変わった人参を育てよう
最優先事項は、資金調達。
現在、この名前もない極小惑星には生きる為に必要な最低限の物しか用意されていない。
それは生命維持に関しての、文字通りの最低限。
はっきり言ってしまえば、人の生きる環境ではない。
目標の制定とか、農作業の安定とか、そういった状況を好転させる手段以前の段階。
例えどの様な目標を定めたとしても、ある程度の生活用品を揃える必要があった。
用意する物は、人によって優先度合いが変わるだろう。
浄化消毒用のエアシャワーではなく本物のシャワーやバスタブを求めても良い。
風呂が好きならそうすべきだ。
栄養バランスの整った合成栄養食だけでなくもっと味覚で楽しめる物を生成出来る様にしても良い。
食事が好きなら拘るべきだ。
今食べている物は、サプリの方がまだマシと言う程の、はっきり言って食事とさえ呼べない代物なのだから。
ヴォルフとしては紙の本を優先したいが、我慢して旧式安価なタッチパネルタブレットの購入を目指しても良いだろう。
読書は心を豊かにしてくれる。
娯楽にしても何にしても、とりあえず生きているという実感が得られる直感的な娯楽要素を取り入れる事が最優先事項であった。
確かに、死に直面している様な危険はないだろう。
衣食住足りてはいるのだから。
だけど、精神の不調という物は決して舐めて良い物ではない。
この宇宙空間においてそれは、どんな病気よりも、戦争よりも人を殺しているのだから。
環境や娯楽の充実等、ストレスケアによる精神変調の予防を最優先にする事こそが従者としての選択であった。
「という訳で、最初の行動は選択肢を得る為の金策となります。ここまでは大丈夫ですか?」
「ええ、構わないわ。それで、金策と言っても稼ぎ方はやっぱり農業なのよね?」
「はい。それ以外は許可されていませんし、例え許可されていてもここでは横道に反れる時間も余裕も正直ありませんから」
「時間がないって、どういう事?」
「収益減少の責任を取るという形の島流しですので、『農作物で一定の収益』を出さないと補助が打ち切りになってしまいます」
「補助なんてあったのね」
「はい。商品金銭両面からの補助が御座います。農業系でかつ財団関連の物限定ですが。ですので、当面の目標は練習を兼ねた農作業で最低限でも利益を出しながら補助金制度が利用出来る状況を維持し、その余りの予算でお嬢様が求める長期の娯楽を用意するという感じです」
「……そう。ヴォルフ。貴方はどうなの?」
「へ? 俺が……どうかしましたか?」
「どうかって。私の事ばかりじゃなくて貴方の娯楽はどうするのって話よ」
きょとんとした顔の後、ヴォルフは困った顔を見せた。
「お嬢様を差しおいてどうかしたいとは思いませんよ」
「『思いませんよきりっ』じゃないでしょ。自慢じゃないけど私は生粋のお嬢様よ?」
「知ってます」
「ヴォルフがいなくなれば私はなーんにも出来なくなるじゃない」
「そうですね」
「だから、貴方の体調は私の為でもあるのよ!?」
全身筋肉痛の痛みを堪えながら怒るその様子を見て、ヴォルフはくすりと笑った。
「何で笑うのよ!? 滅多に笑わない癖にこのタイミングで笑うのって酷くない!?」
「いえ、失礼しました。ご安心下さい。俺の方は俺の方で何とかしますから」
「と、言うと? 明確に言わないと私は納得しないわよ」
「単純に俺はこれまで頂いた給料の蓄えがありますので」
「……は? え? いや、私は零からのスタートだけど……えっ? いや……えっ」
「という訳ですので、時間に余裕が出て来ましたら本などをそちらで買うつもりので、どうか俺の事はお気になさらず」
ヴォルフはそう言って、小さく一礼をした。
アメリアは我儘である。
そのお金頂戴という言葉を喉から出かかる位には。
