ファーミングお嬢様
まったくもって理不尽で不条理な事だが……お貴族生まれのアメリア・レーヴェルはそれはもう才能に溢れている。
普段の行動からは全く見えないが多才で知性に溢れ、そしてその知性を無駄にしない様な高度な教育を受けている。
いや、受けていた、と呼ぶ方が今は正しいだろう。
能力と美貌で考えれば、多くの貴族が彼女を奪い合ってもおかしくはなかった。
その、素晴らしきプラス加点を帳消しにする様な性格さえなければ。
美しき容姿と優れた才覚。
だけど中身は動物園の珍獣。
結婚相手として考えると、プラマイゼロどころかギリマイナス。
そんな腹立つ程に優れたアメリアだが、美貌と知性に加え、更に二つも優れた点を持っていた。
一つ。
恐ろしく高い『機械適正』。
機械を操作する手段が多義に渡るこの時代において、適正というのは非常に重要な要素となる。
適正とは才能に近い性質を持ち、教育や訓練で後付けが難しいからだ。
これが高ければ高い程多くの手段を持って機械を操作出来、また習熟も素早く行える。
逆に言えば、どれだけ努力しようと機械適正が低い場合習熟する事が難しく、操作する事さえ叶わない場合さえあり得る。
そんな機械適正において、アメリアは生まれながら最高評価の『Aプラス』判定となっている。
二つ目はアメリア自身の才能というよりは、恵まれた環境による恩恵と呼んだ方が良いだろう。
アメリアの肉体は、現在人類が使用する中でも極めて頂点に近い性能を持つ『ナノマシン』が投与されている。
パワードスーツ並に肉体能力を補完し、一切のリスクなく高度な再生能力を保有し、特定の疾患にかからず、宇宙空間であっても最低限の生命活動維持が可能になるという物。
そんな万能的なナノマシンを彼女は定期的に体内に蓄えている。
これはアメリアだからといういうより、レーヴェル公爵家だからと言う方が正しい。
実際侯爵の息子、娘達の三人は皆同じ様な物を摂取しており、レーヴェル公爵に至っては更にもう一段階希少なナノマシンを投与されている。
高い才能、高度な教育、上級貴族オリジナルのナノマシン投与。
つまるところ、アメリアは一般人から見れば超人に等しい。
同じ人間と見ない人さえいてもおかしくないだろう。
そんな超人的なはずの彼女は今何をしているのかと言えば……。
「う、うごごご……体が……びきびき言って……」
情けなくもベッドの上でぷるぷる震え、動けなくなっていた。
優れた才能、ナノマシンによる強化。
それ等さえも無効化する驚異的なバッドステータス。
つまり……『運動不足』。
そう、アメリアが今動けなくなっているのは……単なる筋肉痛であった。
「う、うぐぐ……」
半泣きで、ベッドで寝がえりをうつアメリア。
これが、わずか二日目の状況であるのだから笑えているとしか言いようがない。
これはアメリアだけの傾向ではなく、貴族の家に生まれた全員がそうなのだが……彼らは、単純労働を見下す傾向にある。
猿でも出来る簡単な業務。
それしか出来ない無能の為の仕事。
経験がないが故に、その程度の認識しか持てない。
つまり、彼ら貴族の大半は単純労働の重要性と要求能力の高さ、そして何より大抵が厳しい重労働であるという認識に欠けていた。
だから、皆実際に経験すれば、大体こうなる。
アメリアがやった事なんてのは精々クワを使って土を耕しただけ。
ナノマシンによる運動能力の高さのまま、普段行わない行動にテンションが上がって調子に乗ってぶんぶん振って、そして翌日この有様。
もしもナノマシンがなければ手はズル剥けとなり足はマメだらけで更に悲惨な状況になっていただろう。
「恨めしや……ああ恨めしや……」
弱弱しい声で、恨みがましくアメリアはヴォルフに囁いた。
「何がですか」
「筋肉痛のないヴォルフが……恨めしや……」
「そんな事言われましても……」
ヴォルフはアメリアに見えない様、小さく溜息を吐いた。
「何よ平気な顔しちゃって」
