事が出来なかった。
「この現状が……全ての危機を乗り越えたと言われる人類の在り方か……」
砂糖一つ手に入らない自分のあまりの状況の酷さに、アメリアは涙が出そうになった。
翌日――。
白一色の作業着。
どことなくジャージにも似て、それでいて割烹着の様な雰囲気もあるそれ。
一言で言えば……ダサい。
二言にしても凄くダサイ。
そんな控えめ表現で着たくないという様な服を、アメリアとヴォルフは身に着けていた。
この白ダサ作業着は納得したくないのだが……恐ろしく着心地が良かった。
アメリアが普段着ている最高級のふわふわ寝間着と同レベルな位に。
着心地抜群で洗いやすく、その上肌の露出を極限まで減らせる。
耐久力だけでなく養蜂に耐えられる程度の防御力さえ備えている。
そんな、超低価格でありながら理想的な農業従事用作業着であった。
当然金属パーツや合成繊維なども一切使われていない為星鉄人参対策もばっちりである。
素材は謎だが。
どうしてそんな便利な物があるのかと言えばこちら、レーヴェル財団製の代物であり、補助を受けていれば誰でも無料配布となっているからだ。
まあ、配布というか商品頼んだら勝手に押し付けられるというだけとも言える。
安く素晴らしい性能なのにあまりにもダサ過ぎて売れなかったからなんて悲しい過去を持つ、いわば負の遺産であった。
「にしても意外でした。お嬢様がすんなり着て下さるとは……」
ヴォルフの言葉にアメリアも頷く。
「そうね。私としても、こんなだっさい物着たくないわ。だけど……だけど……」
そう、アメリアはどうしても我慢が出来ない事があった。
このダサい姿をする事よりも、働く事の面倒さよりも、そんな事より耐えられない事が。
それは……食事である。
こっちに来てからの食事は、合成スープと合成固形食糧のみ。
スープの方は仄かに甘酸っぱい味で、固形食糧は固いドッグフードみたいな外見で、薄いコンソメみたいな味。
この少量で栄養バランスは問題ないのだが……味の方はまるで満足出来ない。
自業自得の島流しな訳だし少し位は我慢しようと思ってはいたのだが、元々贅の限りを尽くしていたアメリアである。
その限界点はそう高い訳がなく……昨夜、つまり三日目の時点で、爆発した。
「前の食事なんて贅沢は言わない。作った人参を一本食べさせて!」
ヴォルフはきょとんとした顔をした。
「我儘を言ってるのはわかってるわ! だけど、流石にキツイのよ! あのキューブと燃料みたいな汁だけは!」
「……気持ちはわかります。ええ、良いですよ。二人で一本でしたら。ただ……」
「ただ何よ!? 期待させるだけさせてどうしようってのよ!」
「いえ、こっちのキッチンは最低限ですので俺じゃちょっと料理が……」
「その位私がやるわよ! と言っても大した道具もないだろうから焼くか煮るか位しか出来ないでしょうけど!」
「……良いんですか?」
「良いも何もスクランブルエッグ以外じゃ私の方がマシでしょ? それともヴォルフはこっそり料理の修行してたの?」
「いえ、そんな事は……」
「じゃあ私が何とかするわ! だから収穫出来たら一本頂戴ね!」
「はい。そう言う事でしたら喜んで。後、これからも継続的に料理を為さるのでしたら食料供給機に幾つか調味料のデータパッチを買っておきましょうか。もちろん、お金が手に入ったらですけど」
「砂糖と塩だけでもあれば大分変わるわ。私としてはビネガーかオリーブオイルが欲しいわね」
「了解です」
「だったら、ちゃっちゃと植えちゃいましょう! ……それにしてもあんた……」
アメリアは意味深な表情で、ヴォルフの服装をじろっと一瞥した。
「どうしました?」
「いや、私はこんなちんちくりんのクソダサファッションなのに、あんたは何か微妙に似合ってて腹が立つなと。同じ物着てるはずなのに」
「……同じ様な物ですよ。さあ、始めましょう」
手足の長さじゃないですか……という言葉を飲み込み、ヴォルフは意識を反らすようそう呟き、種を取り出した。
「んで、まずはどうするの?」
「昨夜の内に等間隔で穴を開けておきました。そこに種を優しく植えて、そっと土をかぶせ穴を塞いで下さい」
「はーい」
アメリアは種を幾つか受け取り、ヴォルフから離れ反対側に移動した。
何も言わなくてもヴォルフが作業しやすい様自主的に反対側に移動する。
これが我儘だ癇癪持ちだと言われるアメリアの、その本当の姿。
本当は気遣いの出来る優しい子だと知っているヴォルフはこっそりと笑みを浮かべた。
まあ、気遣いが出来る優しい子と我儘は両立するという事も悲しい程に理解しているが。
しゃがみこんで、アメリアは念じながら干した向日葵の種に似た外見の種を、そっと穴に落とした。
「美味しくなーれー。美味しくなーれー」
アメリアは必死に願い込む。
この子が大きくなったら自分で食べようなんて考えて。
「しっかり育ってねー。ヴォルフが世話してくれるからねー。アレ強面だけど仕事は丁寧で細かいから安心してねー」
そんな事を言いながら土を埋め、次の種に移行して同じ事を繰り返し……。
「あれ? もう終わり」
三度目程で次の穴を塞ぐヴォルフを見て、アメリアはきょとんとした顔で呟いた。