だが、その言葉がどれだけ恥ずかしい言葉であるかも知っている為……出来る事などと言えば、顔を真っ赤にして奇声を発する程度であった。
「もがー! もがー!」
「何の動物の真似ですかそれは……」
「もがー! もう良いわよ! 良かったと思っておくわ! そんで、補助金ってどの位出るのよ」
「初回はサービスで……」
「ほほー。サービスで……」
「何と六千UDも出ます」
「少なっ! えっ、いや……少なっ! 子供のお小遣いか!?」
「お嬢様、普通に考えてみてくださいよ」
「普通にって、何をよ」
「この惑星を見て、補助金出したいです?」
「……絶対出したくないわ」
「という訳ですので、初回サービス信用込みでこの金額です。逆に言えば、継続という方法で信用が得られましたら補助金は増えますし、場合によればここより優れた別の惑星が貰える……というのは少しばかり調子の良い考えですね。とは言えこの惑星は農業に適してますので真面目にやれば補助金はそれなりの金額に増えるでしょうしサービスの質も良くなるかと」
「そうなの?」
「はい。調べてみた感じ思ったよりも土が良質です。質はまあ並なのですが、どうも安定感がありますね。多少無茶な連作をしても問題ない位に」
「あれ? ヴォルフって農業詳しかったっけ?」
「いえ全く。素人の手慰みです」
「いや、今の時点で私ヴォルフが何を言っているのかさっぱりわからなかったんだけど……」
「まあご安心を。初回の補助金で教本を買いますので」
「足りるの?」
「はい。『小型惑星における小規模個人農業の薦め第一巻』がなんと三千UDでした」
「それ、紙の本?」
「はい。現状の我が家の環境ですと紙媒体しか選択肢ありませんし」
「の割には安いわね。紙の本は高いでしょ」
「補助金を使っての購入ですと、この特別価格となってました」
「そんなに安いって事はさ、微妙な本って事じゃないの?」
「いえ、教本自体はお嬢様の書斎にもありましたので間違いなく良品かと思われます」
「じゃあ何で?」
「補助金を真面目に使う人にはサービスをしているのと……」
「ふーん」
「割引率が高い物を纏めた資料も用意しましたからまた後程でも目を通しておいてください」
「ん、わかったわ」
「恐縮です。続いて農作業の計画――いえ、一旦休みましょう。時間はまだあります。少し早いですがお昼の準備をさせて頂きますね」
そう言ってから、ヴォルフは頭を下げ部屋を退出する。
いなくなったのを確認して……アメリアは古いブリキの玩具みたいなぎこちない動きでベッドに移動し、うめき声をあげながら体を伸ばした。
実の事を言えば、選択肢はそう多くなかった。
たった二人の農業初心者に、小学生のお小遣い程度の補助金。
これで帳簿に付けられる様な真っ当な手段で儲けを出す事を考えるなら、むしろ選択肢があるだけでもかなりの幸運に恵まれたと言っても良いかもしれない。
当たり前と言えば当たり前だが、高額で取引される農作物の大半にはそれに伴っただけの高度な技術が要求される。
職人の判断力や臨機応変さ、また超常的な技術。
逆に言えば、そういった特異な物がない限り、オートメーション化での大量生産で大体の事は事足りる。
高価な物には理由がある。
当然と言えば当然の事である。
幾ら手作業をありがたがる『貴族的価値』なんて物があるとは言え、貴族は何にでも金を出す訳ではない。
『無意味』である物なら問題なくお金を出し有難がるが、『無価値』な物は、むしろ彼ら貴族は嫌がる。
手作業がただの劣化でしかないのなら、それは無価値と言えるだろう。
故に、ヴォルフが初回選べる農作物は、選択肢さえなく『たった一つ』に絞られる。
農業初心者が育てられて、その上でそこそこ以上の値段で取引されている。