「実際平気ですから」
「いやおかしいでしょ。何であんた平然としてんのよ。私の倍以上動いてたじゃない。ついでに言えばどーせさっきまでも昨日のやり残しやってたんでしょ?」
「おかしくありませんしそのお言葉通り耕し終わって来ましたけど?」
「何よそれ! お疲れ様!」
「あ、ありがとう……ございます?」
怒ってるのか労ってるのか、ヴォルフには良くわからない。
というか言ってるアメリア自身が良くわかっていなかった。
「いや本当あんたおかしいわよ。ナノマシン一切入ってない癖に……」
その恩恵を知るアメリアとしては、そう呟かずにはいられなかった。
この時代にしては稀有な事だが、ヴォルフはナノマシンを一切接種していない。
サイバネティック化による改造もなければクローンパーツも遺伝子操作もない、完全なる生身である。
何のリスクもなく長期の効率が見込める為、特殊な事情がない限り、皆最低限のナノマシンを入れる。
それは人間世界の常識と言っても良い。
だがヴォルフはそのナノマシンが投与出来ない『特殊な事情』を持っていた。
機械適正が極端に低いという、悲しき事情が。
発着や緊急避難を除けばほとんど揺れない宙船でさえ船酔いを起こし、旧式のタッチパネルでも慣れない物の時は眉を顰め、新しい家電を見つけると頭痛を誘発させ、子供でさえ操作出来る機械を何故か破壊する。
そんな機械音痴である彼は、ナノマシンにさえ拒絶されるなんて笑う事さえ出来ない喜劇を引き起こしていた。
ちなみに、機械適正が少々低い位ではナノマシンが体を受け付けないという事はない。
つまり、ヴォルフは至上類を見ないレベルの低い機械適正を持って生まれたという事になる。
だがそれでも、ヴォルフはそれに困った事はほとんどなかった。
「まあ、俺の場合は鍛えてましたから」
「それでも、私には勝てないでしょ」
「純粋な力ではそうですが、お嬢様の場合は今までサボっていたから一気に来たんですよ。ナノマシンの再生能力は高いので明日以降は楽になってると思いますが」
「なによ失礼ね。ちゃんと学園での体育授業は真面目にやってたよ?」
「取り巻きに囲まれながらちやほされて、しんどい事は全部回りが勝手にやって楽な運動ばかりやる事を真面目には言いませんよ」
まるで見て来たかの様な言いぐさに、アメリアは眉を顰める。
だけど、すぐ元に戻す。
言われてみれば、そうだったという事に気付いたからだ。
その時は真面目にやっていたと思い込んでいた。
だけど、体育でしんどいと思った事は一度もない。
それはつまり運動していたかと言われたら……。
「まあ良いわ。それで、この後の予定はどうなってるの?」
プライドを護る為の露骨な話題反らし。
それにちょっと言い過ぎた気がしていたヴォルフは乗っかった。
「予定と申しますと?」
「何か植えるんでしょ? 何をどうするつもり? それともしばらく畑の拡張?」
「ああ――。いえ、畑に関してはもうこれで十分です。というよりも、畑仕事に俺も慣れていないので最初はほどほどで始める予定です。それに……まあ畑があっても……」
「え? どういう事?」
「いえ、今日はお嬢様も作業する事は難しい様ですので、これからゆっくりと方針についてお話しましょう。紅茶を入れてきますので少々お待ちを」
そうしてヴォルフが席を立とうとして……。
「あ、ちょっと待って」
「はい。何でしょうか?」
「えっとさ、痛いから足とか腰とか揉んでくれない?」
「――冗談は止めて下さい」
そう冷たい口調で言い捨て、ヴォルフは給湯器のある隣の部屋に移動した。
「冗談じゃないのに……。あ、もしかして照れてたとか? ってそんな訳ないか。いつものきつきつヴォルフだったし。あーあ、体痛いなぁ……」
そんな独り言を呟いて、自分が思ったよりも拒絶された事にダメージを受けている事に気付いて、アメリアはそのあまりの情けなさに苦笑いした。
ありがとうございました。