「はい。お嬢様が三つ、俺が六つで合計九つですので」
「筋肉痛までして耕したのに……たったこれだけ……。でももっと広げるのは……」
「すいませんがそんなに増やせませんよ。明日からの作業を考えると……」
「あ、そりゃそうか。ごめんごめん」
「はい。思ったよりも大変そうですので」
「そうなの?」
「土、見て下さい」
アメリアは言われ、下を見る。
すると、最初に植えた辺りの土の色が変色しつつあった。
「これ、もしかしてもう硬くなってるの?」
「みたいですね。耕すのは明日からですので、今日の作業はこれで終わりです」
「やった! 自由時間……って、する事ないか」
「お嬢様は勉強の時間ですよ。教本まだほとんど読んでないでしょ」
「えー」
「えーじゃありません」
アメリアは小さく溜息を吐いた後、畑の方に美味しくなる様念じてから、しぶしぶ……というか嫌々家の方に戻っていった。
早朝……のはずだが、合っているかどうかは天気では良くわからない。
擬似太陽光の明かりは感じるものの、それはこの小惑星の自転とは一切関係がない。
昼なのに日が沈んでいる事もあれば夜なのにサンサンと輝く事もある。
小規模農場用小惑星『リートリット』。
それが、直径五キロに満たないこの惑星の『昔の』名前。
所持していた企業が廃棄するにあたり、今は無銘の惑星へと成り果てたが。
ヴォルフは外に出てから長い両手を上げ、大きく背を伸ばした。
何もない大地、何もない家。
正直な話、ヴォルフは今の過酷な生活があまり苦に感じず、むしろ楽しいと感じるまであった。
これは忠義とかそういう話ではなく、単純に適正の話となる。
ヴォルフはあり得ないレベルで機械と相性が悪い。
機械音痴であり、乗り物酔いが激しく、サイバネティック技術どころかナノマシンさえ体が受け付けない。
この宇宙世紀を生き延びるのに不適合と呼べるレベルの問題を抱えていると言っても良いだろう。
だからだろう。
こういった自然しかない空間の方が、ヴォルフは過ごしやすかった。
それでも、いつまでもこのままという訳にはいかない。
ヴォルフはともかくアメリアの精神は確実に摩耗していく。
今の所暇と飯の文句を言う程度で済んでいるが、そう遠くない内に心に大きなダメージを負う事になるだろう。
ストレスは、蓄積する物なのだから。
幾らアメリアのメンタルが鋼の様であっても、お嬢様育ちが生きていくにはあまりにも今の状況は過酷が過ぎる。
そもそも、ヴォルフはそこまで酷い事を我が主はしていないと考えている。
皇族への行いという事を加味しても、精々学園の退学まで。
一切持ち込み禁止の島流しで農業従事なんてのは幾らなんでもあんまりだ。
もはや奴隷に等しい。
とは言え事情も理解している。
つまるところ……この現状は大人の政治に巻き込まれ利用された形と言う事だ。
アメリアの父、サーザント・レーヴェル公爵の政敵と対立企業が、アメリアの事など気にもせずサーザントに傷をつける為に状況を大いに利用した。
ただ、幸か不幸か、アメリアの父親である侯爵は身内贔屓などしない公明正大な方である。
状況を精査し終わったら、必ずアメリアを元の屋敷かそれに準ずる場所に戻すだろう。
この状況を作った奴と利用した奴を、片っ端から断罪して。
とは言え、すぐに戻すとは考えにくい。
あのどこかふわっとしながらも実に厳しい侯爵の事である。
これを機会にアメリアに労働のすばらしさを知って貰おうなんて考えて長めにこの監獄の様な暮らしを送らせても決して不思議ではないのだから。
「まあ……この生活が終わるその時位まで、堪能する位は悪くないだろう」
ヴォルフは体の柔軟を行ってから、畑の方に目を向けた。
ささくれ立って、まるで砂鉄が混じった様にバキバキで、ところどころ針山の様になっているその畑。
普通の人だったら素手で振れるだけで手がボロボロになるだろう。
だが……。
ヴォルフは素手のまま、獣がひっかく様な動作で躊躇いなく畑に手を突っ込んだ。
ヴォルフはただの素手のはずなのに傷一つ付かず、反対に固まった土の方が砕けていた。
機械が苦手というあり得ないレベルのハンデを背負いながらもヴォルフは普通にこの宇宙時代を暮らしていけている。
それはそのハンデさえ物ともしない強靭な肉体を持っているが故であった。
「……手間ではあるが、俺なら余裕だな」
予想通りの結果にヴォルフは満足そうに呟く。
ヴォルフの肉体はナノマシンさえ通さない。
だが、ヘタなナノマシンによる強化体よりも肉体は頑強であった。
一応模擬戦でだが、軍事用アンドロイド六機小隊を一方的に叩き壊す程度の記録は持っている。
しかも苦手なシミュレーターでの記録だから実際の戦闘力はもう少し上と見て良い。
ヴォルフの役職、アメリア専属の従者というのはボディガードも含まれている。
まあ、例え体が弱かろうと手足がなかろうと、ヴォルフは必ず、アメリアの従者には成っていたが。
それ以外の選択を彼は絶対に選ばない。
幼い頃……最悪であった自分を救ってくれて、そして再び誰かを信じる事を教えてくれた。
それは、ヴォルフがこれから先の未来を全て捧げるに十分相応しい理由であった。
ありがとうございました。