更に言えば、補助金を貰ってから一定期間以内に成果を出さなければいけない。
当然、農業初心者として失敗する事も想定した上で。
その『短い時間で収穫出来る』なんて時間的猶予まで条件を付け、使える補助金の残りが子供のお小遣い以下の三千UD以内となれば、答えはたった一つとなる。
「という訳でして、育てるのは『星鉄人参』になりました」
「何それ聞いた事ないんだけど……」
「まあ、それなりに珍しい物ですから」
「いや、珍しい食べ物なら私知らないの変じゃない?」
「貴族が食する物じゃありませんので」
「不味いの?」
「いえ、普通に美味いはずです。ただ色々と中途半端なんですよ。庶民にとっては非常に高価な野菜ですが、逆に貴族にとっては安くてありがたみが薄い。庶民の贅沢と言う感じですね。とは言え味よし栄養良し見た目良しなので需要は高いですが」
「……んー。やっぱり変ね。そういう食べ物って大体オートメーション化するじゃない? なのに作る意味があるの?」
「いえ、星鉄人参はオートメーション化が絶対出来ない野菜なんです」
「ああ――。だから高価なのね」
「はい。確実に手作りとわかりますので貴族的価値も高いです」
「ここで作れるの?」
「多少栄養剤や畑の調整が必要かもしれませんがほぼ確実に」
「利益はどの位出るの?」
「税とかその辺りもろもろを差し引いて一つ辺り六千UDで売れます。とは言え、私達は初心者ですからその半額位が最初は精々でしょう」
「悪くないわね。いえ、むしろ凄まじい単価じゃない。それで、何日位で収穫出来るの?」
「一週間です」
「なるほ――え、一週間!?」
「はい」
「早すぎない!? 人参でしょ!?」
「そうでもないですよ」
「いや、だって三か月はかかるって……」
「お嬢様がいつも口にしているのは基本古代種ですからね」
「古代種って、何?」
「はるか昔……我々が宇宙に手を伸ばすよりもずっと昔より続く由緒正しき野菜の事です。古代種人参の場合は大体収穫まで四か月かかります」
「そんな事初めて聞いたわ」
「御当主様が古代種野菜愛好家ですのでお嬢様にとってはそれが当たり前になっていたのかと」
「どっちの方が美味しいの?」
「どちらと一概に言う事は出来ませんね。ただ、純粋な味だけで言えば古代種は非常に高いレベルなのは間違いありません。古代よりずっと原形を維持しながら、味と栄養だけを延々と品種改良で向上させてきましたので」
「へー。っと、ごめん話がそれだわ。それで、星鉄人参の種ってのは幾ら位するの?」
「初回特典という事で十個入り五百UDで買えました。次回からは九百UDだそうです。まとめ買いすればもう少し安くなるらしいですが……」
「やっぱりおかしいわよそれ。何かあるんでしょ?」
「と、言いますと?」
「一週間で育って一つで六千? 種単価約百で初心者がすぐ六十倍に出来る? それはちょっとおかしいわよ。だって高いとは言え庶民の野菜でしょ? そんな物があれば、一気に流通して確実に値下がりするわ」
「お嬢様は鋭いですね。ええ、当然ですが……値段が高価な理由が御座います」
「……それは一体何よ? 違法薬物とか言ったらぶっ飛ばすわよ」
「いえ、そんな黒い話題ではなくもっと単純な話です。この星鉄人参。知識はそれほど必要としないのですが……とにかく気難しく面倒臭いんです」
「気難しい?」
「はい。星鉄人参別名は『金属アレルギーキャロット』と言いまして、とにかく鉄を嫌うんです」
そう言ってから、ヴォルフは星鉄人参の解説を始めた。
素人がいきなり短期間で利益を設けようとするなら、確実に何かが犠牲になる。
そして何を犠牲にするか考えた結果――ヴォルフは手間暇苦労を犠牲にする事にした。
それなら、アメリアが傷付く事はないからだ。
『星鉄人参』
形状は普通の人参がベースに角があり、おぐら等の野菜の様に輪切りにした時の断面図が星の形になっている。
だから星の名前が付き『星型野菜』シリーズの仲間としてカウントされている。
色が黄色一色なのは星形という形にあやかった為。
赤色の星鉄人参も存在するが需要が少ない為種さえほとんど流通しなくなってしまった。
多くの異名、あだ名を持ち『スターイエローパース』や『金属アレルギーキャロット』とも呼ばれている。
味は人参の割には甘味が軽く、代わりに深いコクがある。
皮にまで栄養と旨味が詰まっている為剥く事はほとんどない。
まあ、例え剥きたいと考えても星型の所為でそれは非常に難しいが。
星というの形状からシチュー類との相性が良く、型抜きを使わず星型に出来る事から愛用しているレストランも僅かだが存在する。
特にビーフシチューやカレーシチューの様な味が濃く強い料理であっても人参の味が負けず引き立つ為、この人参は大人の味として貴族含めた一部のグルメから好まれていた。
一方短所だが……とにかく生育が面倒な点。
それに尽きる。
宇宙農家は星の数程いるというのに、星鉄人参を育てようと思う星は恐ろしく少ない。
おそらく全星域を探しても三桁にさえ届かないだろう。
まず、育てる方法が人参と全く異なっている。
重要なのは、畑の手入れ。
種を植えてから毎日、畑をがっつりと掘り返し耕さないといけない。
水をやる必要さえない。
ただ毎日畑を掘り返し続ければ、勝手に育つとも言える。
それだけなら簡単なのだが、星鉄人参のとある特性の所為でその簡単な内容が一気に面倒な事態となる。
というのもこの人参、名前に鉄が入っている理由は『畑や自身が鉄みたいな硬度となる』事に所以する。
耕した畑が毎日カチコチに、まるで氷点下時の土の様に早変わり。
それを放置すると畑も星鉄人参も食べられない程の硬度になってしまう為、毎日耕し柔らかくしなければならない。
そしてその畑を変化させる特性の所為もあり、十メートル四方の畑に種一つしか育成出来ないというおまけつき。
ちなみに、種一つで出る収穫物は人参僅か一つと種数個のみとなる。
更にもう一つの欠点、この野菜の不人気な部分は金属アレルギーと呼ばれる様金属を嫌がっている事。
具体的に言えば、金属のクワが近くに来ただけで萎れて怯えた様に硬くなる。
一度畑に植えた後は、例え種の状態であろうとも生育完了した物であっても、金属が近づけば容赦なく怯え、震え、萎れていく。
一番反応するのは金属だが、金属以外にもゴムやプラスチックという大体の合成加工品も悪い影響を受ける。
収穫するまでずっと、金属や合成加工品を近づけられないという面倒極まりない農家泣かせな野菜であった。
「つまり……氷点下で凍った様にカチコチになった土を毎日素手で一週間掘り返し続けないといけない作物って事?」
「その通りです。ちなみに種や生育完了までの作物は非常に頑丈なので素手で触れても傷付く心配はありません。金属等には弱いですが」
「……マジか。……マジかぁ……」
アメリアは静かに、頭を抱えた。
「ご安心を。お嬢様にその作業はお願いしませんので」
「いや、そりゃ嫌だけど……大丈夫なの?」
「はい。というよりも、どうやら星鉄人参は刺激やストレスに弱いらしいので。なのでちょっとお嬢様にお任せするのは恐ろしいというか失敗が見えていると言いますか……」
「……何かさヴォルフ。こっちに来てから口が悪くなったというか遠慮がなくなってない?」
「失礼。育ちが悪いもので」
そんなブラックな冗談を言われてはアメリアは何も言えず、口をとがらせながら精一杯不満があるという様な表情を作りアピールした。
ありがとうございました。




